第247話 実力を考えて
「はあ…怖かった…」
大急ぎ、かつ静かに巨大な地底湖を渡りきり、オレは大きく息を吐き出して、シロの上に突っ伏した。
「ユータはシロに乗ってただけじゃないか…僕…Aランクじゃないんですけど…あのスピードについていくの…結構無理があるんですけど…」
セデス兄さんが対岸に辿り着くなり、ゴールしたマラソンランナーみたいに崩れ落ちた。
「セデス兄さんもAランクぐらいじゃないの?」
「そんなわけないよ!せいぜいBランクだよ…Aランクは人じゃないから…」
「お前も冒険者登録したらどうだ?実力をはかれるだろう?」
「いいえ!セデス様は麗しい貴族のままでいいのです!ランクなどたいした意味を持ちません!」
「ランクが上だと舐められずにすむと思うがなぁ…」
「逆よ、逆!貴族にしてみれば、冒険者登録なんて下民のすることと思っているもの。登録しているだけで野猿みたいに思う輩だっているんだから!」
「うーん、Aあたりになればまた違うけどねえ…でも僕はわざわざ登録する必要もないかなって」
そっか、やっぱり冒険者っていうのはお手軽な職業だけに、地位は低く見られがちなんだね。セデス兄さんは、さすがにカロルス様たちよりは劣るけれど、貴族学校での騎士の訓練に加え、ロクサレン家で鍛えていたもの…そんじょそこらにいる実力じゃない。せっかくだからBランクって名乗れるようにしたらいいと思っていたけど、貴族だと色々事情もあるんだね。
「セデス様、そろそろ動けそうですか?ここに長居は無用ですよ」
この畏怖を感じる地底湖は、あまりに静かで、なんだか怖い。それに、地底湖の周辺は光量的には他の階層よりあるのだけど、オレの目で見ると、むしろ他より暗い印象だ。そのせいだろうか、どこか視線を感じるような気がして落ち着かない。
「ん?シロどうしたの?」
興味深げに深淵を覗き込んでいたシロが、パッと顔を上げて耳をピンと立てた。
『誰か他の人が来たね……でも、もっと静かに渡らないといけないんじゃないかな』
「そうなの?さっきの冒険者の人達かな?静かだと思うけど…オレには何も聞こえないよ?」
『ぼくの耳にはしっかり聞こえるよ。多分、お水の中のお魚にも聞こえるんじゃないかな』
「……さあ、ユータ様、急ぎましょう。他の冒険者に追いつかれますよ」
「あ…うん」
執事さんに急かされて、オレたちは次の階層へ転移できる場所まで移動し始めた。
「すぐそこにあるのよ。ここを下りたらお食事にしましょうね」
「ああーやっと休憩できる…ダンジョンってやっぱり疲れる…気が休まらないもんね」
シロの上で、くてっとうつ伏せて、ほっぺに感じるサラサラ毛並みを堪能していたオレは、慌てて姿勢を正す。
「う、うん!緊張がつづくと疲れるよね!!」
「……ふーん…?てっきりユータは寝てるのかと思ったよ」
セデス兄さんのじとーっとした視線が突き刺さる。お、起きてたよ!!ちゃんと…気を張ってたよ!……シロとモモとラピスが…。
ピクッ!
シロが全身を緊張させたのが分かる。執事さんが素早くシロに視線を走らせ、カロルス様たちが目配せしたようだった。
「…?どうし…?!」
その時、オレの耳にもかすかに聞こえた気がした。
「悲鳴…?もしかして?!」
さっきの人達が襲われてる?!それも、悲鳴をあげるような状況ってこと?!慌ててかけ出そうとして、カロルス様たちに道を塞がれていることに気付いた。
「ユータ、行くな。ここは危険だ」
「でも!すぐそこで襲われてるよ?!」
「冒険者ですから、何があっても自己責任です。実力を見誤って来てしまった責任は、自分たちで取るのです」
それはそうかもしれないけど…でも、助けられる命なら、助けたっていいんじゃないの?!人の命って、そんなに軽くない。
「ユータ…気持ちは分かるけど、
…自己責任なんでしょう?オレだって冒険者なのに、自分の命だけを賭けたいよ…。オレが、子どもなばっかりに、この人達の命も賭けなきゃいけないのか…。この小さな子どもの身体がもどかしい。
セデス兄さんは、何か言いたげな瞳で、じっとオレを見つめた。よく、考える……オレの実力……。
「…ラピス、部隊を呼んで!ねえ、頼めるかな?シロ、モモ、お願いしてもいい?」
『もちろん!』
『そう、それでいいのよ』
「きゅっ!!」
「あ……おいっ?!」
ばっ!とオレから飛び出した光が、一斉に後方へ向かう。オレは、オレの命を賭けたいと思ったけど、みんなにとってそれはとても辛いこと。どうして自分たちに言ってくれないのか、何のためにいるのか。そんな怒りにも悲しみにも似た感情…そして、頼ってもらえたと、弾けんばかりの喜びが、オレに伝わった。
ごめんね、オレに勇気がなかったばっかりに。
オレはみんなを危険に晒したくない…でも、それはみんなのためじゃないよね、オレが辛くなるから嫌なんだよね。
今、オレが自分の命を使って助けたいと願うのと、同じなんだね。だったら、オレは一歩踏み出そう。みんなを危険に晒す、勇気を持とう。
―ユータ、大丈夫。間に合ったの…多分。さっきのお魚と、もうちょっと大きい…お魚?すぐに倒せるの。
すぐさま、彼らの元に到達したらしいラピスから念話が届いた。…若干不安は残るけど、ひとまずラピスたちは大丈夫そう…。
「…セデス兄さん、ありがとう」
「なんだい?僕は止めたハズだけど?」
オレはセデス兄さんと顔を見合わせて、にっこり笑った。
「お前ら……ったく。いつまでも守りたいっつーのは俺のワガママ…なのか?」
「それにしたって…ユータちゃんはまだ小さいのに…」
「いつまでもマリーが守って差し上げますのに…」
「…いつも、守ってくれてありがとう。わがままして、ごめんなさい…。でも、もしもオレがいなかったら、助けに行ったでしょう?」
オレがいるから助からなかったなんて嫌だ。そう、これは単なるオレのわがまま。そして、これがきっとオレの芯なんだろう……せめて、手の届く範囲は助けたいって気持ち。
「ユータを守りたいし、綺麗なものだけ見せていたいよ。でも、ユータにだって、意志があるもんねぇ」
「ふん、一丁前の顔しやがって…こんなちっこいくせによ」
「もう少し、幼い子どもでいてくれてもいいと思うのですが…」
「ありがとう」
オレはただ、にっこりと微笑んだ。
「ま、それがお前、でいいんだろうよ」
カロルス様は、ぽんぽんとオレの頭を叩いて苦笑した。本当に、大きな人だ…オレがどうあっても包み込んでくれる、そんな大きな人。
「そうね、ユータちゃんはユータちゃんだものね…そう、これがユータちゃんだものね…」
そっと抱きしめてくれる、柔らかな腕。オレがどんな形になっても、柔らかく形を変えて受け止めてくれる、優しくて強い人。
黒い瞳に、じわっと涙が浮かんだ。ごめんね……でも、オレ…幸せだ。
「……みんな、だいすき」
溢れる想いに、ぐっとカロルス様のおなかに顔を押し付けて、そっと口の中で呟いた。
「…っとぉ!ユータ、何したの?」
途端にくにゃりとなったエリーシャ様を、セデス兄さんが抱きとめた。何もしてないよ?誰にも聞こえないように、呟いただけ…。向こうでは、マリーさんが崩れ落ちていた……執事さん…隣にいるのに支えてあげて?
きょとんと首を傾げた拍子に、なみなみと貯まった涙が、ぽろりと一筋落ちた。
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