第378話 護衛の冒険者2

さっきまですごく混雑していたように思ったけれど、周囲の人が少なくなったような気がする。怖い顔の人がいるだけで、人払いの効果はあるもんだな。

「……リーザス、交代……」

ガザさんが、ものの数メートルで弱々しくお兄さんに助けを求めた。オレ、重くないと思うけど? そんなに力を入れているから疲れるんじゃない?

「大丈夫?」

「う、うるせえ……赤ん坊なんて抱えたことねえんだよ……」

「あ、赤ん坊じゃないよ!!」

憤慨して、無造作に伸びたあごヒゲを引っ張ると、ガザさんが、この野郎! とオレのほっぺをつまんで、慌てて手を離した。

「柔い……」

オレを抱える腕が一段と弱くなった。それ以上緩めると落ちるんですけど! 

「ちゃんと、ぎゅっとして!」

こう! と小さな手で大きな腕を押さえると、護衛さんが再び蚊の泣くような声で「交代……」と言った。


「――え、君らここなの? 一番いい宿じゃないか」

「うん、じゃあありがとう~また明日~」

リーザスさんと他の護衛さんがぽかんとする中、ラキはさっさとガザさんからオレを下ろして宿へと入っていった。慌てて振り返ると、じっとこちらを見るリーザスさんと目が合った。手を振ろうとしたのに、すぐさま逸らされた瞳に少しガッカリする。


「ユータ様! あの輩はなんですか! もし意に沿わないことがあれば……」

「ユータ~引き留めておくの大変だったんだから……」

どうやら窓から見られていたらしい。抱っこしてもらっただけで被害が及んだら申し訳ない。セデス兄さん、グッジョブだ。

一旦オレたちのお部屋でラキたちと別れ、カロルス様たちの階へと上がった。オレたちが泊まるのは一番下の部屋だけど、カロルス様たちは階層貸し切りだ。

「大丈夫! 馬車の護衛さんたちが宿まで送ってくれただけだよ」

「そうですか……あのような輩に抱っこされなくともマリーが……ああ良かった、ちゃんとユータ様の香りです」

オレを抱き上げたマリーさんが、ぎゅうっと全身でオレを包み込んだ。オレの匂いってどんな匂い?! そんなこと言われたら気になってしまう。

マリーさんはお洗濯の香りだ。エリーシャ様はお花の香り、カロルス様はお日様の香り。セデス兄さんは……寝間着の香り?

「ユータ、ちょっとおいで? なんか失礼なこと考えてるね?」

「……そんなことないよ」

オレはきゅっとマリーさんにしがみついた。ガザさんとまるで違う華奢な体は、オレの腕が簡単にまわって驚いた。触れた肌はサラサラと滑らかで心地良い。

「うふふふふふ……ユータ様はまるでフラッフィースライムのようにふわふわのやわやわですねぇ。ちまちました指が……高い体温が……うふ、ふふふ……」

「マリーさん、顔が教育によろしくないよ」

セデス兄さんがひょいとオレを取り上げ、見ちゃダメと胸元に押しつけた。うーん、やっぱり寝間着の香り? スン、と鼻を鳴らしてにっこりすると、ごしごしと顔をこすりつけた。


「それで、ユータちゃん達はどう~~~~~~しても一緒のテントは嫌なの?」

「う、うん……あのね、嫌っていうわけじゃないんだよ? でも、オレだけ家族一緒だと……」

ただでさえガキだのなんだの言われるのに、家族連れで冒険なんて、さすがに恥ずかしい。

この宿場町を出たら、まもなくヒトのエリアを出るので、ぐっと町や村が減ってしまう。王都に近づくまではしばらくテント生活だ。当初からカロルス様たちのテントに誘われていたわけなんだけど、そこまでおんぶに抱っこではEランク冒険者として立つ瀬がない。

「まあ、気持ちは分からんでもないがよ、つまらんプライドで命を捨てることだけはするなよ?」

「うん! カロルス様たちも近くにいるんでしょう? 何かあったらちゃんと呼ぶからね」

カロルス様が来るまでくらい、頑張ってみせるよ。こてんと硬い腹にもたれかかって見上げると、大きな手がわしわしと頭を撫でて、これってまるで蘇芳みたいと笑った。

これからは休憩所も広いものではなくなるので、目立ちすぎるし、数日はカロルス様たちと別行動だ。オレだけ転移して顔を出そうかとは思っているけど、乗客も少なくなるから下手な行動は取りにくいと思うんだ。

だから、甘え……充電するなら今のうち。

半分ソファーからずり落ちただらしない姿勢で、完全に気を抜いたカロルス様の表情。力を抜いていてもお腹って案外硬いんだな。

不自然な体勢で見上げていると、滑り落ちそうになってぎゅっと服をつかんだ。

「ん?」

ぼうっとしていたカロルス様が、オレの背中に手を添えてごろりとソファーに横になった。ちょんとお腹の上に腹ばいになったオレは、大きなあくびを眺めてぺったりと力を抜いた。

「お前、暑いな」

服の胸元をぱたぱたさせるカロルス様に、オレじゃないよ、カロルス様が暑いんだよと思いつつ、冷風を送ってあげる。

「おーこりゃいいな」

ご機嫌に閉じられた瞳に、くすっと笑って、胸元をとん、とん、とリズミカルに叩いた。

「……お前、そこで寝るなよ、落ちるぞ」

目を閉じたまま、カロルス様の熱い腕が、のしりとオレの背中に乗った。大丈夫、オレは馬車でずっと寝てたもの。とんとんしながら無防備な顔をじいっと見つめる。そよそよと金色の髪が風に揺れ、力の抜けていく顔を眺めていると、どうにもむずむずとして口角が上がった。

呼吸が深くなるにつれだんだんと重くなってくる腕に、これってカロルス様が寝ちゃったら、オレ潰れちゃうのかなと、頭の片隅に不安がよぎった。



「朝飯どうする?」

「うーん、起きてからかな~? まだ出発まで時間あるし~」

二人の声にゆっくりと意識が浮上する。眩しい……ぐっと眉をしかめて顔を押しつけると、体が大きく揺れてゴツンとおでこをぶつけた。

「………」

「あ、ユータおはよ~」

「おお、一人で起きられたじゃん!」

むすっとへの字口でおでこをさすると、半分しか開かない瞳でぼんやりと周囲を見回した。お外……? 宿場町の通りは、まだ早いだろうに、もう開いている屋台があった。

「もう出発だよ~? 昨日カロルス様たちのとこで寝ちゃったんでしょ~? 夜にごめんねってセデス様が連れてきてくれたよ~」

「怒るなよ? お前、起きねえんだもん」

先手を打たれて、怒ることも出来ずに無言でタクトの背中に顔を埋めた。この体が恨めしい……そんなに寝なくてもいいんじゃないだろうか。セミのように背中にへばりついていると、ことんことんと規則正しく揺れるリズムに、すうっと体が心地よくなってくる。

「お、おいおい! 寝るなよ?」

ゆさゆさっと揺すられ、思い切り不機嫌に顔を上げた。今、すごくいい気持ちだったのに。

「………」

「あ~、ダメだね~もう少し寝かせようか~。ユータ、僕たち先にごはん食べちゃうからね~」

仏頂面でこくりと頷くと、今度こそぽてんと頭を預けて力を抜いた。



「……なんかお前、昨日と人相違うんじゃねえか?」

「そんなことない」

ぶっすりとむくれたオレは、ぷいとそっぽを向いて冷えたスープをすすった。ガザさんが居心地悪そうに身じろぎする。

「……なんでこっち来んだよ……機嫌悪いならあっち行けよ」

機嫌悪いからこっちにいるの! 怒ってない、寝かせてもらって馬車まで連れてきてくれて、怒ってなんかない。ただ、機嫌が悪いだけ。

買ってもらった朝ご飯のスープを飲んで、包みを開けた。入っていたのはガッツリと腹に堪えそうな骨付きのお肉。これ選んだのタクトでしょ……苦笑してそっと歯をたててみると、冷えたお肉はなおさら硬くてべったりとして、一口で気分が萎えてしまった。せめて温め直してみよう。

バレないように極小の火魔法を使って弱火でじっくりじっくり火を通してみる。不思議だね、魔法で手に炎をまとっても熱くなくて……

「……あっちぃっ!」

ぼんやりと炙っていたら、熱々になったお肉に驚いて放りだした。そ、そっか、炎は熱くなくても温めたお肉は熱いよね。

隣で落ち尽きなくごそごそしていたガザさんが、ビクッと飛び上がって振り返ると、宙を舞うお肉をキャッチした。

「何やってんだお前……」

それ、熱くない? グローブみたいに分厚い手だと、熱い物も平気なんだろうか。


「……おい!」

まだ少し機嫌の悪いオレは、聞こえないふりをして熱々のお肉を囓った。周囲の乗客のクスクス笑いと、護衛さん仲間の大笑いも聞き流し、もそもそとお肉を咀嚼する。お腹が満たされるにつれ、ご機嫌も上向きになってきた。

「おいっ! ……なぁ、リーザスぅ……これ……」

オレはお肉を握った大きな腕ごと抱え込み、雲の流れる空を見上げてほう、と息をついた。


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