第239話 意外な訪問者

「みんな明日からどうするの?」

「…俺、ちょっとやることが…」

「あはは、普段ちゃんとやらないから~」

タクトが視線を泳がせる。何のことかと思えば、ちょっぴり出来が悪かった項目で追加の授業があるらしい。補習みたいなものだけど、そこまで熱心にしてくれる先生がいるなんて、ここではありがたい話だと思うよ。

「うっ…でもあの先生は絶対やりたいからやってんだって!」

「でも同じ授業料で追加の授業が受けられるってお得じゃない~?」

「そうだけど……」

明日からは数日間の連休だ。最近ロクサレン家へ帰る機会が減っているので、この期間は絶対帰っておかないと心配されそうだね。タクトはお休みが1日削られるのが相当堪えたようだ…次からはしっかり勉強も頑張ってくれるかな?

「僕は今回学校に残ろうかな~旅費も馬鹿にならないし、ユータがいない間に依頼数稼いでおこうかな~」

「俺も俺も!ラキ、二人でユータより先にランクアップポイント貯めようぜ!」

「タクトは僕よりも多く稼がなきゃいけないよ~?」

「いいもん!追いつくように頑張りますぅー!」

イジワルを言うタクトに、いーっとしてみせる。


「それで、ユータはいつ出るの?馬車で?また何かに巻き込まれるんじゃないの~?あ、これ美味しい~」

「そんなに毎回トラブルあるわけじゃないよ!…でしょう?ここのスープ美味しいと思ったんだ!」

「スープって冷たくても美味いんだな!」

3人でこの間目を付けていた屋台のスープをすする。うん、やっぱり美味しい!トマトっぽい野菜の赤いスープなんだけど、暑い時期に合わせて冷たいスープ仕様なんだ。濃いめの味付けが、冷たいスープをただのあっさり味にせず、しっかりと満足感を与えてくれる。

さて器を返そうとした時、オレの身体がふわっと持ち上がった。


「えっ…わっ?!」

「あっ?!」

「誰~?」


* * * * *


ハイカリクの門付近に、人目を引く一行がいた。

大通りの一画で、こそこそと額を寄せ合って話をしているようだが、キラキラしたオーラと強者のオーラに、街の人達が遠巻きに避けて通っている。ぽっかりと一行の周囲だけ通りに穴が空き…さらに目立つ。


「まだ放つなよ…。いいか、ちゃんと約束を守るんだぞ?分かってるな?!」

「モチロンです。走らず、大声で叫ばず…もちろん人や物をぶち壊したりしません」

「よし…。皆いいな?スタンバイ…?」

「OKよ!」

「OK!僕、これ結構恥ずかしいから早くしてほしいな」

「はい、大丈夫ですね」


「よし…行くぞ!放て!!」


「(ユーータ様ーー!!)」


周囲の人がビクッと振り向いた。何か…今頭に思念がぎったような…。

しかし、振り向いた先には既に一行の姿はなかった。



* * * * *



突然の出来事に驚いたけど、背後からオレを抱えあげて、ぎゅうぅっと抱きしめているのは、華奢な細い腕。…待って待って!スープが逆流しそうだよ!

ジタバタすると、少し腕がゆるんだ。ふう、と息をつくと振り返って尋ねる。

「マリーさん?どうしてここに?」

そこには、予想通りの人物がオレを抱きしめてすりすりしていた。

「ユータ様ぁ~!最近ちっとも帰ってきてくれないんですもの!」

「ご、ごめんね~」

うるうると瞳をうるませるマリーさんに狼狽える。


「よし、確保だ!」

「ユータちゃ~ん!」

「ユータ、久しぶりだね!」

「ユータ様、お久しぶりにございます」

小走りに駆け寄ってきたのは、ロクサレンのみんな。あれ?一体どうしたっていうんだろう?そんなに総出で出てきちゃって、領地は大丈夫なの?


「領主様だ!こんにちは!どうしてここに?」

「ユータの家族~?貴族様…だよね~」

タクトが元気に挨拶し、ラキが目立たぬよう後ろに下がった。

「おう、タクトも元気そうだな!お前たちがユータのパーティメンバーなんだろ!ユータが世話になってるな!」

「い…いえ…助けていただいております」

「まあ、小さいのにしっかりしてるのね~!いいのよ、ユータちゃんの友達だもの、楽にしてね。私はエリーシャ、よろしくね」

「よ、よろしくお願いします…」

ふわっと微笑んだエリーシャ様に手を握られて、平民のラキがガチガチになっている。タクトの方もカロルス様は平気だけど、エリーシャ様やセデス兄さんが苦手だ。とても貴族っぽいからだって…。

「ねえ、どうしてみんなここにいるの?領地は大丈夫なの?」

「ぶふっ!まず尋ねるのがそこなの?!やっぱりユータだね~!」

「心配には及びませんよ、カロルス様ならいてもいなくても変わりありませんし、スモークを置いてきましたから」

「そっか!」

「お前!俺だってちゃんとノルマを片付けたじゃねえか!」

「それは滞っていた昨日までの分ですね。」

「ぐはっ!?」

…カロルス様も相変わらずのようだ。オレはエリーシャ様とマリーさんの間を、行ったり来たり抱っこされながら、くすくす笑った。



「え…旅行?」

二人とバイバイすると、みんなで門へ向かって歩きながら事情を聞かせてもらった。

「おう、お前明日から休みだろ?こいつらがうるさいからな、近場で気晴らしにどうかと思ってな!」

「よく言うよ…父上こそ今日は来ないか明日は来るかって毎日そわそわしてたのに~」

「本当?!やったー!」

みんなで旅行!?いいの!?オレはエリーシャ様の腕の中で万歳三唱だ。知らない場所へ行けるのかな?ううん、知ってる場所でもみんなでお出かけできるなんて絶対楽しい!!


必要な物は揃っているらしいので、オレはこそっと転移でムゥちゃんだけ連れて戻って来た。後でラキが不思議に思うかもしれないけど…なんとなく…もう転移もバレているような気がしなくもない…。

「ムゥ…?ムィムィ!」

「ふあぁ…これは…危険よっ!ダメよっ!マリー…見ちゃだめっ!!」

「……ふうぅぅ…っ!精神、統一…!!」

「……あー…ユータ、その子なに?ちょっとマリーさんから離れた所に行こう…ちょっと刺激が強すぎる」

な…何?急に目を閉じて精神統一をはじめたマリーさんに呆気にとられていると、そそくさとセデス兄さんに引っ張られていく。

「この子はムゥちゃんって言うの。オレが育てたマンドラゴラだよ!かわいいでしょう?危なくないよ?」

「ムゥ!」

根っこのお手々をぴょい!と元気に上げて、ムゥちゃんが挨拶する。そう言えばみんなに紹介してなかったっけ…?

「あー…かわいい…。なんでマンドラゴラがこんなのになっちゃったの?!」

「分かんないけど…生命魔法のお水をあげたりしたから…かも…?」

「かもじゃないよ!なんでそう説明にないことをしようとするの!母上の料理じゃないんだから!書いてないことはしないの!隠し味は無理に入れなくていいんだって!!」

…エリーシャ様、お料理苦手だもんなぁ…。でもオレ、お水をあげただけなのに…生命魔法を入れちゃダメとは書いてなかったし…。


ひとまずムゥちゃんはお気に入りのミルクピッチャーに入れて、馬車のはめ殺しの窓枠に置いた。お外が見えるので、どうやら喜んでいるみたい。

今日はロクサレン家総出の旅行だから、一番大きな持ち馬車に乗って来ていたようだ。

『ゆーた、ぼくも出たい!』

「うーん…シロが出てくると馬車がぎゅう詰めになっちゃうかも…お外に出たら、馬車の外を走っていいよ!」

『分かった!』

「よし、ユータ荷物全部入れてくれ!お前がいると旅も身軽でいいな!」

カロルス様も収納袋を持ってるのに、収納限界を気にせず突っ込めるオレの収納…空間倉庫の方がお気に入りらしい。


「ん?どうした?」

「…ううん。カロルス様は、やっぱり大きいね!」

よいしょ、とカロルス様のお膝に乗ると、遠慮無く身体を預けた。硬い腹筋がゆったりと上下するリズム、伝わる体温。大きな安心感に包まれて、オレはふわっと顔がほころぶのを感じた。



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