第二十一部


「そろそろかな」

「エンジン点けますか?」


 私の独り言に、すかさず鈴宮が進言した。


「うん。そろそろ、会敵するだろうから、準備しよっか」


 平常心をよそおうとするが、どうしても震えてしまう。恐怖心が絶えない。

 エンジンが点いた。

 それからの位経ったであろうか。とにかく様様な事態を想定しては、部隊が壊滅するのを想像して、段段気持ち悪くなって来た。

 その悪循環を断ったのは、

爆発音であった。この爆発は何なのか、誰に聞かなくても分る。


「CBコマンダー、CBコマンダー。此方CP」


 この第一中隊中隊本部班等の乗るMRAPが、呼び出された。


「攻撃開始。繰り返す。攻撃開始。送れ」

「CBコマンダー、攻撃開始、了解」


 助手席に座る京谷きょうごくが、私に目配せした。


「第一中隊、攻撃開始! 前進!」


 もう頼れる物は、アドレナリンしかない。只管ひたすらに、叫んだ。

 透かさず、キューポラから顔を出す。前衛の戦車小隊の90式戦車は、92式地雷原処理ローラーを装備して居る。戦車の車体の前方にローラーが転がるそれをカランコロンと調子の良い金属音を鳴らしながら、90は前へ進む。

 ローラーの芯となる部分から棘が幾本も生えたかの様なそれは、その棘に因り地雷を発破させて進路を啓開けいかいする物だ。丁度、タイヤの部分にしかそのローラーは無いから、この進路が地雷原であると想定して、90の通った軌跡を成るべく通らなくては成らない。

 発進して十分。防衛線からの銃声が、鮮明に聞こえて来た。主に男の叫び声や、獣の声なんかも聞こえる。

 大河ドラマに見る様な“戦”よりも、当り前だが真に迫っている。……いや、そもそも、これはまことであった。


「CBコマンダー、此方90。敵軍最後尾を視認」

「此方CBコマンダー。了解」


 束の間の休息であった。


「CBコマンダーから各車へ。突撃の号令で、出し得る限り最大の速力で前進し、敵との距離が搭載火器等の有効射程距離に近付き次第、全力を以て攻撃。弾薬は、節約を考えず、作戦終了と同時に使い切る勢いで使用。以上」

「達します」


 私は、小声でぶつぶつと突撃後の行動概要を言った。京谷は、それを聞き漏らすことなく無線で共有した。


「突撃に〜!」


 車内で大声を出す必要はない。だが、この号令だけは、威勢良くなくては。私の何かがそう唆したのだ。


「進め!」


 間髪入れずに号令を下した。

 これには京谷も反応及ばず、マイクのスイッチに指を掛けるのは、私の号令から一秒経った位だった。

 エンジンは、唸りを上げる。土を蹴り、小石を跳ね飛ばす音が、聞こえる。

 この部隊で最初に火蓋を切ったのは、90式戦車の120mm滑空砲だった。その轟きを皮切りに、男達の怒声は、悲鳴へと変る。

 74式車載機関銃の銃声は軽い音で、恐怖心を抱かせること無く、その者を突き抜けて行くだろう。


「前衛、森を抜けました! 本隊も間も無く抜けます!」


 銃声だけでなく砲声も響く中では、皆の声が大きくなって行く。

 少し体勢を動かし、真後ろの窓から外を見る。

 丁度、鬱然たる景色は様変りし、広々とした草原と成った。

 もう、前哨線も防衛線も間近だ。人集りの奥は、何処かで必ず、天に伸びる柱とも言うべき土煙が上がっている。

 私の乗る輸送防護車は、行軍列から外れたかと思うと慣性が強く働く程の急転回の後に、窓から我が隊の勇姿が見れる位置に停車した。運転手は、狙った訳ではないだろう。

 見渡す限り、人。光で反射する鎧を身に着け、爆発を続ける遠隔起爆装置付対戦車地雷の海へ入り続ける。皆、進んだ所で、殆どの兵は進めない事等分っている筈だ。

 なのに、構わず進み続ける。「進め」と命令されているからだろうが、それでも、明らかに死ぬと分っているのに進み続ける敵兵には、寒気すら感じる。

 何が彼等の原動力なのだろうか。何が彼等の足を前へ出し続けるのだろうか。

 そんな彼等の背中に、無数の弾丸が撃ち込まれる。丁度、彼等に相対する防衛線側の部隊が射撃を止めた時だ。万に一、流れ弾がこちらに飛んで来る可能性を考慮しての行動だが、敵軍指揮官はこれを好機と捉えたのか、敵部隊は大胆な突撃を敢行していた。

 更に、120mmの対戦車榴弾が後方、詰り我々に一番近い位置に陣取る野砲を襲う。その弾は、野砲を派手に分解し、偶然にも弾薬が集約されているであろう陣地を乱した。

 これだけでもかなりの効果を発揮した。

 敵軍歩兵等は、横隊で突撃していたが、遂にそれが崩れ始める。防衛線が南に、およそ東西に伸びている。一方、我が隊は、北東から森を抜けて来た。敵歩兵は、自衛隊から逃げる様に北西へ駆けていく。統率は二の次で、戦力の保存を優先している。

 追い込み漁を遣っている気分になった。もっとも、網たる物はあちらには無いが。


「防衛線付近の各隊へ。こちらズィリジャブリ。ビルブァターニ軍を空輸する輸送ヘリ隊である。ズィリジャブリは、ヘリボーンポイントに着く」


 女の声……以前、既の所で回収に来てくれた、派遣隊飛行隊の隊長だ。

 ヘリボーンは、防衛線の西側で行われる。……もしかしたら、第3科長は、森の出口と防衛線との関係を鑑みて、敵軍が西側に逃げると予想してヘリボーン地点を案出したのだろうか。そうであれば、彼の戦術或いは作戦の立案能力は、自衛隊指折りと言っても過言ではない。陸上総隊運用部長の歴は伊達じゃあないらしい。現に、敵兵は北西へ転進している。

 私には、どうやらキュポラーから顔を出さずには居られない習性があるらしい。またもや、待つ事が出来ず、そこから顔を出した。

 ヘリボーンポイントの方を見る。全体を俯瞰すると、更に奥の空に黒点がある。それは、段々と大きくなる。それに連れ、それの正体が何なのか分った。

 固形に近いスライムをつまみ上げた様な、下っ腹が出ている影。真前から見ると「凸」の字の如き姿をしている。その上には、細長い棒が点滅している。その棒は、回転していると大体の人が分るだろう。

 長方形の箱が、向かって来る。白いその胴体は、青い空ならまだしも白い雲に重なると目を離さなくとも分らなくなる。

 あれは、其其それぞれ輸送ヘリコプターのCH−47Jと掃海・輸送ヘリコプターのMCH−101だ。

 その羽音は、よく聞くと巨大な虫の持つそれの様で、段段不安になって来る。

 2機のCH−47Jは、7機のMCH−101を纏い堂堂登場した。未だ小さい儘、CH−47Jは接地し後部ハッチを開け、人を吐出し始めた。出て来る人の殆どは何時もと違い、迷彩柄の陸上戦闘服を着ていなかった。あれが、ビルブァターニ軍の兵士なのだろう。遠巻きに見るからよく分らないが、長い棒を装備している。槍の類だろうか。

 ビルブァターニ軍は、ヘリボーンするやいなや、現代の軍人宜しく展開し隊形を作った。自衛隊でも、正面火力の発揮に持って来いとされる、横隊である。

 これで、四方が固まった。我が方の高い機動能力で、敵に有利な陣地を占領出来たのだ。袋の鼠である。

 イツミカ王国軍は、もう行き場が無い。部隊は遂に、静止した。武器を放り捨て、仰向けに寝そべる。これが、この世界での降伏の合図なのだろう。

 今回の戦いも、自衛隊の戦闘に於ける死傷者を一人も出さず終える事が出来た。しかも、相手方の必要以上の死者を出さずに、だ。


「CBコマンダー、CBコマンダー。こちら一番槍、桐班! 敵に抵抗の意志は見られない」


 この迂回部隊の前衛、筆頭であった筈の90式戦車を差置さしおいて、この車両突撃の一番槍を自称する桐班からの報告は、戦闘の終了を意味していた。

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