第376話 襲うならあっちを

「ようチビちゃん達、あんたらはどこまでだい? 親御さんはどうしたね? いいとこのぼっちゃんだろう?」

真正面からの風を受けたくて前の方に座っていたら、陽気な御者さんが振り返った。お客さんがいっぱいだと思っていたのだけど、基本的に近隣の村や町までの利用者が多いようで、最初の1つ2つの町を通り過ぎる頃には、ぐっと数を減らしていた。

……つまりは、チビちゃん、に当てはまるのはどうやらオレたちしかいないようだった。

「別に、ぼっちゃんなんてものじゃないよ~どうしてそう思ったの~?」

「おやそうかい? だってほら、身なりもそれなりだし、その嬢ちゃん、随分ときれいどころじゃねえか。そういうのは大抵両親もお綺麗だったりするもんよ。キレイどころはみぃんな金持ちが持ってっちまうもんさ」

御者さんは、そうだろ? と口の端を上げた。

「なんでだよ! 高ランク冒険者だって人気あるぜ! そっちのがカッコよくねえ?」

「はーん、これだからガキんちょはダメなのさ。冒険者なんてそこいらのゴロツキと大差ねえって、そら、そのいいとこの嬢ちゃんに聞いてみなよ」

「ユータ! 金持ちの軟弱なヤツより冒険者の方がカッコイイよな?!」

ねえタクト、オレ、それより先に否定して欲しいことがあるんだけど。


御者さんとタクトの、どんなヤツがモテるか談義は実に低いレベルで白熱の一途を辿っていたけれど、それ以外は至って平和な道のりだ。

ハイカリク近辺は行き交う人や馬車もまだ多く、オレはすれ違った馬車に手を振った。

「もうそろそろ休憩所だね~。明日あたりからは人通りも少なくなるから、注意しなきゃね~」

「でも、今回はオレたち護衛じゃないもんね。ちゃんと見張っててくれるよ!」

護衛の冒険者は4人組の男性だ。30歳を超えたあたりだろう、ベテランの風格が漂っている。乗客は途中入れ替わっているけれど、どうやらこの護衛さんたちと、あと数人は王都まで行くようだ。

何の気なしに護衛さんたちを見つめていると、こちらを向いた瞳と目が合った。

と、ちょいちょいと手招きされて、首を傾げつつトコトコ歩み寄った。

「なあに?」

「お前、あんな風に自分の出自を晒すもんじゃねえ、もっと気ぃつけな」

どすっと肩に腕を置かれ、顔を近づけてそんな忠告をされる。出自……? さっき御者さんの誤解を解いていた時だろうか。

「オレが男だとか、貴族のとこで居候してるとか、そういうこと?」

いかつい護衛さんは真面目な顔で頷いた。

「そうだ、まあ男だってことは言っておく方がトラブルが少ないと思うが、それ以外はな……金になると思えば狙われるぞ」

「そっか……でも、馬車の中でもだめなの?」

ここにいるのはお客さんと護衛さんと御者さんだけなのに。

「そうだ、どこにどんなヤツが紛れているやもしれんぞ? 油断してロクなことはない」

「そうだよ~、ユータ、あんまり誰でも信用しないの~」

思いの外強い力でぐいっと腕を引かれ、オレはするりと護衛さんの腕から引っ張り出された。きょとんとラキを見上げると、その冷たい視線は護衛さんに注がれていた。ラキってば、護衛さんも信用してない……ううん、そっか、油断しないっていうのはそういうことなんだ。


「へえ、チビ共だけで旅行たあ感心しねえなと思ったが、兄ちゃん達は案外頼れそうじゃねえか。ま、せいぜい危なくねえよう見ていてやることだな!」

護衛さんが大げさに肩をすくめ、ラキと、前方へ交互に視線を走らせた。

「………」

つられるように見やれば、さっきまで御者さんとおしゃべりしていたタクトまで、じっと押し黙ってこちらを見つめていた。二人とも、リラックスしていると思っていたのに……。

『ぼーっとしてるのはあなただけね!』

『主ぃ! あんな簡単に他人の間合いに入っちゃいけないんだぜ!』

オレの方がしっかりしていると思っていたのに……チュー助にまでそんなことを言われて、ちょっぴりシュンとして座席へ座り直した。

――ユータは優しいから、人を信用してるだけなの!

『だめなの? ぼくも、なでなでとかお話してくれたら嬉しくなっちゃう……』

優しいから、じゃダメだよね。日本にいた頃の感覚でいてはいけないと思うけれど、染みついた感覚や習慣はなかなか変えられないものだ。


「まあまあ、こんな小さな子にあんな怖いおじさんが叱ったら泣いちゃうよねえ? 大丈夫大丈夫、顔は怖いけど器のちっさい男だからさ、気にしないで!」

気さくな笑顔で隣に座ったお兄さんが、ぽんぽんとオレの背中を叩いた。護衛さんのパーティで一番若い人だ。大声でそんなことを言われたいかつい護衛さんは、むすっと腕組みしてそっぽを向いた。

「オレ、泣いてないよ! 大丈夫、怖い顔の人には慣れてるの」

あっと思った時すでに遅し。慌てて口を抑えたけれど、ばっちりと聞かれたらしい。いかつい護衛さんからは哀愁が漂っている気がした。

「あ、ううん! 違うの、山賊みたいな人とか凶悪な顔の人とか知り合いにいるから見慣れてるってことで……」

「ユータ、全くフォローになってないよ~」

もう言えば言うほどドツボにはまる気がして、膝を抱えて顔を埋めた。

「はっはっは! 凶悪なツラにゃあ慣れてるってか! そんな顔して言うねえ。そんじゃこの先何があっても大丈夫だな!」

大笑いする護衛さんたちに交じって、御者さんまでそう言って笑った。

『そんなこと言ったらまた何か起こりそうじゃないの……』

『スオー、がんばる……』

モモの不吉な台詞に畳みかけるように、御者さんが続けた。

「王都までの道は最近野盗が多いんでなあ! チビちゃん達、怖いおっさんが出てきてもちゃーんと大人しく座っててくれな? ぴーぴー泣くんじゃねえよ?」

「誰が! おっさんこそ馬車置いて逃げるんじゃねえよ?」

タクトがまたつっかかり、からかう御者さんと賑やかにじゃれあっている。野盗かぁ……カロルス様たちの馬車を見れば貴族ってわかるだろうから、襲われるんじゃないだろうか……。身軽がいいって護衛もほとんどつけていないし。オレは、見えないロクサレン家の馬車を探して外へと視線を向けた。

カロルス様たちの馬車…………そこいらの野盗を根こそぎ集めて行ってくれたらいいのに。そしたら他の馬車は安全だよね。

とても不遜なことを考えて、オレはため息をついた。



「ユータちゃん! やっと着いたのね!」

「ユータ様! ご無事で何よりです!」

広い休憩所には、何台も馬車が停まっていた。3人できょろきょろしていると、駆け寄ってきたエリーシャ様がひしっとオレを抱きしめた。

「ごちそう用意してあるのよ、さあ行きましょう!」

「あ、あの、僕たちも~?」

当然のように手を繋がれて、ラキがぎくしゃくとしている。ごちそう……? そっか、今日はジフが用意してくれたのかな。

「当たり前じゃない! たくさんあるからみんなで食べましょうね!」

にっこりと華やかな笑顔に、ラキが少し赤面して頷いた。ラキ、エリーシャ様、オレ、マリーさん、タクト。ねえ、そんなにみんなで手を繋いでいかなくてもいいんじゃない? オレたち、結構恥ずかしい。


貴族やお金持ちエリアなのだろうか、周囲より少し小高くなった場所に、持ち馬車らしき高価そうな馬車がいくつか停まっていた。椅子はないものの、備え付けのテーブルがいくつか置かれている。ロクサレン家の馬車の横には、既に所狭しと食事の置かれたテーブルがあった。

「あ、ユータ! やっと来た! お腹すいたよ~」

お預け状態で恨めし気に食べ物を見つめていたセデス兄さんが、情けない顔で手を振った。

「わあ~おいしそう! ジフ、いっぱい作ったねえ!」

「おう、ジフがな、お前が毎回全部作るのは大変だろうってこれも預かったぜ」

渡されたのは簡単に下ごしらえ済みの食材の数々。うわあ、ジフって本当に顔は無骨だけど気が利くよね! これがあれば毎日の食事作りがとてもはかどるよ!

『あなたが全部作るのは決定事項なのね……』

いそいそと収納にしまうオレに、モモが呆れた声でつぶやいた。


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