第274話 水中の城
「え、えーと…ウナさん大丈夫なの?」
「オウ、気にするな。ああいうヤツだ」
そ、そうなの…?それもどうなんだろ…。
「ナギさん、俺もっと外見てみてぇ!出たらダメなのか?」
タクトはすっかり元通り…そうか、ウナさんもこういうタイプなのかもしれない。
ウズウズするタクトにオレ達も賛成!せっかくこんな素敵な所に来たんだから、色々見て回りたい!
「ウーム、ウナがいないからナ…ワレが案内できるのがは水中ばかりだゾ」
いないのはナギさんがいじわるするからでしょ!どうやらナギさんは本当に地上…水上?部分に長居したくないらしい。そんなに人気者なのも大変だね…。
「俺ら、水中装備持ってきたんだぜ!俺行きたい!海の中!」
「うん!行っても良ければ行きたい!泳いでもいいんでしょう?」
「僕、あんまり泳げないと思う~」
水中は無理だと思っていたらしいナギさんは、とても嬉しそうな顔をした。
「そうカ!では行こう!心配いらぬ、ワレが手を引いてやろう」
「………それはそれでなんか心配かも~」
どうやらラキの小さな声は聞こえなかったようだ。
「ヨシ、装備は大丈夫カ?」
「片方のピースはここに置いて行っていい?」
「オウ、ワレのデスクは触らないよう言いつけてある、そこに置くとイイ」
咥えるタイプの水中呼吸装備は、どうやら転移の魔法を上手く利用しているようで、片方のピースを地上に置いておけば、その場所の空気をぐいぐい送ってくれる仕組みらしい。結構魔石を消費するので、数時間で魔石交換の必要があるんだって。
「…今のうちだ、行くゾ」
完全に水中装備に着替えたオレたちは、ナギさんの先導に従って部屋を出ると、廊下脇の水路からそっと身体を沈めた。
うわあ……!!思わず口を開いてゴバッと泡をはき出してしまった。口いっぱいに含んだ塩辛い水に、慌てて口に魔道具を突っ込んで水を吐き出す。目に映る光景が信じられなくて、瞳を閉じて大きく息を吸い込むと、ゆっくりと目を開けてもう一度周囲を見回した。
(なんて…すごい……)
澄んだ水の中は、深く海底まで建物が続き、それはオレたちがよく知る城の姿とそう変わりのないものだった。そうか…オレたちがいたのは、城の塔部分頂上だったのか…。
(オレ…飛んでる…!)
底の方までの水深は10m程度だろうか。透き通る水の中で漂うオレは、まるで空を飛んでいるようだ。
水底まで届いた光の柱が、うっすらと青い世界を神秘的に彩り、オレの動きに伴って浮上する泡は、クリスタルの数珠みたいだった。
「どうだ、美しいだろう。これが海人の世界だ」
あまりの感動に言葉を失っていると、静かな世界にナギさんの声が響いた。ふわふわと長い髪を広げ、鱗を虹色に煌めかせたナギさんは、オレたちを振り返って得意げに微笑んだ。
「(本当に…美しいって思うよ。ナギさん、連れてきてくれてありがとう)」
水中装備で会話まではできない。でも、念話ならきっと伝わると思って…。案の定、少し驚いた表情のナギさんが、さもありなんといった顔をする。
「ふむ、さすがは神子。念話もできるのだな」
「(どうして神子って呼ぶの?それは何?)」
「知らぬか?ぬしの側にいたのは神獣であろう?神獣に認められている者を、我らは神子と呼ぶぞ」
側に…ああ、ラピスのことかな?海人は天狐のことを神獣って呼ぶのかと思ったんだけど、どうやら神獣の区別は曖昧なようだ。『知恵ある強く賢き獣』、が神獣らしいので多分ルーも入ってるし、何ならシロだって入りそうだ。
ぐいぐいっ!
タクトに揺さぶられて目をやると、言葉は話せないはずなのに、その表情からは言いたいことがハッキリと伝わってくる。
「(ごめんごめん!オレ念話で話してたの。早く行こうって言うんでしょ?)」
大きく頷いたタクトに苦笑して、ナギさんと顔を見合わせた。
「では、行こうか!ラキ、我の手を取れ」
ラキはじたばたと細かい泡をたくさん作りながら、なんとかナギさんと手を繋いで、少し不思議そうな顔でナギさんを見つめる。
「ん?どうした……ああ、我の声が不思議か?」
口元を指すラキに、ナギさんが頷いた。確かにナギさんの声だけはしっかりと水中でも聞こえる。でも、海人だからそういうものじゃないの?オレがキョトンとしていると、ラキはそうではないともどかしそうだ。
「海人は水中での発音が可能だからな…うん…?ああ、発音か?フハッ!そうだな、ぬしらは我の声が聞きにくかったのであろう?我は概ね水中におるからな、発音が水中寄りなのだ。どうだ?ここならきちんと聞こえるであろう?」
そうだったの!そう言えばナギさん以外の海人達、普通に言葉を聞き取れていたよね…。もしかしてそれが荒くれって言ってたやつ…?
「そうだ。水中ばかりで生活するのは兵士や荒くればかりだからな!普通の民は概ね水上で暮らしておろう?位の高い者ならなおさらだ」
確かに、水中にいる海人は兵士ばかり。それでウナさんはナギさんの発音を直そうと一生懸命なんだな…姫様がそれではさすがに困るだろうってオレでも思う。
そろそろしびれを切らしたタクトが勝手に行動しそうなので、オレたちはナギさんに導かれてゆっくりと降下をはじめた。
空からゆっくり地上へ降り立つような感覚だ。少しずつ増す圧迫感は、水中装備が和らげてくれる。
「ナギ様!お疲れ様です、異常ありません!」
少し緊張気味の若い兵士さんが、ナギさんの姿を認めて、びしりと胸に拳を当てた。ナギさんもトン、と軽く胸に手をやって返している。どうやらこれが敬礼かな?
「おう、ご苦労。皆会いたがっていたろう?これがユータたちだ」
「こ、こんなに幼い子だったのですね……なんだぁ…。はっ!お目にかかれて光栄です!どうぞ、ごゆるりとお過ごし下さい!」
オレたちを見てどこかホッとした様子の兵士さん…なんだろう、どことなくムッとするのは気のせいだろうか。
「幼くとも戦士だぞ。だからこの辺りを見て回るのも楽しかろうと思ってな」
「せ、戦士…ですか?」
首を傾げる兵士さんに別れを告げ、オレたちはあちこちの兵士さんに挨拶されながら水中城壁の周辺を案内してもらった。
まるで小鳥のように小魚が舞い、時折大きいお魚が犬猫のようにぬっと現れてギョッとさせられた。ラキは完全にナギさんにエスコートしてもらいながら、きょろきょろと目を輝かせている。タクトは人一倍動き回るので、きっと魔石の消費が早いんじゃないだろうか…。
「ちょっとー!皆さん!どうしてこんな所にいるんですかぁ!危ないですよ!ナギ様お客人を危険な場所へ連れて行かないで下さい!」
きらきらする水面の方から、一直線にやってきたのは言わずと知れたウナさん。すごい、もう立ち直ったんだ…。
「ナギ様!昼食はどうするのです!ユータ様がお料理が好きだからとおっしゃっていたじゃないですか!」
昼食、という言葉にオレたちのお腹が反応を示す。そうか、もうそろそろお昼なんだな。まだまだ遊びたい…遊びたいけど…昼食…その魅力に逆らうことはできない!
「ああ、もうそんな時間か……!」
「!!」
スッとナギさんの目が細くなる。同時にオレも身構えると、素早くラキと手を繋いで後ろへ下がった。
「フッ…さすがだ、ユータ」
ナギさんがさりげなくウナさんの前にまわり、腰の袋からあの槍を取り出した。
どうやらタクトも気付いたみたい。シャッと剣を抜いて、バランスを崩してぐるりとひっくり返っている。
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