第172話 戦う小鳥

先手必勝とばかりに、開始と同時に飛び出す相手の男。

オレは幼児でナイフ、相手は大人で長剣、リーチの差は圧倒的だ。とにかく間合いに入らないと何もできやしない。

身体能力があれど、やはり幼児だと舐めているのだろう、一気に決めてやろうと見え見えで大ぶりの袈裟懸け。…オレは最初にちゃんと能力を見せてあげたからね、恨みっこなし!ここは次の人に本気でやってもらうために……犠牲になってもらうねっ!!

ガキィッ!!

オレの右肩から斜めに入る軌道をすいっとくぐって踏み込むと、標的を捉えられなかった剣が激しく闘技場の床を叩いた…と、同時に軽く飛んで回転を加えたオレの蹴りが、相手の右手首にヒット!

「ぐあっ!?」

両方の衝撃で剣を取り落としたのを確認して、地面を舐めるように背後に回り込むと、くるりと回転しつつ膝裏にナイフの二連撃!たまらず崩れる体勢を、もう片方の膝裏も蹴り抜いてさらに加速させる。

カラン、と落ちる剣、どうっと背中から床へ叩きつけられる男。

そして、その胸の上には、既にのど元にナイフをクロスさせたオレがいる。


「…勝負あり!勝者、ユータ!」


うおおお!!!


シン、とした会場がどおっと沸いた。

呆然と胸の上に座る幼児を見つめる男。そりゃあまさか幼児に負けるなんて、思いもしなかったんだろう。オレはそっとナイフをしまうと、ぐいっと顔を近づけてにこっとした。

「ふふ、油断したでしょ。カロルス様はもっともっと強いんだよ。馬鹿にしたら、許さないから!」

しっかりと釘を刺しておいて、ぴょんと後ろへ宙返り。大歓声に手を振った。

「ユータちゃーーん!素敵よぉーー!!」

「やるじゃねえか!まだまだだけどな!」

「さあ1回戦を制したのはぁー!戦う小鳥、ユーーターー!!!華麗な身体裁き、ご覧になれたでしょうか-!?これは私もうかうかしてられません!」

小鳥……セデス兄さん、オレもっとカッコイイのがいい…。


危なげなく勝てて良かった。でも次からは相手も油断しないだろう、気合いを入れなければ…。

ふう、と一息ついて階段を下りようとしたら、審判に引き留められた。なぜか困惑顔の審判さんにオレも首を傾げる。

「あのぅ…その、カロルス様から、『時間がないからユータは下げるな、どんどん行け』とのお言葉で…連戦、大丈夫でしょうか…?」

えー…ほとんど何もしてないからいいけどさ…オレは五試合連戦なの?!でもここでむくれても審判さんが困るだけなので、渋々承諾する。


「えーーーなんとユータ選手は連戦するようだぁー!それもこれも俺が見たいから!領主のワガママ権行使だぁ!!頑張れユータぁ!!」

「カロルス様!ユータが可哀想だぞ-!」

「仕事しろー!」

「うるせー!俺だって見たいんだよ!てめえらだけズルいんだよ!!」


続いての相手は片手剣に盾を持っている、兵士の基本スタイルだな。油断なく構える様子は、先ほどのようにはいかないかな。

「両者位置について…はじめ!!」

盾を構えてじりじりと接近する相手。

分かっていたことだけど、この木剣での試合はオレに圧倒的に不利だ。なんせ真剣じゃないから叩く衝撃しか与えられないのに、力がない上に重さもない、小さな身体に小さな武器。威力を増すためには回転が必要で、回転すると隙も増える。ほとんど剣VS体術の戦いになるよね…。

小さなオレ相手にも油断せず、じっくりと間合いを詰めてくる慎重派の相手。さて…どうしようか?少しカロルス様に嫌がらせしてみようかな?




「ぐっ……このっ!このっ!!なんでっ当たらねえ!?」

最初の頃とは打って変わって、大汗をかきながら剣を振り回す相手。今回は『攻撃を全部避けて試合に時間をかけよう作戦』だ!避けるだけならこの程度…セデス兄さんやラピス部隊に比べたら楽ちん楽ちん!

…え?カロルス様…?あれは…そうそう避けられないよ…。


「おいっ!ユータ!!無駄に時間かけるな!早くっ!早くしろっ!」

カロルス様の焦った声が聞こえる。これも作戦だよ?相手の体力と集中力を削るっていう…。でも、無駄に時間をかけてると言われたお相手さんはいたく傷ついた様子なので、ここらで反撃に転じよう。

「くっ!?」

横なぎを避けつつ前に飛ぶと、相手もすかさず目の前に盾をかざす。残念!オレ、今ナイフ持ってないの。

がしりと盾を掴むと、逆上がりの要領でくるりと身体を内側へ入れつつ、ぐっと身体を縮めて…

「はっ!!」

裂帛の気合いと共に、思い切り全身を使った両足の蹴りが相手の頭を捉えた!

…ふう、この短い足が届かなかったらどうしようかと思ったよ…。


頭への強い衝撃に、剣を取り落としてふらりと傾いた身体。あ…意識が危ういかな?!

倒れる頭を抱え込んでゆっくりと身体を地面に下ろす。だらりとした四肢、呆けた表情…脳振とうで意識がもうろうとしちゃったようだ。この症状自体は一時的なものだけど、今後後遺症が残っては困る…オレはそっと回復魔法を流す。


「しょ、勝負あり!勝者…ユータ!!」


またしても沸いた場内に、抱えた相手も呻いて目を瞬いた。

「大丈夫?」

「う…なんだ?どうなった??なんか、気持ち悪…。」

「ごめんね、オレが頭を蹴ったから。回復薬、飲んで。」

まだふわふわした表情の彼に、手を添えて回復薬を飲ませる。これでもう大丈夫だろう。

完全に覚醒したらしい彼は気まずそうにオレから離れた。

「その、ありがとう。」

振り返って告げられた、案外素直なその言葉に、オレはにっこりと笑った。


「連戦の疲れを全く感じさせない2回戦-!またもやユータの勝利ぃい!!ひらひらと舞う様はまるで蝶!ただし!このちっこい蝶々、時々ブレスを吐くぞぉー!!さぁーー次はっ?新人たちが一矢報いることができるのかーー!?」


「…カロルス様!早く執務に戻って下さい!あなたまた間に合わなくなるでしょう?!」

「くそっ!お前だって仕事はどうした!オレだって最後まで見たい!」

「私は見終わってからでもきちんとこなせます。早く行って下さい!会場にシールド張りますよ!」

ノリノリのセデス兄さんの解説?の影で、カロルス様たちがぎゃあぎゃあと言い争っている…。カロルス様、残念!お仕事に戻ってください!


「よおぉおーし、分かった!じゃああと一試合だ!お前らもユータが強いのは分かったろ?あとはまとめて掛かってこい!ユータ、やれるなっ?!よし、やれる!さあ始めろ!!」

「えっ?」

「「「えっ?」」」

「えっ……あっ、その、で…では、3回戦、バトルロイヤル始めっ!?」

いいの?って顔して闘技場で戸惑う新人さん3人。

いやいや、かかって来いって…やれるな?じゃないよ!!横暴!これに勝ったら絶対何か要求しよう!!そもそもバトルロイヤルじゃないから!1対3じゃないか!むすっとむくれて身構えると、新人さんたちも慌てて武器を構えた。

片手剣、長剣、長剣。若い人には長剣が人気あるみたい…タクトも大剣や長剣ばっかり見てたもんね…そりゃあ、剣が大きい方がかっこいいけどねっ……と!

オレは一人だ。遠慮なんてしてられない!右端の長剣さんの切っ先が下がっているのを見て、電光石火の突撃を決める!

2回とも初撃は相手に譲っていたし、いきなり3人相手に突っ込んでくるとは思わなかったのだろう。慌てて武器を振り上げようとする手首を踏んで、サマーソルトのごとく顎を蹴り上げた!!ごめんね!後でちゃんと治療するから!幼児の力で相手を沈めるには、狙う場所が急所になっちゃうんだよ!喉よりマシでしょ?

がくっと膝をついた長剣さんののど元にぴたりとナイフを当てて、一人目っ!審判が頷いたのを確認して素早く離脱。長剣さんは動けないらしく他の兵士さんに担ぎ出されていた。衝撃が強すぎたかな…回復薬は置いてあるけど…後で直接見に行かなきゃ!


残り、二人!さすがに危機感を覚えた新人は見栄も外聞も捨てて、協力して挑むようだ。じりじりとオレを挟んで近づいてくる。

ぐ…どうしようかな…不用意に回転したら狙い撃ちだ…避けることはできても攻撃するのが難しい…。




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