第242話 初めてのダンジョン

ぱかっと口を開けてカロルス様を見る。

…ダンジョン?今…ダンジョンって言った?…行くかって…そう言った?!


「…っ!行くっ!!」


ガタン!

オレは一挙動で椅子の上に立ち上がって身を乗り出した。

いいの?本当にいいの??そっとエリーシャ様をうかがい見ると、にこにこ顔と目が合って苦笑される。

「ふふっ、いいのよ。その代わり、みんなで行くのよ?だってユータちゃんはいずれダンジョンも行くんでしょう?」

「だったら、先にみんなと一緒に経験しておく方が安心だって話になったんだよ。僕も冒険者じゃないからダンジョンってほとんど行ったことないし、楽しみだな!」

「うふふ!ユータ様初めてのダンジョン!!そう、初めての思い出の1ページに私めも入ることができる…こんな機会を逃す手はありません…」

ぐるっと見回すと、みんな一様ににっこり頷いた。


「…ほんと?本当にみんなで行けるの?!わあぁ…わああ!」

嬉しくてどうにかなってしまいそう!!弾む身体に伴って、椅子がガッタンガッタン激しく踊った。

「ユータ様、はしゃぐ気持ちは分かりますが、油断してはいけませんよ?お出かけではなくダンジョンに向かうのです、命のやり取りがある場所です。」

そっと椅子を押さえた執事さんが、静かにオレを見つめた。

「あ……。そっか…そうだね!楽しみに行く所じゃないもんね」

促されるままに椅子に座り直して、ちょっと落ち着いた。怪我する人も、最悪亡くなる人もいるもの…浮ついた気分でいちゃダメだね。

じっとオレを見つめた執事さんは、フッと表情をゆるめて頭をひと撫でしてくれた。

「そうか?俺はいつも楽しみにしてたけどな!ダンジョン楽しいぞ!いろんな仕掛けがあってな、見たことない魔物も出てくるし!すげー面白いダンジョンもあるんだぞ!長期はいらねえけど短期は楽しいイベントだ!」

オレの瞳が再び輝き出し、わはは!と笑ったカロルス様には、執事さんたちの冷たい視線が突き刺さった。



「まあ~~かわ…カッコイイわよ!ユータちゃん!素敵!!」

「なんてお可愛……りりしく素敵な出で立ちでしょう!!これは10人中100人が振り返ること間違いなしです!!」

もういいよ…気を使わないで『かわいい』でいいです…ワガママ幼児ボディでどう頑張ったって格好良くは見えないって分かるよ…あとそれ振り返りすぎだよ…。

「ぶっふ!ミニチュア冒険者だ!おもちゃみたい!に…似合って…ぶっは!」

「わははは!ちまっこさが際立つな!わはははは!!」

……腹を抱えて笑われて、オレのほっぺはフグのようにパンパンになった。やっぱり多少は気を使ってくれてもいいと思う!!


ダンジョンに行くなら装備はきちんとした方がいいって、なんとロクサレン家からオレ用の新しい装備をプレゼントしてもらったんだ!大喜びだったけど、小さな皮鎧をつけたその姿は、どうも笑いを誘うようで…立派な冒険者のつもりのオレは大層不満だ。格好良くは無理でも…いっぱしの冒険者には見えるでしょう?

「いや、悪い!似合ってるぞ!そんなサイズの防具もあるもんだな…ほら、怒るな怒るな!」

ひとしきり笑ったカロルス様が、むくれるオレをひょいっと肩へ乗せた。そんな簡単にご機嫌直さないから…!とは思うものの、久しぶりの高い視界に心はウキウキ、ふくらんだ頬がしぼんでしまう。まあ…いいか…。


「あれはなに?」

「おう、あれが受付だな。ここはきちんと管理されてるからな、登録してから行くんだ」

ダンジョンに入るのって登録がいるんだ…登山届けみたいなものかな?

カロルス様の肩で揺られながら歩いて行くと、連なる丘の合間にぽつんと小さな小屋があった。あそこで登録してから行くんだって…なんだか……ちょっぴりイメージと違うかも。オレたちは離れた所に馬車を置いてきたけど、ここまで直接来る人達もいるみたい。数名の冒険者と、馬車がいくつかとめられていた。

小屋の前では鎧姿の人が冒険者カードを確認、その間に冒険者が台帳に記入していくらしい。字の苦手な人もいるから、ごく簡単な登録みたいだね。


「はい、カードの確認を……すみません、その子は?貴族様でいらっしゃいますか…?ここはダンジョンですので…お子様はご遠慮いただいた方が…」

オレを一目見て、エリーシャ様を見て、受付の人が言い淀んだ。

「いや、こいつは冒険者だぞ。ユータ、カードを出せ」

「はい!」

「……本当に?こんなに小さいのに……。しかし、中は危険ですし…」

「分かってるわ。だからこんなに冒険者を連れているのよ。ご覧なさい?」

どうやらオレとエリーシャ様とセデス兄さんが貴族で、カロルス様たちが雇われ冒険者の設定みたいだ。カロルス様…やっぱり貴族には見られないんだね…。スッと3人が差し出した冒険者カードをまとめて受け取ると、受付の人がピシリと固まった。

「……」

「…記入は済みました。もう行ってよろしいですね?そちらのカードをお返しいただけますか?」

ビクッ!!

可哀想なぐらい狼狽えた受付さんの視線が、カードと3人の間を高速で行き来する。

「おい、もういいだろ?」

「は、はははいっ!!も、申し訳ございませんっ!!ありがとうございますっ!!」

ビシ!直立不動で敬礼した受付さんが、キラキラした眼差しでカロルス様を見る。そっか、Aランク冒険者だもんね…やっぱりすごいんだね!

なんだかオレまで誇らしい気分で、繋いだ手をぎゅっと握った。


「うわあ…ここに入るの?」

「おう、絶対に先に行くなよ?グレイ、マリー!」

「承知してますよ」

「ええ」

二人がスッと前へ出て、何のためらいもなく歩き出す。目の前には、ぽっかりと口を開けた洞窟…中の様子は何一つ分からなかった。吸い込まれるように、先行した二人の姿が中に消えた。続いて鼻歌でも歌いそうな様子でカロルス様。

ここ…正直、怖い。入りたくない…。

「ユータ、一緒に行こう」

「うん…」

すぐ前を行く大きな背中を見つめて、オレはセデス兄さんと並んで足を踏み出した。


元冒険者3人が前、オレとセデス兄さんが続き、エリーシャ様が最後尾。ダンジョンの中は、こんな風に隊列を組んで進むんだな…。

「ライト」

少しでも助けになるよう、執事さんと一緒にライトの魔法を唱えて、光球を浮かべて歩く。徐々に広くなっていく洞窟は、しだいに縦も横も広がり、大型トラックが横に並べるほどの広さになった。

「うーん、ここのダンジョンって狭いね…」

「もっと広いところもあるの?」

「僕が訓練で行ったダンジョンは、めちゃくちゃだったよ。意味が分からない広さがあってね、洞窟に入ったのに外みたいな場所に出たり、気温が全然違ったり。」

「すごい!じゃあ、ここは普通のダンジョン?」

「まあダンジョンってのはそれぞれ違うもんだけどな、ここは珍しいタイプのものじゃないぞ。だから、ここで慣れておけばちっとは助けになるだろうと思ってな」

気楽な調子で歩くカロルス様が、オレを振り返ると、わしわしと頭を撫でて笑った。力強い大きな手のぬくもりに、いつの間にかこわばっていたらしい身体から力が抜けて、オレはホッと息をついた。


「ユータちゃん、索敵できるんでしょう?どうなってるかしら?」

「えっと…あれ?」

エリーシャ様に言われて意識を集中すると、レーダーの雰囲気がいつもと違う。

「ふふ、狭いでしょう?だからダンジョンは難しいのよ。あまり索敵に頼りきってはダメよ?感知できないこともあるみたいだから」

ホントだ…レーダーの範囲がめちゃくちゃ狭い…まさかずっと1本道ってことはないだろう…きっと壁の向こうにも入り組んだ通路があるはずなのに、オレたちがいる通路しか効果が及ばないみたいだ。

なんだか、壁なんかにもレーダーが強く反応していて、すごく分かりづらい。

―ダンジョンにも魔石があるから、これも魔物なのかもねって言ってたの。ここは大きな魔物のお腹の中みたいなものなの。

ラピスが油断なくオレの肩で警戒しながら、そんなことを話してくれる。大きな魔物のお腹の中…そんな風に考えたら、すごく怖いね。

「あっ…」

「おう、分かったか?」

前方から、魔物!普通、ダンジョンって最初は弱い魔物が出てくるんだと思ってた…スライムみたいなやつ。でもなんだか、スライムやホーンマウスよりは強そうな気配がする。

「セデス、ユータ、お手並み拝見だ」

「えっ…?」

てっきりオレは戦わないものだと思っていたら、むしろオレとセデス兄さんの訓練を兼ねているらしい。実戦的な…と言うより実戦だよね…にわかにドキドキしてくる。

「よーし、ユータ行こうか!」

「う、うん!」

気負いなくふわっと笑ったセデス兄さんに、オレもこくりと頷いて一歩踏み出した。




――――――


なろうさんやTwitterの方でユータフィギュア公開してます。ぜひご覧下さい~!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る