閑話

1「やばいです! ちょべりばです!」


 窓からランニング駆足をする隊員等が見える。彼等は、談笑しながら走っている。笑い声は、第1中隊事務室に迄入って来た。


「1中隊、鈴宮3尉、入ります」

「はい。どうぞ〜」


 ついでに鈴宮3尉も入って来た。


「要望書を持って参りました」

「ありがと」


 私は、バインダー図板に挟まれたそれに目を通す。大体、変な所は無い。


「これ、車両用燃料には、観閲式の分も含まれてるよね?」

「はい……その通りですが」

「うん。普段は書かなくても良いんだけど、ここ異世界だからさ。日本から遠いところだからさ、変に追求されない様に但書きで良いから書いといて。『但、日ビ観閲式の演練用等含む』みたいに分る様にしてくれれば良いから」

「了解しました」


 実際に前回、月間報告を求められ送った所、戦闘で大量消費した事で本国から電話が来てしまった。「何に使ったんだ」と。補給本部も薄薄勘付いたのだろう。

 恐らく、陸上自衛隊で自衛隊法を元に人、又はそれに準ずる者を殺傷したのは我我が初めてだろう。政治に出汁に使われるのが目に見える。


「自衛隊が派遣先で戦闘。死傷者が出ています」


 事務室に情報収集と云う名目で点けっ放しで置いてあるテレビが、そう発した瞬間、場に居た全員がテレビの方を向いた。


「政府関係者が明らかにしました。具体的な被害は明らかにしておらず、先程の官房長官会見では、先先月に派遣部隊から報告を受けたが正確に確認出来ていない為、国民に不要な不安を煽らない為にも公表は控えていた、と詳細は語られませんでした」

「あーあ」

「遂にバレたか」


 墨田や京谷は、和ます様に言った。私も思わず、失笑してしまった。


「えぇ……凄いニュースが飛び込んできましたね」

「はい。こちら、派遣部隊というのが、今年4月に戦闘機等が相次いで失踪した事件で、捜索の為派遣された中央即応連隊や部隊を輸送する海自護衛艦等だそうです」


 私を含め、皆、テレビに釘付けになっている事に気付いた。


「じゃあ鈴宮、観閲式に向けて、演練と士気向上を宜しくね」


 私は、言うつもりのなかった事を伝えた。兎に角、誰かが仕事に取り掛からなければ、恐らくニュースが終る迄見続けてしまうからだ。


「了解しました。任せて下さい」



「マイクを試す。マイクを試す――」


 いよいよ迎えた、合同観閲観艦式。設営は、両国が合同で行った。この準備で、総員、多少なりともビルブァターニ臣民と交流する機会があり、ビルブァターニ語の「はい」「いいえ」位は分る様になった。

 ここは、日本で言う霞が関、官庁街。沿路には、異世界から見ても歴史的であると云う建造物が建ち並ぶ。建国前から地域の集団が行政に使用していたそうだが、それを現在も庁舎として使用しているらしい。財務省たる銭繰部局、防衛省たる軍事部局、総務省と言うべきか宮内庁と言うべきか迷ってしまう内宮部局等等が揃っている。書類を電波で送るより、走って届けた方が早い位だ。寧ろその為か。

 そして、この道の終点にあるのはこの国の中心部、宮殿ヴァルキリー。通行人みちゆくひとを見守っている、と言うより見張っていると言った方が正しいと思わせる厳かな雰囲気だ。

 今日午後、私達はここを行進する。外国の軍隊が車両迄持出してこうした国の中枢を行進するのは、余程の友好国かその国を傀儡としている他は、侵攻して手に入れた街を凱旋する位しかない。批判されるリスクを冒してこれをする理由は、両国の友好と日本がビルブァターニ帝政連邦を国として承認した事の宣伝と、イツミカの侵攻を退けた事を記念するパレードに参列して欲しいとビルブァターニからの申請、後押しがある。

 今、この道は通行規制が敷かれ、関係者の他はここにはいない。観客が入場するのは、午後になるから沿道にも人集りはない。何も通らない大きな道の真中で、一人、考え仰いでいると、何回も見た事のある鈴宮の焦った顔。鈴宮は、例の如く走ってこちらに向ってきた。


「やばいです! ちょべりばです!」


 ちょっと古めの流行語を話す鈴宮を久々に見た。以前、鈴宮の死語を聞いたのは……。


「奴です!」


 確か……。


「辻士長が、身分証を紛失しました!!」


 あ、そうそう。1小隊の子が身分証を亡くした時だ。


「辻かぁ……。これまた、何で今更。確かに朝から姿は見なかったけど」

「元元、昨晩に帰隊した時に紛失が発覚したらしく、ここは異世界だし亡くしたのニ回目だし、流石に今度は許してもらえないと思ったらしく、同期だけで解決しようとしたそうです。まあ結果はこの通りで、今になって濡れた猫みたいな顔で縋ってきました」


 鈴宮の声は段々小さくなる。監督責任が問われるから、萎縮してしまうのも無理はない。それに、身分証の紛失は見付からなかった場合、当該隊員は懲戒免職だ。手続きは、小隊長の鈴宮から私を通し連隊長へ行き……届けるべき所まで辿り着くのに大勢に迷惑を掛ける。


「はぁ……。仕方無い。捜索隊を編成するか。絶対、海自に迄迷惑掛けない様にね。私も行く」



 ヴァルキリーの周囲は、綺麗な芝生が広がる。私達が最初に入城した時、駐車した場所だ。観閲式を待ち望む車両等は、ほぼ同じ場所で万全を期する。

 この街全体を、東京の中で一番高い高層ビルよりも高い事が一目瞭然である壁が囲っている。更に、ヴァルキリーもこちらは中世欧州に見られる城壁と同じ位の高さだが壁に囲われている。だから、この芝生の広場から壁が二重に見える訳だが、こんな巨大な建造物自体、大陸ならまだしも狭い列島では見る事は先ず無い。

 さて、その芝生の上で整列するのは、向って左から鈴宮、杉田、宇野曹長だ。全員が指揮官級の人物だが、未だ会場設営が完璧ではなく物を運ぶのが殆どとなってしまった今は、手空きは陸曹士にはいない。会場設営の案出は海自だから、指示も彼等が出している。問題は無いだろう。


「……みんな、話は既に隊内へ広がっているから知っているだろうが、辻士長がやってしまった」


 話を切出す方も辛い。


「今、曹士は忙しいから、私を含めこの役職、この人数しか集められなかった。……ぜ、絶対に見つけ出すぞー!」


 何を言うか迷った私は、震えた声と一緒に拳を掲げた。その拳は、完全に上がりきっておらず、その位置に持っていく様は、油を半年していない機械であった。

 さっき迄鳴いていた筈の鳥は疎か、風すらも止んだ気がした。この静けさの中に虚しく聞こえるのは、杉田の元気な「おー!」と言う返しだけだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る