第275話 水中戦闘のお手本


どうやら海の城では魔物の襲来は日常茶飯事みたい。魔物の知らせに、兵士さんが集まって来たけれど、その顔に驚きはない。

「ユータ、タクト、水中戦闘は慣れがいる。大した相手ではない、ここは海人の戦闘を見ておいてくれ」

ナギさんはちらりとこちらを振り返って口の端を上げた。

「皆さん、私の後ろへ!」

「ぬしも後ろにいろ」

前へ出ようとするウナさんを慣れた仕草で背後へ押しやり、腰の収納袋から取り出したのは、オレが作ったあの槍。ナギさんが魔力を通したのだろうか?それとも水中のせいだろうか?海の一部のようなその槍からは、内から溢れんばかりの力を感じた。

(槍が、喜んでるみたい…海で、ナギさんと一緒にいられること…喜んでるみたい)

オレが作った時の槍と、明らかに違う存在になっているような気がする。


「来たぞおぉー!配置につけ!」

「チェテストードだ!!」

海の魔物の気配は初めてだ…水の中はとても狭い範囲しかレーダーを使えないみたい。それでも分かるほどに大きな気配、むしろレーダーがなくても水の気配が変わっていく気がする。徐々に圧迫感が増していくようだ。

「ゴボッ…」

思わず声をあげそうになったタクトが、慌てて魔道具をおさえた。岩場の向こうから悠々と近づくのは、その岩場よりも大きな影。遠近感がおかしくなったような錯覚を覚えるほどの巨体だ。鯨…に近いだろうか?ただ、ゴツゴツとした外皮は非常に硬そうだ。

「これが、チェテストード…!!…だ、大丈夫、皆さん、大丈夫です!!あれは大きいですが、積極的に襲ってはきません!通り道にあるものを食っていくだけです…!さあ、城の方へ…!」

後ろに追いやられて、ぎゅっとオレたちを抱きしめたウナさんの震えが伝わってくる。タクトの目が、「その通り道に俺達いるんですけど?」って言いたげだ。

怖い……。静かに、ただゆっくりと近づいてくる山のような姿は、水中でより大きく見え、本能的な恐怖がわき上がってくる。とりわけ恐ろしい姿をしているわけでも、殺気を感じるわけでもない…でも、ただそこにいるだけで感じる…畏怖。


「…行こうか、マレイス」

静かな声に、ウナさんの震えがピタリと止まった。

ふわりと髪をなびかせ、何の気負いもなく前へ出ようとするナギさんに、ウナさんが慌てて立ち上がる。

「ナ、ナギ様っ!私も…」

「フハッ、ぬしはそこでユータらを抑えていろ。心配はいらぬ」

肩越しにふっと表情を和らげたナギさんは、自信と力に満ちていて…ふとカロルス様みたいだな、と思った。

「ナギ様……」

気圧されるように留まったウナさんを置いて、ナギさんはすいっと城壁上まで浮上した。

「ナギ様…!」

「ナギ様の技が見られるぞ…!!」

兵士さんたちは戦わなくていいんだろうか…どちらかと言うと、彼らはわくわくしているように見える。

「!!」

ピィン…

まるで琴を弾いたような、不思議な波動が伝わってハッとする。

ピィン…ピィン……

徐々に強くなる波動は、ナギさんから。視界いっぱいに迫る魔物を見据え、くるくると槍を回したり、複雑な軌道を描いて振ったり…まるで武道の型のような、剣舞に近いような動き。それに伴い、槍からははち切れそうなエネルギーが膨れあがってくる。


「すまぬな、ここはぬしが通っていい場所では…ない!」

やがてナギさん自身も内から輝くような光を放ったかと思うと、魚雷のように飛び出した。大きく口を開けた魔物に、まさに飲み込まれんばかりの位置に、ウナさんがオレの身体をぎゅっと強く抱きしめる。

「はあっ!!」

飛び出した勢いのままに、槍と踊るようにぐるりと一度回転すると、裂帛の突きを放った。

ドオッ!!

水中に海鳴りのような音が響くと、ナギさんの周囲がぶわっと歪み、傍目に分かるほどの猛烈な水流となった。

オオオオーーン…

突如発生した膨大な水流はまともにチェテストードに激突し、巨体がきりもみするように回転しつつ、みるみる押し流されていく。

「うむ。マレイス、ご苦労だったな」

労るようにそっと槍に手を這わせると、ナギさんはくるりとこちらへ振り返って手を振った。


ワアアアァ…!!

ナギ様ー!なんて、うちわを振りそうな勢いの兵士さんたち。さすがに取り囲んだりしないけれど、きらきらした目で見つめる様子を見ていると、そりゃあ地上で取り囲まれるわけだって思う。

「いらぬ心配であったろう?」

ウナさんの顔を覗き込んで、ふふん、と得意げな姿は、さっきまでの迫力が消えて随分幼くなったように見えた。

「(ナギさん!すごいね!あれ何?魔法?)」

「うむ、あれが海人の槍術だ。海の魔物はばかでかい種類が多くてな、海と共に戦わねば太刀打ちできぬのだ。」

凄かろう?と槍をくるくる回してポーズを取ってみせる。

「(海と共に……海人はみんなあんなことができるの?すごかった…大きな魔物なのに…)」

「あれは大人しい魔物でな、討伐せずともああして派手に驚かしてやればもう近づきはしないのだ。ふむ…皆槍術はたしなんでおるが、あの規模の技は皆ができるという訳ではないな」

「(古今東西ナギ様以外にできてたまるかっての…!)」

「(できるわけないッス!誤解を招くような言い方しないでほしいッス)」

うん、周りの兵士さんのヒソヒソ声を聞く限り、あれはきっとカロルス様クラスの技だな。さすがは兵士長……里一番の強者だ。


* * * * *


「ナギさんすっげー!俺、あんな大きな魔物…どうしたらいいか全然わかんねえ…」

興奮冷めやらぬ様子で、タクトがナギさんの周りをウロウロしながら話している。あれから、タクトがこの興奮を水中で伝えられないことにガマンできず、すぐさま浮上してきた次第だ。

ウナさんは妙に大人しくて、昼食がどうこう言いながらそそくさと出て行ってしまった。

「ウム、慣れぬと普通のヒトに水中での戦闘はムズカシイ」

「うん…だってさ、身体が落ち着かねえもん…剣抜いたら引っ張られちまう…どうしたらいいんだ…?」

「詠唱が必要な魔法だって使えないよね~?そもそも魔法って水中で使えるの~?」

あ!ホントだ。ラキだと詠唱が必要な魔法が多いから、そもそも水中だと戦う術を奪われてしまう…。火の魔法とか、水中だとどうなるんだろ?石をぶつけたって大した威力なさそうだし…雷撃なんて放ったら共倒れにならない?

「水中でも使えるハズだが…選ぶ必要があるソウダ。魔素がどうとか…ワレは詳しくないが」

そうか…水中だと魔素が限られるんだね。だからナギさんたちの技も水に関連するのかな?


今回は本当にいい経験になったな…水中での戦闘を行う機会があるかどうか分からないけど、この経験があるとないとでは雲泥の差だろう。タクトとラキも、黙って考え始めている…きっと、もし水中で戦闘をする事態になったらどうするか、一生懸命考えているのだろう。

―ラピスたちも、お水の中だと戦闘はムズカシイの。だから練習してるの。

『冒険者の基本として、水中戦闘を避けるのは鉄則だぞ!何かで足場を作って水面に出るところからだ!……って言ってたような』

チュー助の尻すぼみな助言も、もっともだ。船にしろ陸地にしろ、オレたちは何か足場がないと戦うのは難しいだろうな…。


「皆さん、お待たせ致しました。…怖い顔してどうしたのです?お腹がすきましたか?」

軽いノックの音と共に入って来たウナさんが、真剣な表情のオレたちにビックリした様子だ。

「フハッ、気にするな。小さくとも戦士だ、頼もしいものよ」

「そうですか…?ああ、皆様こちらへどうぞ、お食事の準備が整いました」

おしょくじ!!オレたちの頭の中は、一気にお食事モードに切り替わった。楽しみだなぁ…海人のお料理!一体どんなものがあるんだろう?!

「それで…私たちの分はご用意下さったとうかがいましたが、何か調理の必要はございますか?お心遣い感謝致します」

「ううん!大丈夫、ウナさんとナギさんと、あと数人分はあるよ!」

にっこりしたオレに、少々不安そうな様子ながら、ウナさんもお礼と共ににっこりと微笑み返してくれた。




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