第350話 王都からの使者

「あ、ナーラさんたちが来たよ!」

レーダーの反応を受け、ぴょんとセデス兄さんの膝から飛び降りると、一直線にお外へと駆けだした。

「ナーラさーん!」

「ユータ様! 今日はまた一段と素敵ですね」

遠慮なく飛びつこうとして、いつの間にか追いすがっていた執事さんにキャッチされてしまった。

「ユータ様、お召し物が汚れてしまいます……失礼いたしました、ナーラ様ですね。私はロクサレン家執事、グレイにございます。どうぞこちらへ」

そっか、いつも綺麗だから気付かなかったけど、ナーラさんも今日は普段よりも高価そうな衣装を身に纏い、いかにも王様の側近という雰囲気を醸し出していた。一応護衛ということだろう、これまた高価そうな鎧を纏った二人が付き従い、オレにこそっと手を振ってくれた。


「そろそろ先方も到着されるでしょう。こちらで結構ですよ」

きっと、偵察に行っている人たちがいるのだろう、ナーラさんが正面扉の前で足を止めた。

はたして、こちらへと近づく気配をレーダーが捉えたのだけど……

「あれ……空?」

ぐんぐん近づいてくる気配は、はるか空の上からだ。

「ああ、軍の飛竜船ですね」

大きな気配に少しばかり緊張して執事さんに身を寄せると、大丈夫ですよ、とオレの肩に手を添えてくれた。

「飛竜船って、ドラゴン……?!」

オレはドキドキしながら、執事さんの長い足を抱えて空を見上げた。

「いえいえ、飛竜はワイバーンのことです。ドラゴンとは違いますよ」

「ワイバーンって両腕が翼になってるドラゴンじゃないの?」

オレはてっきりそういう種類のドラゴンだと思っていたのだけど。

「そうですね、見た目は似ていますが、能力が桁違いです。ワイバーンは所詮翼のあるトカゲですが、ドラゴンはドラゴンです」

分かったような分からないような。でも、とにかくドラゴンよりは格下ってことなんだろう。でも、それでもオレにとっては似たようなものだ。空を飛ぶ爬虫類……! なんてロマン溢れる生き物だろう!!


少しでも早く見つけたくて、執事さんにせがんで抱き上げてもらった。オレのどきどきする胸の音が、辺りに響くんじゃないかと思うくらいうるさく鳴っている。

「あ! 見て! ねえあれじゃない?!」

「ゆ、ユータ様、それ以上登られますと……」

雲の合間にちらりと見えた影に、大興奮してぐいぐいとよじ登ろうとした所で、ひょいとさらに上へ体が持ち上がった。

「グレイがぐちゃぐちゃになるだろうが。これから活躍してもらわないといけねえんだぞ?」

「活躍するのは私ではなく領主様の役目です」

カロルス様は、執事さんの言葉は聞こえなかったふりをしてオレを肩に乗せた。、

「カロルス様! 見て! あれが飛竜船?!」

オレはそれどころじゃない。カロルス様の頭を抱え、ぐいっと上を向かせて空を指さした。

「いてっ、俺は人形じゃねえぞ! ……ああ、あれが軍の飛竜船だな。あいつ、ここに下りてくるつもりじゃねえか?」

「直接ですか?! また乱暴なことを……。ナーラ様、どうぞこちらへ」

どうやら二人も今回の使者を知っているらしい。口ぶりからするに、カロルス様は知り合いなのかな?

徐々に大きくなる飛竜船は、気球と飛行船を足して2で割ったような姿で、浮かぶ船を馬車のように飛竜が牽いていた。船と言うより空飛ぶ馬車みたい。

ばさり、ばさり……

オレは片時も目を離さず、巨大な生き物が近づく様を見つめていた。

なんてかっこいい……これはやっぱりドラゴンだよ。くすんだ灰色なのが残念だけど、羽ばたかせるのはまさにドラゴンの翼。重く固そうな翼がしなやかに伸び縮みし、風を掴んで押しのけるように飛んでいる。翼を振り下ろすたびにぐいと首が伸び、先端にうちわのようなひれがついた、長く細い尻尾が左右へ振れる。生き物だ……本当に生きている生き物だ。

オレは無性に感動して、ぎゅうっと金髪の頭を抱きしめた。


何一つ見逃すまいと瞳をこぼれんばかりに見開く中、丸く膨らんでいた風船みたいな屋根が徐々に小さくなり、ロクサレン家の庭先に飛竜船が着陸した。

「うわあ……」

「寄るなよ、口輪はついていないからな」

特に警戒した様子もなく、飛竜は任務完了とばかりに翼を畳むと、喉の奥でコッコッコ、と鳴いて腰を落ち着けた。大きい……オレの何倍? 象くらい……いや、首が長いからキリンくらいのサイズだろうか。ただ、もっと逞しいけれど。

駆け寄っていかないようにガッチリとカロルス様に捕まえられたまま、オレはきらきらした瞳で飛竜を見つめた。


すっかり飛竜に夢中になっていた時、飛竜船の扉が派手な音をたてて開いた。ぶっとい指が外枠を掴むと、窮屈そうに大きな体を押し出していく。

「ふーっ、腰が痛え。おう、久しいな! お前、王都に顔を出さないにもほどがあるぞ!」

出てきたのは、どう見ても悪者……カロルス様よりさらにひとまわり大きそうな筋骨隆々としたスキンヘッドに眼帯の大男だ。素手で家を解体できそうな厳つい男に、思わずぽかんと口を開けた。

「お前、人ん家の庭に飛竜船を下ろすやつがあるか! あと、俺は王都にゃ行かねえっつったろ」

オレを肩に乗せたまま歩み寄ったカロルス様が、大男とガッチリと握手を交わした。お互いの笑顔が大変暑苦しくて、取り残されたオレはなるべく気配を消して、二人の顔を交互に眺めた。

「お前のとこにチビっこいのがいるって聞いたからな、近くで見てえだろうと思ってなぁ!」

周囲にいる兵士さんらしき人が、必死に『まずはご挨拶を……』とかなんとか言って纏わり付いている所を見るに、大音量で笑うこの大男が国のお偉いさんだろうか……。

「ガウロ様、お久しゅうございます。お互いの使者が揃いました所で、まずはどうぞ館内へ」

「おう、グレイは相変わらずピリッとしてやがる。おお冷てえ」

にっこりと冷気漂う執事さんに、周囲の兵士さんが尊敬の眼差しを送った。


国からの使者団は6人、大男さんと兵士さん、それと飛竜船の船長? いや御者? さんだ。

「ねえ、カロルス様と使者様は知り合いなの?」

「使者『様』だなんて似合わねえ! ああ、あいつは昔なじみだよ。今は……近衛歩兵の副隊長……だったか?」

ぞろぞろと館の中へ向かう中、こそっとカロルス様に尋ねてみた。やっぱりあの人が国からの使者らしい。なんだかカロルス様に通じるものがあって、ちょっと使者には不向きじゃないかと思うんだけど、今回ばかりはそうも言ってられなかったんだろうか。


「ほう、あなたがいわゆる……」

「ええ、不死者、ヴァンパイア、と呼ばれてきた種族ですわ」

応接室でお互いの紹介をすませた所で、国からの使者様、ガウロ様が興味深げに身を乗り出した。凶相の大男に距離を詰められたナーラさんは、艶然と微笑んで見せた。

「なるほど、美しいレディ、こうしてみると我らと同じであると思えますな。少なくとも魔物ではない」

「そうですね。あなた方とは違いますが、広義のヒトには当てはまると思っておりますよ」

ガウロ様はそれなりにきちんと話ができるようで、そういう所はカロルス様とは違うと感心した。それに、興味はもっているけれど、ヴァンパイアに嫌悪感や偏見をもっていないように思った。

「あなた方が我らを襲う場合は何が考えられますかな? 食事とは関係ないと伺いましたが……」

「それは……私には分かりかねますが、ヒトと同じではないでしょうか? 私共にも色々なものがおります。ヒトに悪漢がいるように、残念ながら我らにもそのようなものがいることでしょう。虐げられているなら、なおのこと」

そう言えば、この人は大丈夫そうだけど、ラピス判定はどうだったんだろうか。ハッと思い出して姿を隠しているラピスに視線をやって、思わず二度見した。

「……ラピス?」

その小さな紺碧の瞳は、きらきらと星を浮かべて輝き、まるでアイドルを見つめるファンのようで……

気付けば方々からこちらを覗く管狐の影。それぞれのつぶらな瞳が見つめているのは……

「はっはっは、然り! あなたは理性的だ。襲うのは我らの方がずっと多いでしょうに!」

鈍く頭を光らせて膝を叩いた屈強な大男……? な、なぜ……?

どうしてみんながお気に入りしているのか分からないけれど、ひとまず騒動にはならなさそうだとオレはホッと胸をなで下ろした。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る