第26話 男達の狙い
あいつはわざわざ貴族、と言った。それにお前は、とも。オレ以外は返さないってことだ。平民は返さず、貴族は返す。平民と貴族の違いってなんだろう・・身分、立場、役割、財産・・あいつらが何かしようと思うもの、やっぱりお金、かな?紋付きにしたオレを貴族の元に返して泥棒でもさせる・・・?
あたりが暗くなる中、街道を逸れ、整っていない道に入ったらしい。かなり激しく揺れる。オレは板のささくれに猿ぐつわを引っかけて外すと、一番お姉さんの猿ぐつわも口を使って外した。
「かばんの中の、ナイフ、とれる?」
お姉さんは一生懸命ごそごそしてナイフを咥えて取り出してくれた。さすが年上!オレが口を使って鞘から出すと、お姉さんに渡す。後ろ手に縛られているのでオレでは切れないのだ。
「おくちでナイフを使って、このひも、切って。おてて きれても 大丈夫だよ。」
にこっと笑うと、尻込みするお姉さんを励まして切ってもらう。ひもは大した太さもないもので、カロルス様なら「ふんっ!!」って引きちぎりそうなやつだ。すぐに切れるだろう。ただ、揺れる薄暗い馬車の中、咥えたナイフでヒモを切るんだ、あちこち切られることは織り込み済みだ。痛いけど、頑張るお姉さんに申し訳ないのでぐっと堪える。なんとか切ってもらったころにはあちこち傷だらけだったが、全部癒やしてからお姉さんに見せる。
「ありがとう!じょうずだね!」
「・・え?そんなハズ・・。」
お姉さんはしきりと首を捻っていたが、傷つけていなかったことにホッとしたようだ。荷台が暗くて良かった!
両手が自由になったオレは、次々とみんなの縄を切った。
ホッと一息つく子ども達。
「ねえ、あなた・・貴族の子なの?だったら!だったら貴族様が探してくれてるんでしょう?兵隊が来てくれるわよね?」
どうやら外での会話を聞いていたようだ。
「う・・うん、たぶん・・・?」
オレは本当は貴族の子じゃないけどね・・。この時、ふと気付いた。平民と貴族の違い・・もしかして。平民は立場もお金もないから、大規模に捜索したりできないだろう。一方貴族の子が攫われたら・・貴族のメンツにかけて兵を動員し、見つかるまで探そうとするだろう・・・それはヤツらにとって避けたい未来のはずだ。金を手に入れてやりたいことは、堂々と豪遊することみたいだからな。それを避けるためにオレを使うんだとすると・・紋付きにして貴族の元へ行かせ、させたいことは・・・・。
・・・・それは、それはもしかして・・カロルス様を・・?!
オレは、ゾッと身震いした。カロルス様は、オレを全く警戒しない。いくらでも害する機会が生まれてしまう。カロルス様は強い人だ、そんなことで・・と思う。思うが・・・例えば、毒なら?ほんのかすり傷でも致命傷かも知れない。食事に混ぜれば、カロルス様は何の疑いもなく食べてしまいそうだ。
オレは、子ども達だけでなく・・初めて俺自身、何があっても逃げることを決めた。
『森のうさぎ』で紋を付けると言っていた。この森の中にアジトがあるなら、もう時間があまりない。オレは、自分に価値があることを知っている。最悪、他の子を逃がしてもオレが残っていれば深追いしないだろうと踏んでいた。いくら見目が良くても普通のこども達だからね。でも、オレも逃げるとなると・・どうしてもだれかの協力がいると思う。悪いやつらを捕まえてくれる人がいないと、逃げたってまた捕まってしまう・・。
手紙は、カロルス様に届いたろうか?手紙を読んでいても読んでいなくても、今まで接触がないのなら、勝負はこの森まで・・。それ以降はオレにもカロルス様にも情報がない・・と思う。
なんとかして周囲の様子を知ることができないかな?もし近くに兵がいるんだったら、情報が伝わっているって言うことだ。そう、魔法・・ここには魔法がある。体の不調を探すように、空間から生命を探したらどうかな?
オレは静かに瞳を閉じて集中する。どうすればうまくいくんだろう・・?俺自身の魔力を広げるのは・・・ダメだ、範囲が狭い。薄く薄く風に流してもせいぜい1kmってところだろう。
・・ん?オレ自身の魔力が少ないなら外から足せばいいんじゃないかな?
思いついたオレは、大気中から魔素を次々取り入れながら、風に乗せて薄く放出していく。
・・・・これは、難しい。額に汗が浮かぶ。まるで大気と回路を繋げたかのようだ。
でも・・・いける!これなら何キロ先でも見つけてみせる!
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「カロルス殿、それは本当か!?」
「ああ、確かな情報だ。この場所に心当たりはないだろうか?」
馬を飛ばして街に戻った俺は、急ぎ準備を整えるためキルギス伯に声をかけた。敢えて情報源は教えない。攫われた2歳児からの手紙だぜ!なんて言ったら頭を疑われる。
キルギス伯は眉根を寄せる。
「トーツの森は知っている。だが・・・範囲が広すぎる。」
「・・協力を得られるなら、兵を森に集めてくれ。これを逃すと、もう情報がない。」
「・・・仕方あるまい。神の加護があることを祈ろう。」
かき集められるだけの兵、雇った冒険者たち、とにかく人手を集めて人海戦術に頼るしかない。俺たちは巨大なトーツの森に向かった。
既に時刻は夕刻。暗くなってしまえば森の中で捜索するのはかなりの危険を伴う・・夜になれば兵たちは引き上げるしかないだろう。徐々に薄暗くなっていく中、襲撃を警戒しつつ、少しずつ探索魔法で森を探っていく。
街道から夜になるまでにたどり着ける場所、それだけでもかなりの範囲になり、焦りだけが募っていく。あたりは暗くなり、キルギス伯が躊躇いがちに、俺に声をかけようと近づいてきた。
ヒュウウ・・・
突然、空気を裂いて妙な音が聞こえたと思った、次の瞬間、
ドーーン!!
激しい破裂音と共に、あたりが明るく照らされる。一瞬・・・西の空に、大きな光の華が咲いた。
な・・なんだ?!
襲撃かと浮き足立つ兵を鎮めながら西の空を見つめる。
ヒュウウ・・・ドーーン!
ドーン!!
美しく広がる光の華に、俺は思わず笑みがこみ上げてきた。
・・・こんな森の中で、こんな馬鹿げたことをやってのけるのは・・・
俺は確信をもって叫んだ。
「あそこだ!!あの光の花の下にいるぞ!!」
全軍に伝令を飛ばし、全速力で現場に向かう。
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・・・見つけた!
周囲に魔力を広げはじめて5分ほどかな・・?5キロほど先に大勢の人らしき集団を見つけた。カロルス様・・来てくれたんだね・・胸が熱くなる。思わずこぼれそうな涙をこらえて、作戦を練る。まずは、見つけてもらわなくてはいけない。これには案があるけれど、これをやると悪いヤツらも気付く。すぐに逃げるしかないだろう・・幸いカロルス様たちは森の中での移動手段があるのか、随分早い速度で移動している。
オレはしばらく悩んだけれど、心を決めた。
「みんな、聞いて。」
オレは明かりをつけて、みんなを呼んだ。
「あのね、すぐそばまで、助けが来てるの・・でも、悪いやつらに紋付きにされる場所も、もうすぐなの。」
「どうしてそんなこと分かるの・・?でも、夜に捜索隊の兵は出ないわ・・もう、終わりよ。」
年かさの子達の一瞬輝いた瞳が、絶望に沈んだ。幼い子達は、助けが近いことしか理解できず、目を輝かせている。オレは息を吸い込んだ。
「ううん、だいじょうぶ。オレが、みんなを逃がしてあげる。・・だから、ね?夜のもり、みんなで走ってくれる・・?」
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