第304話 消えたユータ
ラピスは気も狂わんばかりに奔走していた。
――ユータ、ユータ、ユータ!!
いつもと同じように、ユータが転移の光に包まれるのを確認して、フェアリーサークルを起動したのに。ユータは学校に戻るって言ったのに。
――どこにいるの?!ユータ!!
どうしよう、どうしよう!ユータがいないの。
いつもの通り、光の中でにこっと笑って、ただいまと言うはずだったのに。
いつも通りに学校に到着したのはラピスだけだった。
いくら待ってもユータは帰って来なかった。
徐々にわき上がってくる不安に堪らず、ラピスは真っ暗な学校を、街を探し回った。
――どうして?!転移したのを確認したの。転移先が違ったの??
ユータよりラピスのフェアリーサークルの方が早い。だから、いつもユータの転移を確認してから移動していたのに。
いつも傍らにあると信じていた姿が消えて、ラピスは恐慌に陥った。
当てもなくロクサレンとハイカリクを探し回り、もしやと街道を辿ってもみた。
――いないの。ユータ、いないの。ラピス、どうしたらいいか分からないの。
こんな時にアドバイスをくれるモモも、寄り添ってくれるティアや蘇芳、一緒に探してくれるシロもいない。一緒に慌てるであろうチュー助すらいない。
明けゆく空の下で、ラピスは空のベッドにぺたりと座り込んだ。
『ムィ?ムゥムゥ』
呆然としたラピスの耳に、小さな声が届いた。
『ムゥー!ムゥー!』
ふわっと身体が温かくなって、項垂れた顔を上げると、窓辺のムゥちゃんがきゅっと笑った。
ムゥちゃんは頭の葉っぱを3枚手に持って、一生懸命、ラピスに向かってあおぐように振っていた。
ほわりと温かくなった身体に、ラピスのぐちゃぐちゃになった頭が解されていくような気がする。ユータの魔力みたい……と思うと、紺碧の瞳からぽろりと雫が転がり落ちた。
――ラピス、ひとりぼっちなの!ムゥちゃん……いて良かったの!
小さな天狐は、小さなマンドラゴラにすり寄ってぽろぽろと泣いた。ユータの魔力をたっぷり吸い込んだムゥちゃんからは、ほのかにユータの魔力が伝わって、徐々にラピスを落ち着かせた。
――あのね、ユータがいなくなったの。ティアもモモもシロもスオーもチュー助だっていないの。ラピス、ひとりぼっちになったの。
ムゥちゃんの柔らかな琥珀色の瞳を見つめて、ラピスは切々と訴えた。
ムゥちゃんは聞いているのかいないのか、こくこくと頷きながらラピスを見つめている。
ほどなくして泣き止んだラピスに、ムゥちゃんは葉っぱを1枚ちぎってラピスを指し、それを数片にちぎった。
『ムゥ!』
――どうしたの?
しきりとラピスと葉っぱを交互に指して、何かを訴える様子に、ラピスはきょとんと首を傾げた。
――ラピス、いっぱいちぎる……の?
『ムゥー!』
ラピスが、ばらばら?いっぱい?……ラピスが、いっぱい!!
ラピスは、ハッとしてムゥちゃんを見つめた。
――そうなの!ラピス、1人じゃなかったの。ムゥちゃんもいるし、アリスたちもいるの。ラピス、頭が真っ白だったの……うん、もう大丈夫なの。
ラピスはぐっと顔を上げると、ムゥちゃんにしっぽを振ってありがとうと言った。
――ユータが、いなくなったの。アリスは残って、あとは全員で探すの!ユータは、きっとまた何か巻き込まれてるに違いないの!
「「「「「きゅうっ!!」」」」」
不安げな管狐たちに精一杯の虚勢を張って、方々へ散らばったのを見届けると、ラピスはアリスに泣きついた。
――ラピス、ひとりぼっちだと思ったの!みんながちゃんといて良かったの……!
アリスは、優しくすり寄ると、前肢で少し強めにぽんぽんと叩いた。
「きゅう……きゅ!」
ありとあらゆる所に助けを求めるべきだと諭すアリスに、ラピスは考えを巡らせた。
――ええと、他に助けてくれそうな……?あっ……。
脳裏をよぎった最も頼もしい存在に、ラピスは即座にフェアリーサークルを発動した。
「きゅうっ!!」
「……なんだ?」
ぼすっ!と勢いのままに胸元に突っ込まれて、ルーは金の瞳を迷惑そうに細めた。
――ユータがいなくなったの!!探してほしいの!
「なに……?」
ルーは驚いて目を見開いた。
「あの野郎……!あの時大丈夫と言っただろうが!!」
――魔族は大丈夫なの!違うの、ユータは転移していなくなったの!
「は?魔族?何のことだ」
どうもかみ合わない会話に、説明する時間ももどかしく事情を話すと、ルーは深いため息をついた。
「タイミングが悪かったか。しかし転移中をかっ攫われれるとは……どうにもならねー。魔族なんかじゃねー、俺が気をつけろと言ったのはこのことだ」
――誰?誰がユータを連れて行ったの!
憤るラピスを眺め、こいつに教えていいものかとルーは逡巡した。こいつは行けばあらん限りの破壊をするだろう。しかし、兎にも角にも早く行った方がいいのは確かだ。
「きゅうっ!」
ラピスがなかなか返事をしないルーにやきもきしていると、ぽんっと連絡役を担っていたアリスが現れた。
――アリス!見つかったの?!
「きゅ……」
あまり自信なさげな様子だけれど、エリスから何か連絡があった様子。ラピスは藁にもすがる思いでフェアリーサークルを発動した。
「あっ……待て!」
焦ったルーの声を置き去りに、ラピスは光に包まれた。
――ここ、なの?
「きゅー」
ちょっぴり耳を垂れたエリスが、分からない、と首を傾げた。わずかに、だけど確かに感じる、ユータの気配。見たことのある景色に、ラピスは少し目を細めた。
――ユータ!ユータ!!どこにいるの?
胸の内の繋がりを頼りに、ラピスは再びユータに呼びかける。
『ラ…ピ…ス……?』
……繋がった!!
微かに届いたユータの気配に向かって、ラピスは一直線に飛んだ。
* * * * *
オレはカロルス様に手を振って、いつものようにふわりと光に溶けた。そのはずだったのだけど。
(えっ……?)
意識が拡散しようとした時、ぐっと引っ張られるような不思議な感覚に、思わず目を開けた。
「あ……れ……?」
暗い……まだ夕方だったはずなのに。
明らかに学校ではない雰囲気に、不安がこみ上げてくる。どうして転移先が変わったの……?ここ、どこ?
オレの目でも暗く感じる周囲に、さっきまでよりずっと寒い空気。そっと吐いた息は白くなっているんじゃないだろうか?オレの鼓動まで響くような、耳の痛い静寂にぞわりと肌が粟立った。
ここ、どこだろう。怖い。
明かりをつければいいかもしれない。もう一度転移すればいいかもしれない。
でも、ぎゅっと小さくなったオレは、息をするのも怖かった。
『側にいるわ、大丈夫よ』
『何かあっても駆け抜けてあげるよ、ぼくに乗ったらいいよ』
『一緒にいる。スオーがいれば怖くない』
温かい声と共に、胸の内が温かくなった。
オレのほっぺにまふっと触れたのは、ティアのぬくもり。フェリティアの柔らかな気配に包まれて、少し息をするのが楽になった。
『あれ、主ぃー?どうしたんだよ?丸まっちまって!』
パッと短剣から飛び出したチュー助が、キンと痛いほどの静寂をぶち破って大声をあげ、格好つけて飛び乗った岩から転げ落ちた。
『助けて主ー!!』
慌てて受け止めると、チュー助はご苦労ご苦労、と偉そうにオレの手をぽんぽんと叩いた。
『あれ?なんか暗くない?寒いし。主、ここどこ?冷蔵室?』
寒い!とチュー助がオレの袖口から服の中に潜ってきた。
「ちょっ、チュー助っ!くすぐっ……あふっ!あは、あははっ!!」
チュー助はもそもそと腕を登ったものの、肩から腹のあたりに滑り落ち、わたわたと服の中でもがく。オレはそのあまりのくすぐったさに身悶えた。
「は、はあー、もう!酷い目に合ったぁ」
ようやく胸元から顔を出して落ち着いたチュー助に、もう!と怒って鼻をつつく。
あれだけ怖かった空気は、もう微塵もなくなって、辺りはただの暗い空間だ。
「ホント、ここはどこだろうね?」
落ち着いて見回すと、人の目には多分真っ暗な場所。オレの目には薄暗くゴツゴツとした、洞窟。
「ねえ、オレ……ダンジョンみたいだなって思ったんだけど」
『そうだよ!ユータの知ってる場所だね』
シロの鼻は、しっかりとこの場所を覚えているよう。でも、オレにとってあまり嬉しくはない場所である気がする。魔物と罠を警戒しつつ、オレは少しずつ歩き始めた。
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