第433話 ゲームの勝敗は
「わあ、登ってくるの?」
わずかな取っかかりと突き刺した木剣を頼りに、あぶれた生徒たちが土の塔に張り付いている。どうやってここへ攻撃を仕掛けてくるかと、ちょっぴりわくわくしていただけにガッカリだ。何のひねりもないね……せめて土魔法で階段を作るとか、弓や魔法とかさ……。そりゃあ、カロルス様みたいに塔を斬る! なんてのは無理だろうとは思っていたけど。
もう少し、創意工夫があってもいいのに。
不満いっぱいで覗き込むと、案外侮れないペースだ。だけど、めちゃくちゃ無防備だよ。オレが攻撃したら避けられるのかな?
とは言え、真っ逆さまに落ちたら危ない高さだ。突き落とすとか石を落とすなんて、あんまり乱暴にはしたくない。
正直なところ、きのこみたいにてっぺんを傘状にしてしまえば登ってこられないとは思う。
だけど、相手に創意工夫を求めるなら、まず自分からだ。単にてっぺんに返しをつけるだけなんてつまらない。
「とは言うものの……ううーーん。コレと言ったアイディアが浮かばないよ」
ごめん、創意工夫がないなんて言って。
『主、そんなこと言ってる間に登ってきちゃうぞ?』
頭を抱えているうちに、もう半分を登り切っている。慌てて縁から覗き込むと、もうかなり近く見える。
「えーっと! とりあえず!」
シャキーンと取り出しましたるこちら、オレ愛用のリーズナブルなやつ。よし、風向き~オーケー!
シャシャシャシャシャ!
「なんっ……?! ぶわっ? ぶしっ! ヘッブシ!!」
気前よく大量に降り注いだコショウに、先に登ってきていた生徒が盛大にくしゃみを連発している。コショウって吸い込むと本当にくしゃみが出るよね。
へぶし、へぶしとやりながらズルズルと滑り落ちていく生徒を見送り、次に取り出したのは――これだ!
「つめてっ?! なんだ、水……じゃねえ?! うわ、べたつく……」
舐めてみて? 甘くておいしいよ! 少ーし薄めたシロップを満遍なく振りかけまして……。べたつく手を服で拭っていた生徒が、ふと気配を感じて上を見上げた。
「えっ?」
「――ごめんね?」
オレは、小麦粉の袋を掲げてにっこり笑った。
「ぎゃー!」
ばふうっ!!
大量の小麦粉をかぶった生徒が思わず両手を離しちゃったので、咄嗟に土魔法滑り台で降りてもらった。まるでスノーマンみたいになってもがいている。あんなに見事に粉をまとうものなんだなぁ。
そうだ、小麦粉まみれと言えば、アレはやっておくべきじゃない?!
サッと頭を引っ込めると、急いでアレを準備する。幸い、離脱した2人を見て、残る生徒も少し慎重になっているようだ。
――ユータ、それどうするの? どうしておやつ作ってるの?
これはね、おやつであっておやつじゃないんだよ。
大急ぎでこしらえたものを持って再び顔を覗かせると、ビクッとした生徒と目が合った。
「なっ……何をする気だっ?!」
ついにんまりとしたオレに、眼下の生徒がおののいた。
「てーいっ!!」
ユータ、振りかぶってーー投げました!!
「ぶべっ?!」
見事命中! くぐもった声をあげた生徒から、でろりとクリームが落ちる。大成功-! 危なげなく滑り台でお帰り願うと、1人パタパタと足を踏み鳴らして悦に入った。それ、ちゃんと美味しく作ってるから食べてね?
『楽しそうね……』
『勿体ないぃ~~!! 主、俺様あれ食べに行ってもいい?!』
『ぼくも! 舐めに行きたい!!』
チュー助はともかくフェンリルはダメでしょ! 勿体ないけど、ここまで来たら絶対やらなきゃって使命感に駆られたんだ。古来からの伝統行事、パイ投げ。紙皿にクリームだけ盛っていたりするそうだけど、あいにく紙皿はなかったので薄手のパンにたっぷりとクリームを盛っておいた。ちゃんと甘くしてあるからおいしいと思う。
そうこうしているうちに、1対1で勝利した人たちが土壁の囲いから出てきた。
出てきた8人のうち4人は相手班、残り4人は……オレの班だ! ちなみに、残るふたつの囲いはまだ接戦を繰り広げている。
嬉しくなってぶんぶん手を振ると、こそっと回復の蝶々を派遣しておいた。
うまく数が揃ったために、地上では再び1対1での各個撃破が始まった。これなら、もう土壁がなくてもいいかな。コショウと小麦粉と生クリームにまみれた人たちはまともに戦うのは難しそうだし。
同数ならお互い協力するのも戦法のうちだろう。
『あら、もう一人いたわよね?』
うん、きっとそろそろ登り切る頃だ。
「――覚悟しろっ!」
土の柱を登り切った生徒は、少々荒い息を吐きながら頂上へ飛び上がった。
「……あれ?」
ちびっ子に飛びかかろうと息巻いた所で、異変に気付いた。
いない……誰もいない。逃げ隠れする所などない真っ平らな頂上で、生徒は狐につままれたような顔をして周囲を見回した。
「――あっ?!」
見つかっちゃった。見上げたオレと、見下ろす生徒の視線がかち合って、にっこりと手を振った。
「お前、どうやって?! く、くそっ……あ、あれ? 俺はどうやって下りれば……?!」
ほぼ垂直な壁だもんね。上に立っちゃうと中々怖いよね。
こっそりと地面に降り立っていたオレは、足を下ろそうとしては引っ込める彼にエールを送った。
うん、きっとあれは下りられない。
激戦の続く訓練場の方へ駆けて行くと、情勢は拮抗している。オレは誰も倒していないので、今のところ撃破数は同数だ。ここから何人倒せるかで勝敗が決まる……!
「あ、もうすぐ終わりかな?」
先生の目配せに、弓をもった人が鏑矢をつがえて待機したのが見えた。
この状況ならもう邪魔は入らないだろう。オレは地面へ手を着くと、全ての土壁を取っ払った。
おおおー!
土壁の中から、つばぜり合いをしている二人、そして向こうの大将とやり合っているウチのリーダーの姿が露わになった。大将格同士の接戦に、俄然場が盛り上がり始める。
「がんばれー!」
万が一可能なのであれば、大将と当たりたいものだと言っていたのは、あの少女の方だ。実力はあるはずだと、確かめたいって言った。オレはせめてと大きな声で声援を送る。
わあああ!
歓声に目をやると、鈍い音と共につばぜり合いをしていた二人が倒れた。
どっち……? どっちが勝ったの?!
見つめる視線の先で、双方の防具が黒く染まった。あ、相打ち……?!
残るは、大将格二人のみ。
鏑矢の担当者が、ゆっくりと弓を天に向けた。
「はああっ!」
「っくうぅ!」
これで最後、とばかりに繰り出した二人の剣が、激しくかち合った。
鈍く重い音と共に、片方の木剣が弾かれる。がら空きの胴に、次の一太刀がクリーンヒットした。
「――くそぉ」
黒く染まった防具に、少女は唇を噛んで膝をついた。
十分、十分だよ! ちゃんと、実力を証明できたじゃない。時間ぎりぎりまでやり合っていたのだもの!
駆け寄るオレの視界の端で、合図の弓がキリリ、と引き絞られた。
撃破数、これで5対6……オレたちの負け、かぁ。でも、攻守合わせてゲーム自体は引き分けだ。得たものは大きかったんじゃないだろうか。
「――そこまで!」
終了の声と共に、ひょうと放たれた鏑矢の音が響いた。直前、どこかで鈍い音が鳴った気がした。
「……ごめん。せっかく、勝てるチャンスだったのに」
じっと地面を睨み付ける少女に、メンバーはただ黙って肩を叩いた。
「結果――2戦目裏、6対6!」
先生の宣言を聞くともなしに聞いて、全員がキョトンと目を瞬いた。
表はさっきの攻撃側、裏は今の防衛側のことだ。裏はオレたちの負け――確か、5対6だったはずなのに……。
『あれでしょ?』
『哀れ……』
モモと蘇芳の声に振り返ると、塔の下には色々なものにまみれた人たち3人。でも、この人たちは何も致命傷を負ってないもの。防具は黒くない。一体誰――
「あっ……」
『こんな最後、あんまりだぜ』
塔の下で、崩れた土と共に伸びている人が1人。その防具は黒く染まっていた。
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