第217話 子どもたちの「使命」
ガララ…ガコン、ゴトン…
なんだか周囲がうるさい気がする。うーんと唸ってうっすら目を開けたものの、辺りは真っ暗…どうやらまだ夜。
「ピピッ!」
暗いけど朝だよ、とティアがオレの髪をついばんで起こそうとする。んんーもうちょっと…
『寝ぼけてないでいい加減起きなさいって!』
まふっと顔面にモモの柔らかアタックを食らう。わかった、わかったよ…起きるから…。
ガコッ…ガララッ…
「よしっ中は空洞だ!生きて……」
急に光が差し込んで、寝ぼけ眼で起き上がったオレと、汗にまみれた男たちの目が合った。
「…だれ?なにしてるの…」
「「「……」」」
ふわあ、と大あくびしながら目をこするうち、状況を思い出してきた。
「あ……えっと…。…たすかったんだー!こわかったー!」
「「「…お前、今寝てただろうがっ!!!」」」
うむ、バレてたか…。それにしても、皆さんもしかして…あれからずっと作業していらっしゃる?…どうもお疲れ様です。
「この野郎~~!!」
「ちょ、せっかく掘り出したのに!やめろって!」
何も言ってないのに、青筋をたてた男が詰め寄ろうとして周囲に止められている。
ところでオレはそろそろお腹が空いたので、ちょっとごはんが食べたいなと思わなくもないんだけど、皆さんまだお帰りにはならない感じ?
「見ろ!全っ然堪えてねえじゃねえか!!やっぱりぶん殴る!」
「だからっ!せっかく苦労して掘り出した獲物だぞ!使い物にならなくなるだろが!」
「いいか!大人しくしてやがれ!!」
徹夜の作業を終えた男達は、ふらふらしながら出て行った。きっと悪いことをするから嫌なことを引き寄せるんだよ。
『やったのは主だけどなっ!』
『どっちかというとあなたに関わったら嫌なことが起きる、じゃない?』
二人のヒドイ言いようは聞こえなかったことにして、監視されていてもバレない程度にクッキーを口に運ぶ。
「こういうときのために、何か食べやすくて栄養のあるものを作っておくのもいいかもしれないね!」
『俺様思うんだけど、普通はこういう時ってないと思う!』
『あなたあと何回攫われるつもりなの…』
チュー助にまで否定されると、なんとなく腑に落ちない。
ラピスたちの報告を聞いて、ギルドもロクサレン家も動いてくれるみたいだ。こんな幼児の言うことを真に受けて行動してくれる人達がいるって、本当にありがたいことだ。
コツコツコツ…
通路を歩く軽い足音に振り返ると、小窓から覗く人影。
「…大丈夫?辛いけど頑張るのよ、あなたが真に使命を理解して、それを果たせると認められたら、ここから出られるからね…」
気遣わしげな優しい声。でも、その台詞にはたっぷりと毒が含まれている。これは、夜聞こえていたあの声の女性だな。昨日の話はあんまり聞いてなかったけど、確かオレたちには、神様に力を捧げる使命があるからここに呼ばれた…みたいに言ってた気がする。
「うん!オレ、がんばってしめいするー!かみさまばんざーい!」
『下手くそね!もうちょっと自然に言いなさいよ!』
「え…」
突然信者になった子どもに戸惑う女性。
「ええと…あなたは真に使命を果たせるって言うの?神様に力を捧げるお手伝いは、楽なことじゃないわ。投げ出したりイヤになったからって逃げ出せないの。パパやママは忘れて、私たちと共に神様の家族になるのよ?」
「オレ、かみさまに言った!オレのやるべきこと、ちゃんとする!オレを生んでくれたパパとママには、もうあわない。」
嘘を言わないよう、慎重に言葉を選ぶ。オレの言うかみさまと、彼女らの神様は違うけど。
「そう…素直ね、神様はお喜びになるわ。でもね、もし嘘をついたり、家族を裏切るようなことがあれば、またここに戻されてしまうの…」
オレはここでも全然構いませんが…とりあえずこっくりと頷いておく。ここは懲罰房みたいなものなのかな。
「じゃあ、神様のお許しが出るかどうか、聞いてあげるわね」
彼女はしばらくじっとオレを見ていたが、そう言うと立ち去っていった。
『子どもだし、たとえ嘘ついてても対処できるってことなんでしょうね…あなた、怪しすぎるわよ…』
「そうかな…」
神様に力を捧げるっていうのは、やっぱり魔力を蓄えてるってことだろうか?集めた魔力で何をしてるんだろう…。電気もガスも石油も使わないこの世界で、魔力って言ったら全てを兼ね備えたスーパーエネルギーみたいなものだ。何にだって利用できる。洗脳に「神様」って使ってはいるものの、強調するのは「使命」と、家族のことを忘れて忠誠を誓うってことだけで、教義らしきものを訴えてこない…この組織が何なのか、今ひとつ分からない。宗教団体なのか、ただ魔力を売りさばく闇組織なのか、はたまた別の何かなのか。
「…出ろ」
少ない情報で頭を悩ませていたら、今度は男がやってきて、ガチャリと扉を開けた。とことこ出ようとすると、腕輪みたいなものを押しつけられる。
「これを着けろ。神に忠誠を誓った証だ」
ちらっと男を見るが、有無を言わさぬ雰囲気だ。でもこれ…呪われてるよね?嫌な感じがするもん。
「(ティア、いける?)」
「(ピピッ)」
どうやら大丈夫のようだけど、せめてと、男に見えない角度で少量の除菌…じゃなくて浄化をしておく。覚悟を決めて腕輪をはめると、一瞬腕が熱くなって、パチっと何かが弾けたような感覚があった。同時に、嫌な感じも消える。
オレが腕輪をはめたのを確認すると、男は着いてこいと先導して歩き始めた。この腕輪、どんな効果があったんだろう…それを知らないとオレの行動でばれるかも知れない。
「(チュー助、この腕輪、しっかり見て覚えて。それで、カロルス様たちに聞いてみて)」
『オーケーオーケー、俺様記憶力抜群!』
―でも今はダメなの。どこに行って何をするか確認しないと、ラピスは離れられないの。
まあそうだよね…危険かもしれないし。
男について行った先は、あの広い空間。昨日と同じようにたくさんの人が働いている。その中を通り抜け、示されたのはアリ塚みたいなものの手前。まるで配線のようにアリ塚に繋がった、たくさんのパイプ。その先にある土器みたいなものに、子どもたちがそれぞれ手を添えていた。おそらく30人以上いるんじゃないだろうか…魔力持ちの子ばかり、こんなに…。
「お前の使命は神様へ力を捧げることだ。何も難しいことはない、ああやって手を触れて祈っていればいい」
触れると魔力を吸う仕組みだろうか。相当疲れるらしく、数人の子どもで交代しながらひとつの土器を担当しているようだ。
「お前はあそこだ」
ぐいっと押されて示された場所へ向かおうとしたら、別の男に引き留められた。
「お前、きちんと決まりは守れ!判定がまだだろうが!」
「うるせえな…こいつAだぞ、とっととやらせりゃいいだろうが。」
「すぐに済む!」
オレを引き留めた神経質そうな男が、こちらへ向き直った。
「…なにするの?」
「おっと、逃げるなよ?なにも痛いことはしない。ごく稀に、魔力が神様に向いていないことがある。それを調べるだけだ」
向き不向きがあるのか…オレが向いていなかったら「価値なし」になってしまうのかな?そうなると…ここまで内部を見てしまえば無事には帰してもらえないだろう。
男は腰に下げていた、先端に水晶球のようなものがついた棒を取り出すと、まず自分に向けた。
「…むいてなかったら、ささげられないの?」
「そりゃそうだ、神様に害になるからな」
自身に向けた水晶球がふわっと水色に輝いたのを確認して、男は水晶球をオレに向ける。途端にぱあっと水晶球が強く輝いて、慌てた男が水晶球を逸らした。
「っと…Aってのは伊達じゃないな…こんなに輝いたら何色なんだか分かりゃしねえ。」
ブツブツ言いながら、その魔道具らしき水晶球をいじると、再びオレに向けようとする。
「何色がダメなの?」
「白だな!せいぜい違うよう祈ってることだ」
えーさっきの多分白だったよ?どうしようかな…あの棒の先端に、違う魔素を集めたら誤魔化せるかな…。オレの魔力が向いてないなら生命魔法がダメってことだ。棒を向けられたとき、咄嗟にオレの体を覆うように土魔法の魔素を集めてみる。
はたして水晶球は……淡い黄色に輝いた。
よしっ!ガッツポーズをするオレに、男は敬虔な信者だと満足げな顔をして去って行った。
「ほら、早くしやがれ」
小突かれて持ち場へつくと、疲れた表情の子どもたちの中へ。とりあえず状況が落ち着いたので、ラピスとチュー助を送り出しておく。
「こんにちは!みんな、大丈夫?」
「……」
虚ろな目で見返す子どもたちは、明らかに大丈夫じゃない。とりあえず土器に触れる担当を交代すると、その子は崩れるように座り込んだ。
駆け寄りたいのをぐっと堪え、土器に手を添えると、点滴魔法でみんなを癒そうとする。でも…きっと洗脳されている子達を回復しても、また魔力を注ぐだけだ。しかし、どうも…この子達…洗脳されているのか疑問に思う。疲れ切っていて、進んで神様のために!って雰囲気ではないと思うけど。
心からこの組織に染まりきっていないなら、まだやりようはある。ものすごく気は進まないけれど…思いつくのはこれしかない。
『悪者に騙されないで…助けが来るからね…天使がきっと、守ってくれるからね。君を好きなひとたちを、忘れないで』
全員に微かに届く念話を送り、点滴魔法を使った。土器に魔力は吸われているけれど、たいした量ではない…と思う。
同時に、回復の蝶々をこそっと1匹ずつ呼び出し、浄化の魔力を込めた。小さな小さな蝶々は、目立たないよう飛んで、子どもたちの腕輪にとまると、ふわっとほどけて消えた。
『かならず、助けがくるからね…君たちを、守るからね』
「…てんし、様…?」
たったこれだけで洗脳がとけたりはしないだろう。それでも、何かのきっかけになればいい。少なくとも、君たちを助けようとしているのが、ヤツラの言う神様ってやつではないと分かってくれたら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます