森の出逢い

「迷いの森の魔女……」

 向こうでは、魔女という概念はかなりポップで親しみやすい、魔法少女というものと同列に考えられたりなんてするものだった。しかし、目の前の魔女は俺にしっかりと身の危険を感じさせた。少しでも気を許してしまえば、そこから取り返しのつかないところまで一気に引きずられてしまいそうな深い光を携えていた。

「し、師匠……に、人間が! ここに!」

「知ってるわ。あなたが修行をサボって居眠りをしていたのもね」

 少女の背筋が吊られたように素早く伸びた。今のやりとりと少女の伸びきった背筋で二人のおおよその関係が分かる。

「あなた冒険者ね。ドラグニフにはどこで会ったの?」

 答えたかったが上手く声が出せない。ドラグニフってたしか最初に会った煮干しジジイ……。

「ど、ドラグニフ氏の知り合いなんですか⁉︎」

 少女が喧しく喚き散らしていると、魔女が少女に向けて小さく指を動かした。すると、少女の口がまるでチャックで閉じられたみたいに開かなくなった。モゴモゴしている。

「ごめんなさい、もう少し話しやすくしましょうか」

 魔女の言葉と同時に、それぞれ違う場所からはぐれたみんなが飛び出してきた。

「す、すごい綺麗な人!」

 青年が驚きのあまり声を上げるがそっちかと思わずツッコミそうになる。

「ていうか浮いてない⁉︎」

「まさか……魔女か!」

 各々驚いているがまだ魔女と断定していない。そうか……こっちの人は魔女というのを話でしか聞いたことがないんだ。だから、こんなに分かりやすいとんがり帽子を見ても、口元の色っぽいホクロを見ても、すぐに魔女だと分からないんだ。

「……むむむっぅぅぁぁぁぁぁッ! ええいっ! 頭が高いぞこのクソシモジモ! この方をどなたと心得る!」

 口チャックをどういう理屈か気合で(そう見えた)解除した少女は威勢よく喋り始めた。というか、口上がどこぞの黄門様だし微妙に口悪いし。

「この方は伝説の魔女にして“開拓者”の一人っ! ロマンナ・ミロネティ様だぞ!」

 俺はそれを聞いても開拓者という単語が少し引っかかったくらいだったが、他の四人は小さめのスイカくらいなら突っ込めるんじゃないかと思うくらい口を開けて驚いている。

「ま、まさか……森の魔女が……あのロマンナ様⁉︎」

「はっ、姫! 落ち着いてください! まずそのみっともない顎をしまって!」

「す、すごい! 本物の開拓者……!」

「これはツイてるな」

 開拓者と呼ばれる人たちの凄さや偉業は散々聞かされていたから、みんながこれだけ驚きはしゃぐのも無理はないと思う。だけだ、やっぱりイマイチ素直になれない自分がいる。最初にあったのが煮干し爺さんだったからか?

「おい! お前も驚いた方が身の為だぞ……師匠にかかればお前なんざ一瞬で氷漬けにムゥゥゥフゥゥ!」

 威勢の良すぎる少女の口が再びチャックで閉じられる。……元気だな。

「あなたは……あまり驚かないのね。私としてはありがたいけれど」

 妙に色っぽい、だけど透き通っていて出した側から森の空気に溶けて混ざってしまいそうなロマンナさんの声にドキっとしてしまう。妖艶という言葉がここまで似合う女性もそうはいないだろう。

「まぁ、一応ドラゴンと仲良しの爺さんに会ってるんで……。そのおかげか、あんまりその……開拓者って言うんですか? それにも凄さ感じなくて」

「ふふ、やっぱりドラ爺と会ったのね。服装が彼の好みそのものだもの。他にも色々と細工されているみたいだし。あなたを見た瞬間、真っ先に彼の仕業だと分かったわ」

 ドラ爺と呼ばれる煮干し爺さんの話をする時のロマンナさんの顔は少しだけ子供っぽく見えて、それがまた魅力的だった。同時に開拓者と呼ばれる人たちの思い出に触れられた気がした。伝説じゃない、誰にでもあるような、そんなものに。

「ん? どうしたの……そんなに震えて」

 ふと見ると、四人はこちらを見ながら身を寄せ合って震えていた。

「ど、どうしたって……何普通にロマンナ様……あ、いや、ロマンナ様なんて馴れ馴れしい……ああ、なんでお呼びすればいいのかしら……」

「姫さま、落ち着いてください……。ああ、気にしないでくれ。姫様はロマンナ・ミロネティ様に小さい頃から憧れててな。ロマンナ様に会いたいというのも冒険に出た理由の一つなんだ」

 えらく説明口調のセリフから見るに鎧男も緊張しているようだった。それにしたってすごい変わりようだ。こちらの世界だと超有名な芸能人とか大統領に会ったくらいのリアクション、いやもっとすごい。

「ふふ、それは嬉しいわね。こんな可愛らしい子の憧れだなんて。少し場所を変えましょうか。ココ、私は結界を整えるからこの方たちを樹屋じゅおくに案内しておいて」

 チャックを解除された少女が大きく、大袈裟に息を吸う。なんだか楽しい子だな。

「分かりました! 客人と分かればこのココ、この世の全てより深い愛情で手厚くもてなして見せます!」

「空間転移はナシ、重力魔法のみで彼らに移動してもらうこと。時間を取らせてはいけないから一度に全員よ」

 それを聞いたココの名乗る少女の顔が分かりやすく歪む。なんなら声も出てた。

「師匠……ここからハウスまで結構ありますよ? 私含め六人一気はちょっと……ねぇ?」

 ねぇ? とこちらを見られても俺にはどうすることもできないし、まず何を言っているのかさっぱり分からない。

「ま、仕方ないですね……。師匠が言うなら弟子の私はそれに従うまでです」

「居眠りのペナルティで重力は通常の三倍ね」

「あ、師匠無理です。無茶ぶりです。考え直していただけませんか。ねぇ、あの……」

「もし、彼らに少しでも何かあれば……分かってるわね」

 ココが唾を飲み込む音が俺の耳にまで届いた。ロマンナさんもさっきまでとは違いすごい圧だ。

「……スクワット三千回……いや五千……」

「……え?」

 魔法、魔女、ときてまさかスクワットなんて単語が飛び出すとは思ってもみなかったから、思わず声が出てしまった。思ったよりも武闘派らしい。それともアレだろうか、魔法を使うにはまず魔法に耐える身体を作る的なアレだろうか。しかし、考えれば考えるほどスクワット三千回はよく分からなくなる。あまり気にしないでおこう。

「頼んだわよ」

 そう言い残すと、ロマンナさんは一瞬でその場から消えてしまった。生まれて初めて見た瞬間移動だった。

「き、消えた……」

「では……我々も行きましょうか」

 ココが指先をちょいと動かすと、途端に五人の体は重力という縛りから解放され、宙に浮かび上がった。落ちたら捻挫するくらいの高さまで上がると、高度は一旦落ち着いた。なんだか、不思議な気分だった。フワフワと自分の体が柔らかいもののように感じる。

「す、すごい……! 前に国に来てた旅の奇術士とは安定感も浮き心地も高さも……まるで違う」

 騎士が浮き上がる自分の体を見て驚きの声を上げる。他の皆も同じように驚いている。

「当然ですよ。私はあのロマンナ・ミロネティの最初にして最後、唯一にして無二の弟子、ココロですから。そこいらにいる雑魚魔導士……いや、奇術士でしたっけ? とは鍛え方が違うんですよ。あなたの鎧重いんですけど。あとあなたの筋肉」

 魔法というよりココに一抹の不安を感じつつも俺たちは宙を泳ぐように『樹屋』に向かうのだった。

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