第356話 そんなにこだわることじゃない
「いらっしゃーい! かわいい服がいっぱいだよ!」
「いい服いっぱいあるぜー! 見るだけ見てくれよー!」
「服一着で奥さんと子ども、二人を喜ばせられるよ~!」
まだ人通りの少ない朝方の通りには、張り上げた子どもの声が響いていた。
「ねえタクト~もうちょっと一人の時に街中の依頼を受けたら~?」
「お掃除とか、お店の宣伝とか、一人でできるのいっぱいあるよ?」
「そ、そうだけど……つまんねえんだもん……時間かかるし安いし」
ギルドマスターからも勧められたし、オレたちは今年中のランクアップに向けて頑張る方針だ。実力はきっと十分にあるんだ。あとは依頼のポイントが貯まればきっと大丈夫。
また受付のお姉さんたちにランクアップに必要な依頼をピックアップしてもらったのだけど、やっぱり目立つのはタクトが全く消化していない街中依頼。
「ふふ、タクトくんもよく頑張ってるわよ! 評判いいんだから。でも、偏りがひどいわね。もう討伐はいいから街中依頼だけ受けるといいわよ」
「そんな……」
タクトはガックリと膝を落とした。
「じゃあさ~ひとまず今日残ってる依頼を探してみようよ~」
「お掃除なんかだと残ってるかもね!」
あんまり楽しくはない依頼だけど、仕方ない。明日からはちゃんと早起きして依頼を見なきゃね……タクトが。
「あれ? これ結構いい依頼じゃない~?」
そう言ってラキが手に取った依頼は、珍しく子どもの冒険者を対象に掲示されていたので、わりといい条件だけど残っていたみたい。
「……なんだよ? ドブ掃除? 草むしり? それとも荷物運び?」
どんよりした顔で覗き込んだタクトの顔が、少し明るくなった。
「へえ、これならやってみてもいいな!」
そんなわけでやってきたのは大通りからは少し離れた服屋さん。オレたちは店舗前で絶賛呼び込み中だ。どうやら子ども服をメインに扱っているから、子どもが宣伝した方が効果があると踏んだらしい。
でも、食べ物じゃあるまいし、服って呼び込んだからって買う物かなあ。
呼び込み効果があったなら収入に上乗せしてくれると言うので、結構張り切っているのだけど、今のところ通りは朝市に向かう人ばかりだ。朝から服を買う人ってあんまりいないんじゃないかなあ。
これは何か作戦でもたてないと、朝から晩までただ大声でアピールするだけも虚しい。
「君たち、ちょっと来てくれない?」
せめて手持ち看板でも作ってみようかと考えたところで、店主さんから声がかかった。
いいお返事で店内に戻ると、おしゃれなひげ面店主さんはセール会場のように服を広げて難しい顔をしていた。
「思ったよりいい具合の子が来ちゃったもんで、選択に悩んじゃって……腕が鳴るねぇ!」
こいこいと手招きされて服の山に近づくと、それぞれひとそろいの服を渡された。
「ひとまず、それ着てみてくれない?」
「「「えっ?」」」
きょとんとしたオレたちに、店主もきょとんとした。
「なに? 呼び込みと売り子だろう? ウチの服を宣伝してもらわなきゃ困るよ」
そ、そうか……なるほど、オレたちが看板代わりをするんだな。だから子どもの冒険者限定だったんだ。
「お、いいじゃん~俺カッコイイぜ!」
「ホントだ~僕とっておきの服はここで買おうかな~」
店主が見繕った服は、どちらも本人の魅力をきちんと引き出して似合っていた。タクトは子どものわりにしっかりとした体つきと、エネルギッシュな顔立ちを活かした男っぽいスタイル、ラキはすらりとした身長と涼しい目元を活かした知的なスタイル。どちらも甲乙付けがたく素敵だ。
「君達、みんなかわいいから悩むわ~それも素敵だけどこっちも捨てがたくて……じゃあ次はこっち着てくれる?」
「……ねえ!」
「えーこれでいいじゃん! カッコイイって!」
「ねえってば!」
渡された服を握りしめて声を張り上げたオレから、二人がそっと視線を外した。
「ん? どうしたの? 着方がわからない?」
首を傾げた店主さんに、口をへの字に曲げてずいっと服を突き返した。
「これ、スカート!! 女の子のだよ!」
ふりふりとしたいかにも可愛らしいスカートに軽やかな春色カラーは、女の子が着たらたいそうかわいいだろう。
「オレだってカッコイイ服がいいです!」
いろんな衣装があるけれど、さすがにこれは誰がどう見ても女の子専用だ。
「あら、男の子だったの。でも仕方ないでしょ、女の子の服の方が売れ筋なんだから、女の子の服だって宣伝してくれないと困るよ。別に君が男の子でもいいから」
お仕事だと言われてしまえばそれまで……。無念の思いで手の中のかわいい服に目をやった。二人ともカッコイイのに、オレだけこれなの……?
「そんなに嫌か? 戦闘するわけじゃねえし、別に何着たっていいじゃん。俺が着てやろうか?」
あまりにヘコんだ様子のオレに、タクトが心配顔で頭に手を置いた。
……え? タクトが着るの? 思わずふりふり衣装とタクトを見比べて、ぶふっと吹き出した。た、確かにタクトが着るより、ラキが着るより、オレの方がマシかもしれない。
「……んだよ、俺だって看板代わりぐらいできるっつうの。さすがにユータの服は入らねえけど!」
「え? 君が着るの……?」
ぶすっとむくれたタクトと困惑顔の店主さんに、こだわってたオレがおかしくなった。
「そっか、ただの看板代わりだもん、女の子のふりをするわけじゃないもんね!」
アルバイトの制服みたいなものだと思えば、なんだっていいか。バニーガールになれと言われているわけじゃなし。
「君たちが着る……ふむむ……なるほど、なるほど……いや、なるほど……」
思案顔でオレたちを見つめだした店主さんに、ラキが不安そうな顔をした。
「……結局こうなるんだ~」
「ご、ごめんね……」
ちょっと責任を感じてしまうけれど、ラキの服はそれなりに似合っている。女物の服を着た方が、むしろ大人っぽく見えるかもしれない。
「動きやすいぜ!」
タクトも元気印のショートパンツがよく似合っていた。健康的な脚はすこーし筋肉質だけれど、冒険者だと逞しい女の人もざらにいるから、おかしくはない。
「うんうん! ばっちり、見立て通りだね!! いいねいいね~『男の子でもかわいく魅せる女の子服』、これなら絶対目を引くよ!」
3人とも髪を整えてもらって、薄化粧で女の子の服を着たけれど、完全に女の子に見えるわけじゃない。このあたりは店主の絶妙なさじ加減だろうか、女の子にも男の子にも見える雰囲気は、悔しいけれど人の目を止めるのにかなり有効だろう。オレはともかく二人の声は明らかに男の子だし、これで声をかければきっとみんな二度見することだろう。
『でも主だけは完璧に女の……うぎゅ』
『ゆうた、とってもかわいいわ! 素敵ね!!』
チュー助を踏みつけてはしゃぐモモに、ちょっと苦笑した。まあ、面白い体験ができたと思っておこう。こんなふわふわしたスカートを履く機会なんて、もうないだろうから。
腰に大きなふんわりリボンがついたお人形さんみたいな……ドレス? は、ぴょんぴょん跳ねると、スカートがフロートマフみたいにふかふかと弾んだ。
おお、なかなかに楽しい。
「わっ?!」
ほんの好奇心でくるっと宙返りした途端、スカートやら何やらがひっくり返って、ばふっと顔の方まで来た。
「ユータ……お行儀悪い~」
「お前なあ……色々丸見えだぞ」
うんざり顔の二人が、あちこちまくれ上がったフリルを直し、飾りを整えてくれた。
マリーさんとエリーシャ様、スカートでも戦闘してたなぁ……やっぱりすごい。オレは妙な所で改めて二人のすごさを思い知ったのだった。
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コロナの影響があちこちに出ていますね……
コミカライズ版の更新日が4/30に延期され、4巻の発売日が7/10に延期されることが決定となりました。こんな状況の中、発売していただけるだけありがたいことですね。
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