異世界旅行記
大石 陽太
プロポーズ
将来の夢は? と聞かれると、必ず黙ってしまう子供だった。別に考えてるわけじゃなくて、単純に夢がなかった。
そう、ただそれだけ。
それだけの、話だった。
「じゃあ、お疲れ様です」
「おう! そっちも頑張れや!」
俺は苦笑いをして課長に軽く頭を下げると、見上げた空に息を吐いた。
吐き出す息もすっかり白くなり、イルミネーションが眩しい季節になった。今日は中でも特別、赤と白の髭老人が、プレゼントの入った袋を持って街中を闊歩する日だ。
「ふぅ……行くか」
最後にもう一度、決意を固めて歩き出す。それにしても、今日は本当によく冷える。雲もあるし、予報にはなかったけど雪が降るんじゃないか。
いつもより浮き足立った街の雰囲気を切り裂くように歩いていく。目的地が近づくにつれて手の平に汗が滲んでくる。迅る気持ちを抑えきれず、走り出す。
久しぶりだな、こんなに走るのは。
目的地についたときには下半身が悲鳴をあげていた。
約束の場所はクリスマスのデートスポットとして有名で周りもカップルばかりだ。規則正しく並んだ木にはイルミネーションが飾り付けられ、辺りを青白く照らしている。
「……ほ」
一瞬、見入ってしまう。ここ、こんなに綺麗だったのか。
「はあ……ふぅ」
大きく深呼吸をして息を整える。走ってきたと思われるのは何だか恥ずかしい。自分の頰を叩いて気合いを入れる。よし!
「おーい……」
「うわぁ‼︎」
びっくりして振り返ると、長髪の綺麗な女性が俺のすぐ側に立っていた。
「……いつからいたの?」
「うーん、三〇分くらい前?」
「ええと、じゃあ……」
「全速力だったね」
彼女はニヤニヤとこちらを見てくる。全て見られていたのだ。とても恥ずかしい。
「そ、それじゃあ……行こうか」
「うん!」
そこから二人で慣れない高級なお店に入って食事をした。緊張であんまり味は覚えていない。彼女はいつものように目を輝かせていた。
「ふー美味しかったー!」
何の屈託もない感想を述べる彼女を見ていると、とても晴れ晴れとした気分になる。
彼女と付き合い始めてちょうど三年、特に大きな喧嘩もなくここまできた。考えて考えて、とうとう決断した。
「この後……時間ある?」
あからさまに緊張した僕の言葉に彼女も何かを察したのか、照れ臭そうに俯いた後、一言だけ「うん……」と答えた。
「やっぱり綺麗だね」
彼女は普段と違って落ち着いた感想を言った。彼女の横顔は、この夜景にもイルミネーションにも負けないくらい綺麗だった。
「うん……」
何度も見たことのある夜景だったけど、今日は特別だった。
「もう三年も経つんだね……」
「うん……」
俺と彼女は、三年前のクリスマスにこの街はずれの高台で出会った。彼女は彼氏にひどい振られ方をされたらしく、以前、友達と来たことのあるこの高台で泣いていたらしい。お互い、何か通じるものがあったのか自分でも驚くくらいすぐに仲良くなり、やがて交際し今に至る。
「あのさ……」
だからクリスマスでもあり、俺たちが出会った日でもある今日、ここでプロポーズすると決めた。
「…………はい」
心臓がありえない。体の内側で生き物のごとく暴れている。落ち着け……落ち着け……落ち着くんだ……。
「俺、君のことが好きだ」
「うん……知ってる」
「君にはたくさん迷惑かけてきたし、これからもかけるかもしれない。でも、それ以上に君を幸せにできる自信があって、君の笑顔が何よりも好きで……それで……」
いつの間にか俯いていた。彼女からの返事もなくなっていた。
慌てて頭を上げると、彼女は……泣いていた。心の底から嬉しそうに、こちらに微笑みかけながら、大粒の涙をボロボロと流していた。彼女がこんなに泣いているところを初めて見た。
「うん…………知ってる」
さっきまでの緊張は消えていた。俺は改めて彼女を見据えて、ポケットから指輪の入ったケースを取り出した。
「俺と結婚してください」
「……………………………………はいぃ」
その時、彼女に見せた指輪に何かが落ちた。
「これは……」
雪が、降っていた。予報にはない雪だ。きっと積もらないし、すぐに止んでしまうだろう。だけど、俺たちにとってはとても、とても特別な贈り物になった。
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