第362話 お兄さん

「Eランクになったら、護衛や討伐の依頼が増えるんだね」

急ぐ用件もなく、オレはギルドで依頼が貼られたボードを眺めていた。めぼしい依頼を探すついでに、Eランクの依頼を見ては胸をときめかせている。

オレが起きる時間に残っている依頼は、朝の争奪戦で誰も手に取らなかった人気のないものだけど、それでも今のオレたちが受ける依頼よりは金額もいいし、何と言うか、『冒険者らしい』依頼が多いように思った。

『当ったり前だぜ主ぃ! なんせD、Eランクが冒険者のボリュームゾーンよ! それ以下なんざただのシロートだし、それ以上ってなるとスパンと人数が減っちまう』

「そうなんだね~だから依頼もDやEランク以上ってのが多いのかな?」

オレたちはタクトのポイントもそろそろ貯まりそうだし、もうすぐEランクへ挑戦できる。この間のことで、オレたちは思ったんだ。子どもであることはすぐに変えられる物じゃないけれど、ランクなら上げられるって。例えばオレがAランクだったら……そしたらきっと誰も助けに行くことを止められないだろう。

見た目が変えられないなら、ちゃんと基準をクリアして文句のつけられない証拠を手に入れよう。オレたちは改めてランクアップへの思いを強めた。

そうすれば、ギルドマスターの苦労も少しは減るんじゃないかな?

『そうかしら……私は増えると思うけれど』

オレはモモの生ぬるい視線に唇を尖らせた。


「よ、噂のおちびちゃん!」

見るともなしに依頼ボードを眺めていたら、ぽん、と頭に手が置かれた。

「アレックスさん! 今日はお仕事は? え……噂って?」

彼は早朝から依頼を受けるから、普段ギルド内で見かけないし、寮のお部屋に帰ってくるのも夕方以降だ。でも、そんなことより噂ってオレのこと?

「ニーム湿原から、一般人連れて帰ってきたチビっ子ってユータ達でしょ? 最近の新人はヤバイってギルド内でガッツリ噂になってるぜ?」

パパさんは一応冒険者だけど……その話ならオレたちに違いない。でも、どうやら『最近の新人』って言うからには、オレたち世代が他でも噂になっているのだろう。きっと、オレたちのクラスだ。

オレは、みんなの成長ぶりに驚くと同時に、みんなに紛れる作戦が功を奏しているとほくそ笑んだ。

「中でも黒髪のチビたちがおかしいから、気をつけろって。ユータ、目立ってんね~確か目立ちたくないっつってなかった?」

オレの笑みがぴたりと凍り付いた。


「ど、どうして?! ラキとタクトの方が目立ってるでしょう?」

「そうかもしれねーけど、お前が一緒にいたら、お前の方が目立つだろ。ちっこいし」

しまった……オレの見た目が目印扱いになっている……この黒髪がいけないのか……。

『違うわ……黒髪よりもちっこいことが目立つのよ……』

ずーんと落ち込んだものの、仕方ない……いいんだ、敢えて目立つことはしないけれど、必死に隠すこともしないんだから。使うべきものは使う、そうじゃなきゃ認めてもらえないもの。大丈夫、ギルドマスターにちゃんと言ったから、守ってくれるはずだもの。

くすっと笑ったオレに、やっぱりマスターの苦労は増えそうね、とモモが揺れた。意外と苦労人のギルドマスター、今度お菓子でも差し入れてあげようかな。


「それでユータは今から依頼? お前、2年なのにあんまり授業受けてないよなー優秀すぎー!」

「そんなこと言って、アレックスさんの方が受けてないよ! いっつも依頼でいないもん」

「俺はもう授業自体がそんなにないんですー! それにさ、Dランクだと学校自体もう卒業しちゃってもいいんだけどなー」

チラチラと得意げにこちらを見る視線に、ちょっと唇を尖らせた。

「いいなぁーDランク……」

「アレックスさんもやるときゃやるだろ?」

ふふんと格好良く髪をかき上げたアレックスさん……普段どう見えているか自覚はあるんだね。

「テンチョーさんもDランクだもんね!」

「まーそうだけど。なんでテンチョーの方が評価高そうなのさ。俺の方が年下なんだからすごくねえ?」

勢い込んで聞いたら、ちょっと不服そうにされた。確かに! でもなんでだろうね、アレックスさんは手放しで褒めちゃいけない気がして……そう、うちのチュー助みたいな……。


「あれ? そういえばテンチョーさんって今年で……」

「気付いた? そ、テンチョーは今年で7年、卒業だぞ! ちなみに俺は7年いる気ないし、もうDランクだし、一緒に卒業ってわけ」

オレは思いも寄らないことに目を見開いた。いなく、なっちゃうの? なんとなく、ずっと一緒の部屋だって気がしていたのに。

「あれっ、寂しい? 寂しい? いやー嬉しいな、そんな顔してもらっちゃうとさ! 俺ってこんなに後輩に好かれて参っちゃうぜ!」

知らず知らずきゅっと下がった眉と口角に、アレックスさんがものすごく嬉しそうにオレの頭をかき混ぜた。なんか、そう言われると悔しい。

「……寂しくないよ! だって元々アレックスさんたちあんまりいなかったし……」

むっと頬を膨らませると、アレックスさんがフッと笑った。一瞬掠めたその表情は、いつものチャラチャラした顔と180度違った大人の顔だった気がした。

「なんでだよ! アドバイスもしたろ? お前達はこのアレックスさんが育てたと言っても過言ではない!」

戸惑って目を瞬かせる間に、まるで嘘のようにいつものアレックスさんに戻ってしまった。

「ちがうよ! いっぱいアドバイスしてくれたのはテンチョーさんだもん!」

「あー! またテンチョーテンチョーって!」

はるか上にある頭は、オレからすればもう大人みたいだ。なのにぷうっと頬を膨らませてみせたりするもんだから、オレはきゃっきゃと笑った。


「私の名前を使って騒ぐんじゃない」

どうやら結構騒がしかったようだ。背後からがしりとオレたちの頭を掴んだ大きな手には、なかなかの力が込められている。

「いててて! 耳から中身出るって! テンチョー魔法使いなのに身体鍛えすぎじゃねえの?!」

「お前の躾に必要だからな。下級生と一緒になって騒いでどうする!」

どうやらテンチョーさんはちゃんと力加減をしてくれたようだ。悶絶するアレックスさんを横目に、ホッと安堵の息を吐いた。

「ユータ、まだ小さいから仕方ないとは思うが……お前は賢いだろう、ちゃんと気をつけるんだ」

ぽんぽん、と頭に置かれた手に、少しはにかんで、えへへと笑った。テンチョーさんってお兄さんだ。すごくお兄さんだ。セデス兄さんとはちょっと違う。

ふと浮かんだ『兄さん』の面影に、腕を組んでひとつ頷くと、そんな評価を下した。

でも、最近セデス兄さんと遊んでないし、たまにはセデス兄さんの所へ行ってあげるのもいいかな。いつもカロルス様やエリーシャ様たちとおしゃべりしてばっかりだからね。

「テンチョーさん、アレックスさん、オレ行くね!」

「あれ、お前依頼受けるんじゃねーの?」

やっぱりやめにする! にっこり笑って手を振ると、オレはギルドから飛び出していった。


* * * * *


「……いい機会だったから、今年で終わりって伝えといた」

ユータが去ってから、ぽつりとアレックスが呟いた。

「そうか、大丈夫そうだな。まだ小さいから、寂しがるんじゃないかと思ったが……」

「そこは、俺がすげーってことで!」

ぱちんとウインクしてみせたアレックスに、テンチョーは珍しく笑った。

「知ってるぞ。お前はすごいってな」

「あれ、もしかして俺、今褒めてもらってるー?!」

テンチョーは、大げさに驚いておどけたアレックスに目を細めた。

「よせ、私に気を使わなくていい。お前もまだ小さいんだ、寂しいんだろう? パーティを組むのは在学中でも可能なんだぞ」

大きな手がアレックスの頭を撫でると、その顔が妙に歪んだ。

「ち、小さいって……! 俺を子ども扱いすんの、テンチョーぐらいなんですけどぉ……! すげー恥ずかしい! 圧倒的アニキ感ー!!」

アレックスは両手で顔を覆ってうずくまった。

その赤くなった耳に、珍しく内側と外側が一致しているなとテンチョーは笑った。


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