第60話 閑話 一年の始まり


「おう、お前は新年の歌どうする?」

「・・・・えっ?」

えーと何だろ?カラオケでも行ってるようなこの会話。

「・・・カロルス様?」

「なんだ?お前歌うだろ?」

「・・・なんのことやらさっぱり。」

「なっ?!まさか、お前・・歌わないのか?!・・・歌わないとガッカリされるぞ?」


なんのこと?!ホントに!!ちょっとー助けて執事さん!!

「・・・カロルス様、どうやらユータ様のところではそういった催しがないようですよ。ユータ様、明後日は1年の初めの日です。夕方から夜にかけて神事を執り行うのですが、ユータ様のところではお祝いなどどうしていたのでしょう?」

「そうなの?!オレのところでは神様に挨拶に参拝したり、厳かな感じで迎えるよ!」

「おーそうなのか!こっちではな、神様に祝いの歌を捧げるんだ。最も清い声を届けるためにな、歌える年齢の一番若いあたりが歌うからな、大体6歳~10歳までの子どもが歌うんだ。」

「オレ、3歳だよ?」

「『歌える年齢』っつったろ?6歳より幼いとまともに歌えなくて進行に支障を来すことがあるからな、神様に失礼がないようにそのぐらいなんだよ。お前、進行の妨げになるようなことしねえだろ。」

「しないけど・・。何を歌うの?」

「簡単な賛美歌みたいなもんだ。すぐに覚えられる。今年はお前と、ルッカス、リリア、キャロだな!トトはまだ無理だ。全員まだ小さいからな・・お前が引っ張ってやれよ?神事に支障が出たら困るからな・・。」

「カロルス様・・オレが一番小さいけど・・。」

「そうか?まあ年齢はそうかもしれんが。」


なんかもう絶対歌わなきゃいけないみたい。クリスマスの賛美歌みたいな感じかな?

新年か・・おせち料理におもち、初詣・・・懐かしいな。一人暮らしの頃はおせちなんて好きなものしか用意しなかったし、忙しくて初詣も行ってなかったりしたなぁ・・今となっては勿体ないことだ。

せめてこたつとみかんが欲しいな!それでごろごろするんだ。



「ユータ様!!歌を!練習しましょう!!!」

ドカンっ!と凄い勢いで開けられたドア。こたつのことを考えてゴロゴロしていたオレは思わず飛び上がった。


「はははいっ!・・・マリーさん?どうしたの??」

「ユータ様の!新年のお歌を聴けると聞いて!いてもたってもいられず・・すぐ練習しましょう!ユータ様のかわいらしいお姿をみんなに見せびら・・・お披露目するのです!!」

「う・・うん・・とりあえず、練習はするよ・・・間違ったら恥ずかしいし・・。」

「ユータ様、では参りましょう!メイド一同、精魂込めてお手伝い致します!」

「えっ・・一同・・?」


引きずられるように連れて行かれた広い一室。壁が見えないほどみっちり詰まったメイドさんズ。え・・・練習・・こんな大勢に見られながらやるの・・?



「ああ!なんとかわいらしい歌声!でもっ!ここはもう少しささやくように!甘く切なく!」

「ここのターンはすっと切れよく!流し目をこちらに!ああ!良いです・・良いですわ・・!」

「そこは憂いを秘めた眼差しで!腕の振りはあくまで優雅に!そう・・その神秘的な雰囲気・・これはユータ様にしかできません!」


・・・カロルス様の嘘つき~!!

歌・・歌詞自体は難しくないけど・・・けど・・・舞の振り付けもあるし感情の起伏だとか結構厳しいんだけど!幼児がそんなこと考えて歌えるの?憂いとか込められるの?!一体幼児が何を憂えるって言うんだよ・・・ホントにみんな6歳でこんな難しいコトするの・・この世界って大変だな・・。

オレ・・アイドルグループに入った気分だよ・・・。

こうしてオレはカロルス様を恨みつつ新年のその日まで練習に明け暮れる羽目になった・・。



「ユータ!どうだ!お前が着られるように大分調整してもらったぞ!」

「それ着るの?それ、オレの国の服に似てる・・。」


カロルス様が掲げた服は、着物・・・いや、狩衣・・みたいなものだ。なるほど、神事にはふさわしく思うけど、和のイメージが強すぎて金やら赤やらの髪で外国人顔の人たちが着てるとこは想像できないなぁ。

地球で狩衣なんて着たことないし何かの催しで見かけたことがあるぐらいだ。それでも、どことなく懐かしく、嬉しく思いながら着付けてもらう・・サンタ衣装よりよっぽどいい。なんだか落ち着くよ。


「・・・・っ!」

「・・・!!」

メイドさんたちが無言で泣いているのがとても気になる。オレは日本人顔だから、似合うでしょ?おかしくないよね?

「・・・・・ユータ様・・・あまりに神秘的でお可愛らしい・・!ああこのまま天に帰ってしまわれそうで・・!!」

またまた大げさだなぁ・・この世界の人たちはとても上手に人を褒めるんだ。あまり褒められない国に住んでいたオレとしては、とても気恥ずかしい。見習わないといけないな、と思うけどね。


「ありがとう!オレの国の服に似てるから、着られてうれしい。」

照れるけども、にっこりしてお礼を言うと、カロルス様のところへ向かう。閉じた扉の向こうが騒がしいけど、気にしないことにした。


「・・・おお!すげーな・・こんなにしっくりくるとは。もしかしたらお前の国から伝わった服なのかもしれんな。・・・お前、神様みたいだぞ。」

すごい褒め言葉だね、と笑うオレを、カロルス様はまぶしそうに見つめた。

「きゅう!」

うん、ユータ、その服ラピスもとってもいいと思うの!

ラピスが珍しく服のことを褒めてくれる。神様に捧げる舞の服だから、天狐にも好ましく思えるのかな?

「ありがと!」

にこにこのオレはラピスとほっぺでスリスリした。



「ユータ、神事の舞をするっ・・・・!!」

「うわ・・・。」

「わぁ・・・。」

出会った3人が目を見張る。そんなに衣装で何か変わる?オレこれ着ただけだよ?


「みんなもやるんでしょう?」

「・・何言ってんだよ~できるわけないじゃん!」

「あんたね、舞はすごく難しいんだから!ずっと巫女役はいなかったのよ。」

「ユータ、舞するんでしょ!楽しみ~!」


ぽかんと口を開けたオレはゆっくりと後ろを振り返る。・・・カロルス様がそそくさと人混みに消えていくところだった・・・。

くそぅ!騙されたー!!


「オレらも歌は歌うよ!」

「ちゃーんと練習したんだから!」

「お歌は一緒にうたえるね!」


がっくりと膝をつかんばかりのオレに、楽しげに・・少し緊張をはらんで話す3人。うん・・みんなにとって大切な神事だもん・・・オレ、ちゃんとやるよ・・・。



この日のために組まれた舞台。薄暗がりにかがり火がゆらめく中で、ひそやかに人々が集まる。


舞台裏で徐々にこどもたちの緊張も高まっていく。

簡素な板張りの舞台の四隅にかがり火が焚かれ、背後の湖に反射する炎が幻想的だ。

少しずつ闇が濃くなっていく中、まずは歌を披露する。オレは歌の途中からソロになって舞を始めることになる。静かに不思議な音を奏でる楽器の演奏を聞きながら、厳かな歌が始まる。一生懸命歌う子ども達の歌は、必ずや神様に届くだろう。

やがて始まるオレのソロ。


目をわずかに伏せ、囁くように・・

しん・・、と静まりかえる周囲を感じながら、この世界の神様へ・・オレを受け入れてくれた感謝を込めて歌う。滑るように始まる神事の舞。

(・・・あれ・・?)

ふわ、ふわ・・と、歌に乗ってオレの魔力が広がる。・・ああ、神様への舞ってこういうことなんだ。魔力を捧げる舞。これ、そのものが魔法かもしれない。舞の魔力に促され、うっとりとしながら魔力を解放する。ふわり・・・ふわりと袖をたなびかせながら舞うオレに、寄り添うように光点が現われる。

蛍みたい・・・ぼんやりと、きれいだな・・と思う内に、周囲は淡い光の海だ。ふわり・・ふうわり・・オレの回転に伴って光の渦ができる。星の海で舞うオレは、ただただ喜びに包まれて請われるままに体を動かす。

『・・なんと・・』

『ああ・・こんなことが。』


見たことない・・妖精さんたち・・?


『・・お前・・』

『ユータ・・』

あ、ルーがいる。ラピスたちも。他の管狐たちも。

みんなに届いたことが嬉しくて、オレはそっと微笑んだ。



『・・ありがとう・・』

そんな声が聞こえた気がした。








「・・・お前にはもう何もさせん。」

翌日、起きようとしたところを寝かしつけられながら、苦々しく言われる。今はお日様が真上あたり・・なんで寝かしつけられているかっていうと、あの後オレの様子がおかしかったからだって。とても幸せな気持ちだったことは覚えているけど・・そんなにおかしな様子だったかな?ふわふわした気持ちで連れて帰られて、そのまま眠ったことは覚えてるんだけど。

まるで見張るように、カロルス様が朝までベッドのそばにいたらしい。


あの後、大変だったらしい。オレの舞が終ってから、最後の光が消えるまで、誰も・・何も一言も話さず、恐ろしいほどの沈黙だった。神の奇跡だと、みんなが知らずに泣いていたんだって。それに・・なんせ、オレの魔力が溢れていたから・・・本当に奇跡があちこちで起ったと大騒ぎだ。病気が治ったり緑が溢れたり。とりあえずオレのせいじゃなくて神様の奇跡って事でなんとか場を治めてくれて助かった。

「きゅきゅ!」

ユータは、どうして古の神事を知ってたの?みんな、惹かれて集まって来てたよ。

あれが、古の神事。なんでかって・・オレも知らないよ。多分、オレは魔力を通したりするのに慣れているから・・神事の舞の魔力を素直に通しちゃったんじゃないかな。舞の魔力が求めるままに委ねただけだよ。


ユータ、あのまま神様に連れて行かれるんじゃないかって、いろんな人がすごくすごく心配したの。あの後、ユータはちょっと神気を纏っていたの、ヒトは分からないけど、何か気付いたの。だからあのヒトは、腕の中にユータを守って必死だったの。ラピスが大丈夫って言っても伝わらないから・・・かわいそうだったよ。


あの人ってカロルス様のことだね。そうか・・心配かけたんだね。寝かしつけたオレから離れないのは、心配してくれてるんだね。

「カロルス様・・・オレ、大丈夫だよ。どこも行かないよ?」

「そう・・か。・・ああ、そうだな・・。なんかよ、ちょっと・・・お前凄かったから・・ここにいちゃいけないような気がしてな。」


ぎゅう、と首を抱きしめると、堅くなっていた大きな体の力が徐々に抜ける。

にっこり笑ったオレに、カロルス様もようやく笑った。


神様、オレをここに連れてきてくれてありがとう。今年もよろしくおねがいします。

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