第298話 調理実習

ザザァージュワジュワ

ザザアージュワワ


「……海、か」

「そう、海だよ」

ちょっと寒くなってきたので、海に入っちゃおうとは思わないけど、ただこうやって眺めるだけの海もいいね。遠く遠くはるか彼方まで続く平らな水。沖の方は光を反射して眩いほどにきらきらと煌めいていた。遠くの方で岩場に砕ける波が、時折ドドォ、と大きな音をたてる。

エルベル様は、海を知ってはいるけど見たことがなかったそう。

「本当に大きいんだな」

「うん、大きいね」

オレはサラサラした砂の上に腰を下ろし、棒のようにつっ立つエルベル様を見上げた。オレにとってはむしろ懐かしい場所。地球と同じ面影の、海。

初めて海を見た時って、どんな感じなんだろう。見たことのない光景に出会う感動は、何て表現すればいいんだろう。

この見たことのない世界で、オレはそれを何度も味わうことのできる幸運に感謝した。


しばらくぼうっと立っていたエルベル様は、オレの隣にどさりと座り込んだ。

「砂、温かいな」

「うん、おしりがあったかいね」

肌寒い気温の中、昼間の太陽を吸い込んで、砂はほの温かく感じた。

「エルベル様は海、好き?」

「……さあな、今日見たばかりだから……まだ分からないだろう」

「そう?見てすぐ好きになる時もあるんじゃない?」

「海は恐ろしいとも聞く。どのようなものかも知らずに一見しただけで好きだとは………お前、わざと言ってるか?」

途中でじわっと目元を染めてむくれた王様に、ことんと首を傾げる。オレ、今からかうようなこと言ったっけ?

「いい、考えるな!忘れろ。……さて、そろそろ戻らねばな」

サッと顔を逸らしつつ立ち上がったエルベル様は、盛大に服を払って砂をまき散らした。



突然戻ると言うエルベル様に、そういえばもう昼食の時間だと、オレ達は慌てて館まで戻って来た。

「エルベル様、なに食べたい?」

「ミソシル」

即答?!そんなに気に入ってるんだ。城でも作ってくれているだろうに……。

ちなみに厨房は王様に一体何を出せばいいんだと恐慌状態だったので、ひとまずオレが作るからと宣言してきた。

「えーと……じゃあとりあえずお味噌汁は作るとして……メインはどうしようかな」

「なんでもいい……お前が作るのか?」

だってエルベル様が来てるんだもの、オレが作るよ!その代わり料理人さんが作るような出来のいいものにはならないけどね。

「なら……見たい」

「何を?……あ、お料理してるとこ?」

こくりと頷いた彼に、オレはにっこりと満面の笑みを向けた。

「うん!じゃあさ、一緒に作ろうよ!」

「俺と……?無理だろ!」

「いいからいいから!」

やったことなくてもエリーシャ様ほどじゃないでしょ?


尻込みするエルベル様をぐいぐい押して厨房へ行くと、料理人さん達に2人でお料理すると宣言した。でも、カロルス様たちの分は手伝ってもらわなきゃね。

「料理は初めて、か……。おう、若いのは帰れ。ドア付近に2人待機、救護班は外に待機だ」

「ジフ、お料理中に死者が出そうになるのはエリーシャ様だけだよ」

お料理で厨房を爆破したり毒ガスを調合したりできるのは、ある意味才能だとは思うけど。

「俺は何もできないぞ……何をすればいい?」

「簡単だから大丈夫!今日は、ハンバーグ定食にしよう!」

お味噌汁とごはん、サラダとハンバーグ。あとはポテトでも添えたら良いかな!まずは綺麗に手を洗って、エプロンを着けた。エルベル様が物珍しそうに料理人さんの帽子を見ていたので、それもかぶらせてあげた。

「エルベル様、お肉を適当につぶしてぎゅうーっと押し込んで」

そう言って渡したのはかたまり肉と、目の粗い頑丈な金属のざるのようなもの。

「肉を?こうか?」

おおお~さすが!お肉を掴んだ白い手にぐいっと力が入ると、まるで豆腐のようにお肉が分断された。それを目の粗いざるにぐいぐい押しつけると、お肉がところてんのように出てくる。真剣な顔でお肉を握りつぶしてミンチにする王様に、料理人一同が目を見張って唖然としていた。

「わ~すごいすごい!そんな感じで残りもお願い!」

ハンバーグにするから、ミンチは粗めでオーケーだ。できるだろうと思ったけど、実際この目で見るとすごいな……その手でオレと手を繋いでるんだよね……加減、間違えないでね?

ラピスの木っ端微塵ミンチだと細かすぎたり行方不明になる破片があるから、今度からエルベル様に頼むのもいいかもしれない。せっせと作業に勤しむ姿を横目に、オレはお味噌汁のだしをとる。

「ねえ、エルベル様はどんなお味噌汁が好き?」

「別に……なんでもいい。食い物であれば何でも食う」

王様って好き嫌い多そうなのに、エルベル様は出されたらきちんと食べるんだね。じゃあ今日はきのこと大根もどきのお味噌汁にしようかな。

トントントン

オレ用の小さめ包丁で大根を刻んでいると、エルベル様が興味津々に見つめていた。

「エルベル様もやってみる?」

大方刻んでしまったけど、どことなく嬉しそうなエルベル様に場所を譲って、ちょっとしたホラーになってる両手を魔法で洗浄・滅菌しておいた。

そろ~っと包丁刃を滑らせる真剣な瞳。残念ながらオレの背丈ではエルベル様の後ろから手をまわして沿えることはできないので、ハラハラしながら見守っている。

「……あ」

「わあっ!だ、大丈夫?!」

だんだん慣れて、早く雑になっていく手つきに注意を促そうとしたところで、ザックリと指の上に包丁が下ろされた。

「……なんだ?」

「なんだって……あれ?傷は?」

肝を潰してその手をとったのに、血の滴るはずの手は白く綺麗なまま。むしろ急に手をとられて、怪訝な顔をしていた。

「傷?これでか?こんななまくらで俺の手が切れるわけない」

ふふん、と小馬鹿にしたような顔で手のひらに包丁の刃を滑らせて見せるエルベル様……分かったから!やめて!!見てる方が怖いし痛いよ!


オレの心臓が縮み上がりそうなので、エルベル様はきれいになった手でサラダの野菜をちぎってもらう。その間にミンチに味付けをしたら、楽しい成形作業だ。

「なぜだ?!丸くはならないぞ?」

「なるよ~どうしてならないの?」

適量を手にとって、両手でぽんぽんお手玉みたいに空気を抜き、丸く形を整えていくのだけど……エルベル様は不器用だね!両手をべったりミンチまみれにして四苦八苦していた。

「あとは、真ん中をヘコませて焼くだけだよ!簡単だったでしょう?」

「まあ……簡単な方か。これが美味い物になるのか?」

それは食べてみてのお楽しみ!そうこうする間にお味噌汁が良い具合に出来上がり、サラダの盛り付けが終わった。ハンバーグはフライパンの中でじっくりと火を通している。

「エルベル様、はい!……どう?」

お玉にちょっとすくったお味噌汁をふうふう冷まして差し出すと、目を白黒させながら大人しく口をつけた。

「……うまい」

ちゃんとエルベル様の切った大根が入っているからね!自分で作ったものって美味しいでしょう。オレはにこっと笑って、フライパンの蓋を取った。

「良い匂い!」

「美味そうだ」

途端にぶわっと広がった美味しい音と匂いに、オレ達は顔を見合わせて笑った。フライパンの中では、ぷくっと膨らんだハンバーグからてらてらとした肉汁がにじみ出し、ジュウジュウと小気味良い音が鳴っていた。うん!良い焼き具合だと思う。ハンバーグは網で窯焼きにしたらまた違った食感になって美味しいのだけど、きっと目の前で作る方が楽しいから。

ハンバーグを取り出したら、残った肉汁でサッとソースを作ろう。オレはじーっと皿のハンバーグを見つめるエルベル様に気付いて手招いた。

「はい、味見!」

ちょっぴり崩れたハンバーグをひとくち差し出してあーんとやると、素直に開けられた口の中へ放り込んだ。

「う、美味い!」

「それ、エルベル様の作ったやつだよ。美味しく出来たね!」

エルベル様は、もぐもぐしながら目をきらきらとさせた。




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カクヨムさんに載せるの忘れてました…すみません!

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