第410話 お守り
「お主、魔石は持っているかの?」
「持ってるけど、何の魔石がいいの? どのくらいの大きさ?」
魔石が作れることを知っているのは……確かルーだけだったはず。……多分。
「何でもよいぞ。そりゃあ生命魔法じゃから、その魔石がいいに越したことはないがのう。お主らのとこにはあんまりないじゃろ?」
「チル爺たちのところにはあるの? 生命魔法の魔石ならどのくらいの大きさがいるの?」
「あるとも、聖域に近ければポロポロ転がっておるぞ。生命魔法の魔石なら、ワシの両手くらいのサイズがあれば十分じゃの」
チル爺の両手なんてほんの小さなものだ。ビー玉より小さくていいくらいらしい。それなら作るのも簡単だ。
『でも、見せちゃだめなんでしょ?』
モモがまふまふとオレの頬に体を当てた。もちろん、その辺はぬかりないよ!
「じゃあ、チル爺お酒飲んで待ってて! オレ、お部屋から取ってくるから!」
「取ってくる……? あやつ、何でも収納に入れておるのに……?」
『ま、ま、ぐーっとやりなよ爺さん!』
いつの間にか小さなグラスを取り出したチュー助が、素早くチル爺にグラスを持たせてお酒をついだ。
とっとっとっ……なみなみと注がれていく琥珀色の液体と、漂う濃厚なアルコールの香りに、チル爺がでれっと相好を崩した。
「おおっと……うむ! 良いの、人の酒は荒削りな強さがたまらんわい」
縁から溢れそうになった液体を慌ててすすり、勧められるままにヒゲを揺らして腰掛ける。
「妖精の酒はのう、軽いんじゃよ。果実の甘みが強いのも多くての、ワシにはちいと物足りんでなー」
『爺さんイケるクチだもんな! さては詳しいね?』
「ほっほ! 誰に言うておる!」
『いいねいいね! 俺様に聞かせてみてよ』
同じく座り込んだチュー助がさらに酒を注いだ。
――チュー助、ここは任せたの!
そっと囁いたラピスの声に、チュー助は後ろ手にグッと親指をたてた。
「よし! ちっちゃい魔石くらいなら大丈夫」
ベッドに腰掛け集中すると、もう慣れたものだ。じっと見守るモモやシロたちの視線の中、静かに目を閉じ手を組んだ。
「ピッピッ、ピッ」
まるで調子を取るようにティアが寄り添って鳴き、ふわふわと風もないのに髪が揺らめくのを感じる。閉じたまぶたの裏にも、柔らかな光を感じた。
「――ふぅ、どうかな?」
スッと目を開け息をつくと、ゆらめいていた生命の魔力が霧散すると共に、光も消えた。オレの手の中にはコロリと小さな透明の魔石。
たったこれだけの魔石でも、結構な疲労感だ。ルーの湖でやらなかったせいもあるのかな。
もう一度息をつくと、よいしょっと立ち上がった。
――ユータ、チュー助が誤魔化してるから大丈夫なの。少し休憩していくの。
「え? チュー助が?」
オレは首を傾げつつ、再び腰を下ろした。
「――お前、何やってたんだ?」
突如間近く聞こえた低い声に、思わず飛び上がった。
「まあ、驚かせてはいけませんよ、もっと優しく声をかけるべきです!」
「何事もなければそっと立ち去るのも優しさなのよ!」
さらに聞こえた声に心臓が跳ねた。気付けばオレの背後にはカロルス様、タンスの影にマリーさん、扉の影にはエリーシャ様……忍者?!
「な、ななな何でもないよ?! 魔法の練習をしてたの!」
「急に出ていったかと思えば……なんか分かんねえがすげえ気配を感じたぞ」
Aランク怖い……! 多少の回復魔法を扱えるマリーさんならともかく、魔法使いじゃないのにどうして気付いたの……?!
で、でも大丈夫! もし魔石生成を見られていても、お祈りでもしてたようにしか見えないはず……! 光が消えた後は真っ暗だもの、魔石なんて見えていないはず。早鐘を打つ胸を押さえ、魔石をこっそり収納にしまうと曖昧に笑った。
「ふーん? まあ碌でもないことをしてるんだろうが、危ないことはするんじゃねえぞ?」
わしわしと撫でた手は、いつもより力が入っているような気がした。
「うん! あのね、危なくないようにするためだから、大丈夫だよ」
「ユータ様……それは今は危ないということでしょうか……」
「とっても不安になる答えだわ」
苦笑する面々に囲まれて、慌てて首を振った。もう一度大丈夫、と言ってみたけれど、オレの『大丈夫』
にはあまり人を安心させる効果がないようだった。
「ふぃっく、ふぉふぉふぉ、お主中々話の分かるねずみじゃ!」
『爺さんこそ-! ほらほらグラスが空だぜ!』
……出来上がっている。
帰ってきてみれば、チュー助とチル爺は肩を組んで騒いでいた。まるで飲み屋のサラリーマン……。
『――ここは俺様に任せろと言ったろ?』
言ったかな……? どうやら飲んではいないらしいチュー助がパチンと両目のウインクを決めた。チュー助、意外な才能? だね。必要になる場面はあまりないかもしれないけど……。
「チル爺、ただいま! ねえ、そんなに酔っ払って大丈夫なの……?」
「ふぃっく! 当然じゃ! それで? 何じゃったかの、そうそう妖精の酒ではのー、若いモンにはモモジェムが人気じゃのー、甘くてワシには分からんがのー香りと色がのー」
うん、全然大丈夫じゃないっぽい。よし、回復と浄化の要領でなんとかなりそう……強制アルコール排除!!
「ちょ、ちょちょちょ、お主何しとるんじゃ?! ワシのほろ酔いが-!」
「これも気持ちいいでしょ?」
このくらいでいいかな? お鼻の赤身が大分引いたのを見て手を放した。
「……気持ちは良いけどコレとは違うんじゃ……!」
「でも、これでまたほろ酔いになれるよ! 後で辛くならないよ!」
ガックリしていたチル爺がポン、と手を打った。
よ、余計なことを言っちゃったかな……。結局ほろ酔い状態のチル爺と作業するはめになりそうで、今度からお酒は後に渡そうと苦笑した。
「ミック、おはよう!」
「お、おおっ?! おは、おはよう!!!」
出勤を待ち構えてミックを捕まえると、急いで小包を押しつけた。
「これからお仕事でしょ、ごめんね! でもこれだけ渡したかったの」
「え、これは……?」
「お守り、だよ! オレの地方に伝わる天使様のお守り。特別なやつをもらってきたからミックにあげるね! ちゃんと持っていてね」
お守りはジャパニーズお守りを踏襲してみた。小さな小袋タイプで、首から下げられるようになっている。
「これ、ユータのじゃないのか? そんな大事な物は……」
「ううん! ミックのだよ! じゃあ、忙しいでしょ? いってらっしゃーい! お仕事がんばってね!」
きゅっと抱きしめて離れると、ぶんぶんと手を振った。
ミックの手が、お守りの小袋をぎしりと握りしめる。そ、そんなに握りしめたら壊れちゃうよ?!
「い、いってきゅま――ご、ゴホン。――じゃあ、行ってくる」
爽やかな笑みで手を挙げると、ばさりとマントを翻してきびすを返した。固いブーツの音がカツカツと遠ざかっていく。カッコいいな、大人の男の人だ。
――でも、馬車に乗らなくて良かったのかな。きっと乗ろうと思っていたのだろう馬車と小さくなっていくミックを見比べて首を傾げた。
「よう寝ぼす……ぶふっ!!」
『ちょっと寝かせてあげてちょうだい!』
部屋に飛び込んだ途端に、桃色のもふもふアタックをくらって、タクトが目を白黒させた。
「ユータ、昨日遅かったの? ぐっすり寝てるね~」
ラキはユータを覗き込んでくすっと笑った。頬をつついたくらいではピクリともしない。
『うん、だから今日はもう少し寝ておく日にするんだ! だから、タクト遊ぼう!』
シロはにこっと笑ってタクトに飛びついた。
「お、いいぜ! 修行しようぜー!」
『いいよ! 追いかけっこの修行?』
「それヤダ! 絶対勝てねえもん!!」
わふっと漏れた声と楽しげなステップに、蘇芳がぽふっとシロの顔面に張り付いた。
『遊ぶなら、お外!』
『オーケーオーケー! さあタクト、俺様を連れて遊びに行け!』
『あえはもー!』
まるでバスに乗り込むように次々と乗客が乗り込み、シロがピンと尻尾を上げた。
「よし、俺も! 行くぜ!!」
『おおー!!』
どすんと乗り込んだタクトに揺るぎもせず、乗客乗員、ついでにバスが出発の声を上げた。
「じゃあ僕はゆっくりする日にしようかな~」
賑やかな出発を見送って、ラキはくすりと笑った。傍らを見下ろせば、ふくふくとした頬にほんのり笑みを浮かべて、満足そうに眠るユータがいる。
「ユータ見てると眠くなるよ~」
ふぁ、とあくびをひとつ零すと、ぱたりとベッドへ倒れ込んだ。ユータに寄り添って眠っていたティアが、ちろりとラキを見て、再び目を閉じる。ほとんどまん丸になった小鳥を撫でて、ラキも倣うように目を閉じた。
『あなたも一緒に寝るといいわよ』
胸元に飛び乗った柔らかな毛玉を撫でていると、すう、すう、と規則正しい寝息が聞こえる。ラキはもう一度小さくあくびをすると、これは抗えそうにないなと力を抜いた。
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