第28話 森の中で


「・・・・カロルス様。」


どのぐらいそうしていたのだろう?俺は呆然と座り込んでいたようだ。アルプロイが気遣わしげに声をかけた。


「・・・一旦、戻りましょう。」


どこをどう通ったのか。俺は導かれるまま近くの村に戻ってきていた。

「カロルス様、どうぞお休みください。後のことは私が。」

優秀なアルプロイは、キルギス伯への対応もそつなくこなしてくれたようだ。どこか上の空で返事をする俺を宿の部屋へ誘導すると、扉を閉めて出て行った。

どさりとベッドへ腰掛けた俺は、両手で顔を覆う。


-あいつが死ぬなんて。


けれど、そんなはずはない、あいつは死なないはずだと、どこかでそう思っている自分がいる。認めたくない思いと現実がせめぎ合う。




-コンコン、


ベッドに腰かけたまま、現実を拒絶していたオレに、控えめなノックの音が聞こえた。


「かろるすさま・・」

「あっ!開けたらダメよ!」


許可を出す前に扉がそっと開かれる。そこには助けられた子ども達がいた。


「・・・どうした。」

「あの子がいないって・・聞いて・・。」

「・・・・」


子ども達はオレの顔を見て、ぎゅっと口を引き結ぶと、部屋に入りこみ俺の周りを囲んだ。


・・なんだ?


子ども達はお互いの顔を見合わせると、頷きあいさらに近づいて・・・全員で俺をぎゅっと抱きしめた。幼子の高い体温に、ふくふくと柔らかい手足、独特の香り。どれもあいつを思い起こしてたまらなくなった。


「『ごめんなさい。』」

「『カロルス様、オレは大丈夫です。一人でも生きていけるので。』」

「『なんとかなると思います。』」

「『そのうちもどります。』」


子ども達が次々に言葉を口にして、俺は目を見開いた。それは、まるで・・・


「ゆーた、からだよ。」

最後に一番幼い子が言った。


「自分が戻らなかったら、カロルス様が心配するから、先に家に帰るようにみんなで言っておいてって。一人、一言ずつ伝言を預かったの。私は、もっと覚えられるって言ったんだけど。」

一番年上の子が言った。


「あの子は、ぜったい、大丈夫よ。普通じゃないもの。」

女の子は確信を持って言う。


「こうしたら、げんきが出るんだよ。ユータが言ってたの。」

小さな手が、背伸びして俺の頭に伸びた。わしわし、と強く撫でられる。これは・・・・。


俺は右手で目元を覆い、歯を食い縛った。溢れる涙は手首を伝った。





-----------------



がさがさと枝をかき分けて痩せた男が顔を出した。


「あらぁ~こんな小さな子うさぎちゃんだったのね!」


ジリジリと半円を狭められた結果、オレは森から追い出され、谷を背に人攫いたちと顔を付き合わせる羽目になっていた。男たちの顔には安堵と愉悦が見える。既にオレを捕まえたと思っているのだろう。

カロルス様の方には子ども達を送ったから・・・こっちは間に合いそうにないな。


「さ、観念してこちらにいらっしゃい!痛いことはしないし、ハンコを押したらお家に帰してあげるわよ!」


2歳児だったらホイホイ行くのかもしれないがオレはそうもいかない。

「オレを 紋付き にしてどうするの?」


「・・・・賢い子ねぇ!ちゃんとお話できるのね~!何もしないわよォ、ちょーっとあなたのパパにお願いに行ってもらうだけよォ。」


「・・オレにカロルス様をころさせる?」


「・・・・・・。」

核心を突くと、紋使いは一瞬無表情になった。やっぱり、そうなんだな。


「あんた、何?・・・・いいわ、後でゆっくり吐かせてあげるから。」


紋使いが行け、と顎で示すと、男達が一斉に飛びかかってきた。

オレはとっくに覚悟を決めている。素早くきびすを返すと背後の谷へ向かって駈けだした。


この足では簡単に追いつかれてしまうので、男達へ特大の向かい風をプレゼントし、伸ばされた手をかいくぐった。


「や・・やあーーーっ!!」


さすがに怖くて、大声で気合いを入れると、思い切り谷の手前で踏み切った。ごう、と風に後押ししてもらったら、もう二度と男達の手の届かない場所へ、身を躍らせる。


「あ・・うああーーー!!!野郎ーー!!!」

「ちくしょおおー!!」

男達の絶叫が上から響いてきた。



こ、こわい!落下が始まる瞬間、恐怖で我を忘れそうになる自分を叱咤し集中・・さっき会話しながら魔素は十分に集めてある。

頑張れ!そんなんじゃカロルス様みたいにドラゴンと戦ったりなんてできないぞ!


やれる・・はず!!

と、オレに向かって谷底から強風を吹かせる!

と、思いの外強い突風が巻き起こり、体が吹き飛ばされそうになって慌てて風を緩める。浮く、とまではいかないがなんとかフリーフォールの姿勢で安定させつつ、落下速度を落として深い谷を落ちていく。ごうごうと耳は風の音でいっぱいになり、バタバタと服がはためいて、パラシュートなしのスカイダイビングはスリリングなんてもんじゃなかった。風圧で目がろくに開けられなくてぼろぼろ涙が飛んでいく。

着地・・うまく着地しなきゃ・・。

多少のケガなら回復できる強みがオレにはある!ちょっと乱暴だけどこのまま藪に突っ込んで着地することを選ぶ。直前でもう一度強めの風を使ってなるべく衝撃を減らして・・・!


バキバキバキ!


結構派手な音を立てて藪に突っ込んだ。


「いたた・・・。」

藪ってもっと柔らかいと思ってたよ。結構痛いね・・無事と言えば無事だけれど、全身傷だらけだ。

あー怖かった・・もう二度とやりたくない・・。


ささっと回復してあたりを見回した。既に森は完全な闇に閉ざされていて、わずかな月明かりが照らすのみだ・・・でも。


「なんでだろう・・?暗いけどよく見える。」


さっきまでは暗い荷馬車にいたし、夕闇だったからちょっと夜目がきくくらいで、気のせいかなと思っていたけど・・・こんな真っ暗闇で辺りが普通に見えるのは明らかに異常だと思う・・まぁ、なんでか知らないけど今はラッキーだと思っておこう!


さて、これからどうしようかなぁ・・逃げられたのはいいけど・・。

すぐ側にはそびえ立つ峡谷の壁。これは登れない・・。峡谷の底にも木々が生い茂った森ができており、反対側の壁まで歩くと15分はかかりそうな距離がある。


広い広い森の中、広い峡谷のさらに森の中で。小さな小さなオレは、暗い闇の中で、ぽつんと一人だった。


なんだか、無性に心細くなって大きな石の影で膝を抱えて座り込んだ。・・・べそべそと幼児の顔が泣きっ面になっていく。

蹲るオレの肩からカバンがずり落ちて、地面に落ちた。カロルス様・・きっと心配してくれているだろう。もしかしたら自分を責めているかもしれない。

残される者の辛さはよく知っているから・・だから伝言を残したんだ、アレを嘘にしてはいけない。絶対に帰って、カロルス様をビックリさせるんだ!

本当に辛いのも、寂しいのも、オレじゃなかったね。


オレはごしごしと顔を拭うと立ち上がった。ぎゅっとカバンのひもを握りしめて、暗闇の中をとことこ歩き始める。

とりあえず、休息を取れる場所を確保しよう。ここにも魔物がいるだろう、こんなご馳走が歩いていたら大喜びだ。


幸いこんな小さな体だから、潜り込めそうな所は色々あった。峡谷の壁にいくつも亀裂があったので、手頃な大きさの亀裂を選び、ナイフで刈った草で入り口をカモフラージュしておく。横になるほどのスペースはないが、なんとかオレ一人が体をねじ込める奥行きがあった。四方を壁に挟まれながら、どこか安心する。小動物ってきっとこんな気持ちなんだろうな・・。


こんな状況だけど、睡眠を欲する幼児の体は、いとも簡単に眠りに落ちた。



翌日、ぐっすり眠って気持ちよく目覚めたオレ。あーよく寝た!

・・・ってあれ?今の状況を思い出してちょっと呆れた。何のんきに爆睡してるんだか・・魔物がうろつく夜の森で、しっかり眠れてしまうオレ。大物すぎるだろう・・。

今は多分・・昼前ぐらいだろうか?太陽は真上からは外れている。用心しつつ亀裂から這い出してうーんと背伸びをした。


「・・・・・えっと・・おはよう?」


目の前にいるものが、こちらを不思議そうな顔で見ている。とがった耳、突き出た鼻先、もっふりした尻尾、白い体毛。

えーと・・・オレが知ってる中でこれに一番近い形の動物は・・・うん、きつねだな。


オレはそっと手を差し出してみる。その白いきつねモドキはオレの顔を見て、手のひらを見て・・・ヒョイと飛び乗ってきた。



そう、見た目はきつねっぽいけど・・・・その生き物は、体長が大人の人差し指くらいしかなかった。



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