第119話 帰り道1

馬車はゆっくりと町を抜けて、人の住む場所から魔物の住む場所へ。

なんだか不思議だな…日本で生きていた頃は、どこだって人のための場所みたいだった。ここではこういう集落を作らないと人は生きていけないんだな…なんだかそれって、とても生き物らしいね。

町を離れる寂しさからだろうか、なんとなく感傷的な気持ちになりながら外の景色を眺めて、小さくなっていく町に手を振った。




「……見てねえでなんとかしろ。」

「ぷぷっ!いいじゃん、嬉しいだろ?あんた犬とか好きじゃないか。」

「これは犬じゃねえ…。」

……どこか声を潜めたような話し声がする。ガタンゴトンと揺れる馬車で、少しでも居心地良くしようと無意識にもぞもぞすると、固いものがちょうど良く頭と体を固定したので、満足して力を抜いた。

「……なんとかしろ。」

「ぶふっ!ぶふふっ!!」

バンバンと座席を叩く音がしてうるさい……。



「んんー……。ん??」

うっすら目を開けると、見えたのは男性の顎とのど仏。金色の無精ひげがない…カロルス様じゃない。これ、誰だろう?ぼんやりと顎を眺めていたら、ふと下がった視線がオレと交差した。

「!!」

ビクッとした振動がダイレクトにオレに伝わる。どうやら、この人のあぐらをかいた左足を背もたれに、抱えられた左肘を枕にしてオレは寝ていたようだ…ほぼ抱っこだな。

「……こんにちは?」

「……。」

「オレ、寝ちゃってた?ごめんなさい。」

「……。」

ふいと顔を背ける男性は、凄みのある強面だけどなかなかカッコイイ人だ。雰囲気が誰かに……そうだ、ピリッとした時の執事さんに似ているかも知れない。顔は似ていないけれど、なんとなく。

そっぽを向かれてしまったけど、ちゃんとオレを抱えてくれている。カロルス様とセデス兄さんの腕を足して2で割ったような感じだ。なんとなく安心すると、また瞼が下がってくる…。

「…おい。」

あ、思ったより低い声だ。無愛想な声だな…。

「……おい!寝るな!」

「……寝てないよ……。」

「寝てるだろうが!起きろ!」

軽く揺すぶられて渋々目を開けると、モスグリーンの瞳と目が合った。目が合うと途端に揺らいだキツイ瞳が、スッと視線を外す。

「寝るならよそへ行け。手を離せ。」

手?言われて視線を落とすと、いつの間にか強面さんの服をしっかりと握りしめていたようだ。手を開くと服が一部分だけシワシワになってしまっている。

「あれ?どうしてオレここで寝てるの?」

「知るか!!お前がっ……!」

「『お前が俺の服を掴んで寄りかかってくるから、膝を貸してやったら今度は乗り上げてくるから抱っこしてあげたんだよ!寝苦しそうだったからな!よく寝られたか?』だってさ。」

もの凄い意訳をしてくれたのは向かいにいた小柄な冒険者さん。

「てめっ…!」

モスグリーンのキツイ瞳を怒らせたこの男性も、冒険者仲間みたいだ。今回の馬車は田舎へ向かう方面だからお客さんが少なくて、オレ以外乗っているのはこの冒険者さんたち4人だけだ。

「ごめんねーこいつ無愛想でさ!怖い顔だからさ、ちっちゃい子にいつも嫌われちゃうんだよ。君は度胸あるねえ!まさかこの鉄面皮に抱っこされて寝るなんてさ!」

「そう?とってもきもちよかったよ。お兄さん、ありがとう!」

嫌われちゃう、っていうことはこの人が子どもを嫌いなわけではないんだろう。オレは嫌いじゃないよ!って意味を込めてぎゅうっとすると、強面さんが体をこわばらせるのが分かった。

「おおー!初めてのちびっこハグじゃね?よかったね!」

強面さんはけらけらと笑う向かいの冒険者を長い足で蹴り飛ばすと、そうっとオレを支えて立たせた。壊れ物を扱うような怖々とした様子に、ついイタズラ心が芽生えてくる。

「オレ、ここにいる!」

ひょいと膝と膝の間に陣取ると、彼の両手をオレのおなかにまわしてシートベルトする。

「!!」

遠慮なくもたれかかると、おろおろとした強面さんの様子が伝わって愉快だ。緊張した固い体と、早鐘をうつ鼓動が伝わってくる。

「うわーマジで度胸あるね!こいつ怖くないの?」

「ぜんぜん!」

話し方も目のキツさも、ルーの方がよっぽど怖いと思うよ…まあ実際ルーも怖くないんだけども。


「お前ら、そういじめてやるなよ!そら、お客が来たぞ!じゃれるのはそのへんにしとけ。」

「右前方から3体だ。」

前の方にいた冒険者さん二人が振り返って言った。

あ、この人探知の魔法ができるんだね!魔力的に細い方の人が魔法使いだな。

オレがどのくらい寝てたのかわからないけど、バスコでの休憩は覚えてるから、その後寝ちゃったんだね。今はバスコ村―ヤクス村の間だ。

近付いてきているのはゴブリンかな?確かに3体だけど、もう少し離れると案外たくさんうろちょろしているのがわかる。この辺りは以前のゴブリン団のせいでその数が増えてしまっているから、たまたまうろうろしているのか3体の仲間なのかは分からない。でもまぁゴブリンなのでたくさんいてもあまり問題にはならないかな。この人たちはゴブリンに負けたりしないだろう。

「…下りろ。」

自分で避けようとはしない強面さんに笑いそうになりながらストンと下りると、オレも前の方に行ってみる。うん、遠くの方に2体のゴブリンが見えるね~1体は隠れてるかな。

「どうする?襲ってきそうだが、たかがゴブリンだ。馬車の速度を上げれば追いつかんだろう。」

「いやぁ、このあたりゴブリンが増えてまして、できたら見つけ次第倒しておいてほしいですよ。旦那方おねがいします。」

御者さんが雇い主になるから、まずは相談するんだね。なるほど、勉強になるよ。

「じゃあそうするか、俺とお前な。一応周囲警戒しとけよ。」

前にいた一人がリーダーさんかな、壮年男性と、もう一人は魔法使いのお兄さん。執事さん以外の魔法使いを見るのは初めてだ!わくわくしながら、下りる二人を見つめた。


「君、変わった子だねぇ。怖くないの?ゴブリンって言ったって君みたいな子どもじゃあ、あっという間に食べられちゃうよ?」

「よせ!」

怖い顔をして俺を脅す小柄な人。確かに、タータさんのことを思ったら、冒険者でも年少組には侮れない相手だろう。強面さんが怖がらせるなとたしなめている…この人本当に怖いのは顔だけだよね…。

「大丈夫!あのね、きのうはウミワジが出たんだよ!」

「なにっ!」

「ウミワジって…その辺の冒険者じゃ結構キツイ方だよね?けっこう被害、出たんじゃないの?君は無事で良かっ…いてっ!」

小柄さんがまた小突かれた。

「ううん、みんな無事だよ!天使さまが助けてくれたんだよ。」

「天使……?ああ、あの噂かぁ~なんなんだろうね、あれは。まあぼうやに聞いてもわからないよね!」

「無駄口叩いてないで警戒してろ。」

へいへい、と周囲に目を向ける小柄さん。強面さんはぽん、と一瞬オレの頭に手を置いて離れた。大丈夫だってそう言っている気がした。


集まっていた方が守りやすかろうと、オレも御者さんの横に行く。決して戦闘が見やすいからではないのだ。

見つめる先で、特に気負った様子もなくゴブリンに近づく二人。と、ヒュンと風を切る音がして草むらから矢が飛んできた。

「そこか。」

リーダーさんが難なく避けると、魔法使いさんがブツブツ唱えていた魔法を発動させる!

ドドドッと炎の矢が3本発生して草むらに突き立った。

キィイーー!

草むらからは断末魔の悲鳴が聞こえて、思わず目をつむった。ごめんね、でもここでは人も魔物も立場は同じ、命と住処を守るために他の命を奪う必要も出てくる。オレも、覚悟が必要ってそう思っているんだけど。

目をつむっている間にもう一体もリーダーさんが切り倒していて、残りの一体がキーキーいいながら後退している所だった。しかし、一瞬で間を詰めたリーダーさんが一刀のもとに斬り伏せる。

周囲のゴブリンたちもこちらに気付いていそうだが、向かってくるそぶりはなくどこかへ行ってしまった。こちらが強そうと判断して逃げたのだろうか。


「どうもすみませんです。先日も馬車が襲われましてね、なるべく排除しておきたいんですよ。」

帰ってきた冒険者さんたちにお礼を言って、馬車は再び動き出す。

炎の矢は、執事さんより数が少なかったけどやっぱり格好良かった。オレも練習したいけど、火を使うのは危ないからなぁ……。リーダーさんの剣にも魔力が纏ってあったし、この人達は多分、CとかBのランクの人達なんだろう。



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