第447話 城壁

「ガウホーン、どうやって分ける~?」

「全部素材にしちゃえばいいんじゃない?」

「でも今回魔物多かったんだろ? 全部出したら驚かれるな!」

1階層を抜けながらとりとめのない話をしていると、出口付近で見覚えのある背中に追いついた。

「あれ? もうダンジョン出てると思ってたぜ」

「えっ? お前たちはもう5階層越えてきたのか?! 俺たち結構なハイペースだぞ? なんせ魔物少なかったしな」

どうやら魔物を殲滅作戦は功を奏していたらしい。笑顔を交わした後で、少年たちがふと眉をひそめた。


「それで……あの人誰? ん? この人って――」

「途中で会ったの。ちょっと変わった人……」

言葉を濁していると、首を傾げた少年がじっとおじさんを見つめた。

「とりあえず早くここ出ようぜ! 戦闘があると騒がしくなるおっさんだから!」

「え? 騒がしい??」

オレたちは戸惑う少年たちの背中をぐいぐい押して、眩しい出口へと誘った。


「明るい!! やっぱ外が良いな! ダンジョン楽しいけど辛気くさいぜ!」

「明るいダンジョンもあるらしいよ~? でも出てくるとホッとするね~」

少年たちと、そしておじさんの表情も目に見えて緩んだようだ。外だって危険なんだけど、閉じ込められている閉塞感がなくなるだけで大分違う。

「魔物素材もたくさん手に入ったし、薬草も採れたし。なんかあったら絶対言ってくれよな! そりゃ、戦闘じゃ役に立たないかもしれないけどさ」

「えーと、街の名所だとか! おいしいお店だとか! そういうのなら教えられると思うし!」

少年たちは次々オレたちの手を握った。それはありがたい! 

「そうだ、ガウホーンも獲ったんだけど、みんなで食べてみる?」

ちょうどお腹も空いた頃合いだ。この人数だもの、ガウホーンでバーベキューなんてどうだろう。

「「「賛成~!!」」」

輝く少年たちの瞳と突き上がったタクトとラキの拳、そして一際高々と上がった拳がひとつ。

「えっと、おじさんも一緒に食べる?」

「もちろんだとも! もう保存食は飽きたよ。まあ、その代わり街まで一緒に馬車に乗せてあげよう」

おじさんはうむうむと腕組みして頷いた。ちょっとよだれ出てるよ。


ダンジョンから少し離れると、さっそくみんなで準備を始めた。少年たちも一緒にやればあっという間だ。さすが冒険者、料理はできないけど少年たちも刃物の扱いは慣れたものだ。ただ、欲望のままに随分分厚いお肉が多くなってしまったけれど。

「お野菜が少ないかな? みんな野菜だけ焼いたらあんまり食べないし、ご飯と一緒に炊き込んじゃう?」

「あっ! お前、なに言ってんだ! 絶対ダメだぞ! 肉と食う飯は白いやつって決まってるだろ!」

「僕はどっちでもいいけど~それならスープに入ってる方がいいな~」

確かに。お肉をがっつく時は白飯が必要だ。じゃあもうスープとサラダで野菜をとって、焼くのは肉だけでいいか。


さあ、後は焼くだけ!

――だけど、焼き台の周りに集合して、いざって時に邪魔が入った。


「――終わったか? なあ、随分な実入りがあったようじゃねえか?」

ニヤついた声と共に数人の男性が近づいてくる。

気になってはいたんだ、ダンジョンからずっとこっちを伺って付いてきている気がしたから。もしかすると一緒に食べたいのかと思ったけど、どうやらそうではなかったらしい。

「誰も来ねえからさあ、今日は空振りかと思ったぞ。チビどもしかいないなんてツイてないが、割と収穫あったみてえじゃねえか。そのオッサンの身なりもイイし、ホラ、獲物と金、全部こっちへ渡しな」

悪者だ……これは確認しなくても、あからさまに盗賊でいいと思う。こっちの方が人数は多いけど、子どもばっかりだもの、すっかり舐められてるようだ。

少年たちがじりっと後ろへ下がり、タクトとラキがスッと目を細める。


「――君たち、一体何を言ってるんだね。 獲物を横取りしようと言うのか? 犯罪だぞ」

その時、おじさんが難しい顔をしてずいと前へ出た。おじさん……魔物じゃなかったら平気なんだ。

意外な行動に呆気にとられていると、にやついた盗賊が素早く仲間と視線を交わした。

「モモ!」

『OKっ!』

激しい衝突音と、驚愕の声が響いた。

「なっ……シールドだと?!」

振り抜かれようとした剣も、射られた矢も、おじさんに当たることなくシールドに阻まれた。

でも……あれ? オレはモモと顔を見合わせてキョトンとした。シールドは張ったけど……。

腕組みしたおじさんが、さらに顔をしかめた。

「いきなり攻撃してくるなんて、野蛮すぎるんじゃないかね?! 罪が増え……あっ」

ぞわっとする感覚に、咄嗟にモモがシールドを広げた。モモをぐっと抱きしめ、オレも魔力を注いで補強する。


ドオオォォ!!

途端、轟音と共に目の前が真っ赤に染まった。

「見たぞ貴様らぁぁ!! バルケリオス様に何をしたぁぁーー!!」

シールドがあるのに熱を感じるような、凄まじい業火。ドラゴンブレスってこんな感じだろうか。

ビリビリするような大声は、この業火を放った人物のものだろう。

「すげえ……」

安全だと確信しているんだろうか、呑気なタクトの声が聞こえた。

視界を染めた赤が退いたと同時に、ドッと汗が吹き出す。オレのシールドは必要なかったかもしれないけど……でも、張っていたから分かる。あの魔法の凄さ。


オレとおじさんはだらだらと流れる汗をそのままに、ぎこちなく振り返って声の主を見つめた。

「わ、私、まだ何もされてないんだけど……本当にちゃんと見たかね?」

「当然です!! しかとこの目で見ました。バルケリオス様に攻撃を仕掛けるなど……万死に値するでしょう!」

「い、いや~私に危険があったとすればメイメイちゃんの魔法の方がよっぽど……」

メイメイちゃん……? 視線の先にいたのは、180㎝はゆうにあるだろう恵まれた体躯の女性。鋭い目元と、ぐっと結ばれた口元に意志の強さを感じる。さらりと流れた金髪だけが、無骨な防具を柔らかく彩っていた。魔法使いだと思ったけれど、見た目は騎士だろうか。鍛え上げられた身体は、一目で強者と分かる。


「あんな魔法、バルケリオス様がいるのですから危険はないでしょう?」

「まあそうかもしれないが! それならね、剣と矢の方が危険はないと思わないかね?!」

「とんでもございません! 攻撃の意思がそも、問題なのです!」

のしのしと近づく女性の迫力に、腰を抜かしていた盗賊達が尻でいざった。どうやらおじさんは盗賊達も守ったようだ。

「ま、まあそうだけど! 子ども達もいるだろう!」

「だから、バルケリオス様がいらっしゃれば危険はないでしょう?」

無垢な瞳できょとんと首を傾げるメイメイちゃん。いやいや! 絶対の信頼をおいているのかもしれないけど!! あれは身内や子どもに放っていい威力じゃなかったから!

な、なんだろう、既視感を感じる……。脳裏にちらちらと、小さくてもふもふで無垢な瞳が浮かんだ。


「そうではなく! まだ子どもだろう、私だったらそんな光景耐え……オウェッ」

想像で既にアウトだったらしい。突如えづきだしたおじさん、ことバルケリオス様に、メイメイちゃんがため息を吐いた。

「……バルケリオス様の耐性が低すぎるのです。子どもと言えど冒険者ですから。ほら、勝手に抜け出してこんな所に来るからですよ。さ、おウチに帰りましょう」

メイメイちゃんは優しくバルケリオス様の背中をさすっている。メイメイちゃんの接近に伴って、盗賊たちが鈍い音と共に昏倒したのは……見なかったことにすればいいのだろうか。


「や、やっぱり。『城壁』だったんだ……」

呆けた顔で二人を見つめる少年が、ぽつりと言葉を漏らした。

「城壁?」

「『城壁のバルケリオス』様だよ……俺、パレードで見た!」

その台詞に、みんなが一斉に目を凝らした。

「ああっ! 本当だ……」

「私も見たことある!」

少年たちが口々に呟いて瞳を輝かせ始めた。

「う、嘘だろ?! お、おっさんが『城壁』なのか?! なんで言ってくれなかったんだよ!」

猛然と駆け寄ったタクトに、メイメイちゃんが眉をしかめた。


「えっ?! 言ったよぉ?! 私ちゃんと言ったよおぉ?! って言うか私の顔知らない?!」

げっそりとうずくまっていたおじさ……バルケリオス様が、驚愕に目を見開いた。

「じゃ、じゃあ君達は一体私を何だと思っていたんだね?! 最初に言っただろう? Sランク冒険者だって。私、あんな気持ち悪い思いして護衛してたのにぃー?! まあ、君達強かったからシールド活躍してなかったけども!! 安心して……戦ってたんじゃなかったのぉー?!」

「ごめん……あ、ごめんなさい。俺、ただのへたれなおじさんかと………」


国唯一のSランク冒険者、『城壁のバルケリオス』は、ガックリと項垂れた。



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