第391話 営業活動
オレたちが勧められるままに、何かの素材に腰を下ろすと、カン爺はドサリと地べたにあぐらをかいた。汗にまみれた細い上体を晒し、ごしごしと顔を拭って顔を上げる。
「ふいーっ。よう見ればタク坊、随分大きくなったもんじゃ! なんじゃその図体は……サヤがデカイだけじゃと思うとったわ」
カン爺、そんなこと言うからコイビトできなかったんじゃないかな……。怒ったサヤ姉さんがでっかい金槌を振りかぶるのを、他の職人が必死に止めていた。
「へへっ! デカくなっただけじゃねえぞ、俺めちゃくちゃ強くなったからな! カン爺が生きてる間にAランクになってやるぜ!」
むん! と拳を握った笑顔は、眩しいほどに輝いて見えた。
「無理に決まっとろうが、わし、明日にも死にそうなジジイじゃのに」
「カン爺、あたしが小さい頃からそう言ってんじゃん!」
なるほど、サヤ姉さんは小さい頃からこの工房にいたんだね。若く見えるけれど、いくつなん……
「じゃあ、カン爺は30年前から変わってねえの?」
「違うわ、サヤが来たのは右の膝が痛くなった年じゃから、35年は前じゃの」
ピシリと空間に亀裂が入ったような気配を感じて、オレはそっとその場を離れた。
大きな金槌を戦槌のように振り回して追いかけるサヤ姉さんと、逃げ回る二人。サヤ姉さんの膂力もさることながら、シャカシャカと逃げまわるカン爺さんもなかなかのものだ。サヤ姉さんが怒るのも無理ないよね。年齢を大幅に間違えば、誰だってムッとするもの。オレなんて1,2歳の違いでも怒っちゃうよ。
『まあ、あなたは年齢より上に間違われることはないけどねぇ』
モモが肩でもふっと揺れた。
「えーっと友だち君、タク坊は冒険者だなんて言ってたけど、本当か?」
「オレ、ユータっていうの。本当だよ! オレたち冒険者パーティなんだ。あと一人ラキっていう子がリーダーなんだよ」
「えっ?! 君も冒険者? はぁ~最近の若者は進んでるなぁ。お兄さんだって冒険者登録はしてるけどさ、最近素材取りにも行ってねえなあ」
まだ若い職人さんが、お年寄りみたいな台詞でしみじみと呟くと、何気なくオレの差し出したカードを見て、目を剥いた。
「――E、って書いてある気がする……?」
「そうだよ、Eランクなの! だから、素材とか取ってきてあげるよ!」
何度も目を擦る職人さんに、間違ってないよと少しむくれた。
「ナイフも危ないようなお子様が、Eランク……? え? 俺今何ランク……??」
「ナイフも使うけど、オレは召喚士だよ」
言うなり、みんながパッと飛び出してきた。出てきたかったんだね……。
「う、うわあっ?! すっ……げえ……召喚士ってこんななんだ! 俺召喚するとこ初めて見た!」
それならちょっと申し訳ない。普通の召喚とは少しばかり違うかも知れない。
せっかくだから、他の職人さんにもみんなを紹介して、オレたちがEランクの冒険者パーティだって宣伝しておいた。安心できる相手がお得意様になってくれたらありがたいもんね。
「召喚獣ってかわいいのな!! もっと魔物っぽいと思ってたぞ」
「こんなふわふわなのか! その丸いの触らせてくれ!」
サービス精神旺盛なシロがごろんと横になり、そんな精神は持ち合わせていない蘇芳が手の届かない所へ逃げた。モモはと言えば得意げに自慢のボディでポージングをとっている……どれもただの丸にしか見えないけれど。
「召喚士なら納得だぜ、俺ぁまたお前が戦うのかと思ってビックリしたぞ! タク坊が剣士で、お前さんが召喚士で、もう一人はなんだ?」
シロを撫でながら、あっはっはと大きな口で笑った職人さん。オレも戦うんだけど、今は言わない方がいいだろうか。
そう言えば、武器屋に行くならともかく、工房ならラキは来たかったんじゃないだろうか。
「あのね、ラキは魔法使いで加工師なんだよ! 今度ここへ連れてきてもいい? ラキ、評判いいよ!」
「ほう! ちびっ子加工師なんて珍しい。いいとも、ちっとなりとも加工師やってんならお前らみたいにはしゃいで危ないってことはねえだろ? いつでも来なよ! 実際の職場はいい勉強になるぜ? 使える腕ならこっちも助かるしな」
カン爺さんに許可をもらわなくていいのかなと思ったけれど、今お取り込み中のようだし。はしゃいでいるのはお宅のカン爺が一番じゃないのと思わなくもない。
許可はもらったものの、きっと王都で見聞きした技術を使いたいラキは、工房に入り浸るんじゃないかと容易に予想が付いて苦笑した。
「ラキ、一緒に依頼受けてくれるかなぁ……」
『せっかくの王都だからって、引きこもっちゃいそうね』
それはそれで、そもそも加工師になりたいラキにとって望ましいことだろう。仕方ない、オレたちはせっせとラキに素材を持っていく係になろう。
『俺様冒険の方が好きだぜ! やっぱ戦ってこそだな! 危ないのは嫌いだけど!!』
『あえは、冒険も、ここもすきー!』
アゲハが飛び出すと、小さな足でトテテッと走り出した。
『あ! アゲハ勝手に行っちゃダメ! 危ないからー!』
慌てて追いかけるチュー助の腕をかいくぐり、きゃあきゃあ言いながら走り回るアゲハ。やっぱり火と関連する場所が好きなんだろうか。ただ、火の精霊がどこまで耐えられるのか分からないけど、まだまだ生まれたての、管狐ミックス精霊には焼けた金属なんかは荷が重いだろう。
「こーら、危ないものがいっぱいあるからね」
『あうじー! あうじはね、もっとすき!』
駆け回るアゲハをキャッチすると、小さな手できゅっとオレの指を抱え、すりすりと顔をこすりつけた。
「ありがと! オレも好きだよ」
そっと胸元に入れると、ヘェヘェと息を切らしたチュー助が、ぺたっと座り込んだ。
『俺様……俺様……』
小さな声でぶつぶつ言うチュー助をそっと抱え上げると、頬を寄せる。
「チュー助も好きだよ!」
『そ、そう? 俺様…………俺様もす、すすす……』
『おやぶー! おやぶーもすき!!』
アゲハがびたっとチュー助の顔面へ張り付くと、ぐりぐりと頬ずりした。
『お、おおお俺様だって、す、すすすす……』
『すー、き! 簡単』
蘇芳が言ってご覧? と言わんばかりにこてんと顔を傾け、オレの頬へぴたりとくっついた。
『ぼくも! ゆーた大好きだよ!』
『はいはい、そうね。私も当然好きよね』
職人さんにたかられながら、シロが埃を舞上げる勢いでしっぽを振って、モモがふよふよと揺れた。
なんだかみんなから言われると照れくさいね。オレだってみんな大好きだ。ラピスもティアも、他の管狐たちも、帰ってからみんなに好きだと言って、ブラッシングしてまわらないといけない。
これはこれは大変だ、とオレは満面の笑みを浮かべた。
「工房行っただけだったのに、なんか疲れたぜ……サヤ姉、やっぱ腕太くなってんだよ」
「またそんなこと言うー」
サヤ姉さんとタクトの仲だから許されるのだろうけど。オレとセデス兄さんみたいなものだろうか。
工房で案外長居してしまったので、オレたちはブツブツ言うタクトと一緒に、ラキのいる店へと走った。さすがにもう、オレたちがいないことに気付いて怒っているんじゃないだろうか。
「…………」
店内で、たまに動くマネキンが1体。
「ホラ見ろ、俺たちがいなくなったのも絶対気付いてねえって」
確かにそのようで。
店を出たときと違うのは、手持ちカゴの中の商品が増えていることぐらいだろうか。
オレたちはやれやれと顔を見合わせた。
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