第十三部

 しかし、自衛隊には、世界が二千年以上積み重ねられた戦史と、それと……


「自衛隊には、偵察技術と戦闘能力があります」


 今から死ぬ気で現地の測量や詳しい作戦の立案をすれば、やれる。

 今度は、さっきの航空写真が拡大されたものが映し出された。

 粗い画質だが、そこに写る人が何を持っているかは分かる。


「敵がどの様な武器を所持しているかは解明されていません。先の襲撃において、ボルトアクション式ライフル銃を使用したと、一中隊から報告が上がりました。敵は、中隊から連隊規模。敵勢力が何者なのか、全く分からない状態です」


 拳を挙げた私と目が合った。何故、ここで私が拳を挙げたかは、ここへ連れて来た人物が関わる。


「イリューシャン。お願いできる?」


 イリューシャンは、こくりと頷いた。パジャシュは猛禽類のような眼をするが、イリューシャンは、そう、猫が牙を剝き出した時の眼をしている。何をも貫きそうな眼差しを、膝の上にちょこんと乗せて居る自分の握り拳に向けている。


「ビルブァターニの騎士旅団副旅団長に、敵に関してお話を伺うのは如何でしょう」


 私が座るのと入れ替わりに、イリューシャンが立ち上がった。


「ビルブァターニ帝政連邦内宮親衛軍神聖ロリ守護騎士旅団副統括旅団長のイリューシャン・パブリコーフ・リチャフです」


 イリューシャンが一礼すると、昨晩、と言っても数時間前だが、私がわしゃわしゃとした成果が匂った。その長髪は、最近洗えなかったのか、泡立ちが悪かった。

 だから、一旦水で流し、今度は貴重な衛生用品を三回もおし出して、イリューシャンの長髪が泡立つよう尽力した。


「子供?」


 先ず、進行役の男が口にして、パジャシュの部隊を知らない者達が露骨に戸惑い始めた。

 心配してイリューシャンを見ると、彼女は俯いている。

 イリューシャンが俯き黙りこくっているのに気付き始め、遂に指揮所内が静かになった。そして、大学を出て指揮幕僚課程を修了したり、何個もの課程を修了したり、防衛大学校で四年間専門的な教育をみっちりさせられたりした幹部達に対応する隙を与えず、イリューシャンは剣のつかを握った。

 一般的な日本刀より少し短い剣は、一瞬でするりと鞘から抜けた。逆手持ちのまま、彼女が次にとった行動は攻撃ではなかった。彼女は、つばの辺りを左胸、右胸の順に鎧にぶつけていった。

 その結果、安っぽい鐘を打った様な音が鳴った。皆、それに圧倒され、口を噤むだけでなく動きさえも止めてしまった。

 さっきの行為は、あたかも別人がやったと錯覚する程に、剣を収める動作は普段のイリューシャンらしくお淑やかであった。


「子供で失敬」


 イリューシャンは、澄ました顔をした。


「貴方達を襲った者は、イツミカ王国。特に、貴方達をつい先程上空から襲ったのは、その魔導部隊。私達は、それをムグラ……日本語ではえっと……"かすみ"? と言うのかしら」

「その部隊の詳細は? 何か知っているのか」


 巻口連隊長が喰い付いた。


「魔導部隊という事しか。人員、兵器、機動力、指揮官……何もかも分かっていません。ですが、先程の襲撃で、最高級の攻撃魔法を使おうとした者がいました。それ程の練度を持っているのでしょう」

「魔導部隊とは何が出来るの?」


 今度は私が問い掛けた。


「……ああ。そもそも、魔導は日本には馴染み深くないものでしたね。魔導部隊は一般の兵では使えない、射出器が使用出来ます。しかも、空中機動が自由に行えます。」

「一般の兵を超えた装備に空中機動? まるで空挺団だな」


 誰かが茶々を入れた。


「くうてい団?」


 彼女は、首を傾げた。流石に、自衛隊の詳細な編成は知らないらしい。話が円滑に進むよう、すかさず私が補足する。


「陸上自衛隊陸上総隊第一空挺団。陸上自衛隊で唯一、飛行機から飛び降りて早く展開する専門の部隊で、私達みたいな一般部隊とは違って、より一層激しい訓練と決死の覚悟を迫られる人達」

「それでしたら、明らかに霞の方が脅威です。奴らは、国王の命令とあれば、喜んで死に行く人達です。私は目の前で、それを何回も何回も何回も……見て来ました」


 そう言って、地面を蹴った。

 ここで誰も、「空挺団も同じようなものだ」とは言えなかった。

 空挺団も、死地のど真ん中に降ろされ、少しでも着地体制を間違えば骨を折るならまだしも銃剣が刺さる恐れもある。正に死を常に、訓練であろうと覚悟している部隊だ。

 ……あくまで、私が言伝ことつてで聞いただけなのだが、基地襲撃訓練の敵役を任された時、両手に手榴弾てりゅうだんを握り締め突撃したり、演習の際に最低有効射程ぎりぎりで110mm個人携帯対戦車弾、通称LAMを敵役戦車に射撃を行ったりした事もあるらしい。噂とは言えこんな話が出回るのだから、それだけでも脅威であると言えるだろう。


「失礼しました。イツミカ王国は、その長い歴史の殆どが戦争で構成されています。ビルブァターニの国境沿い、特にヤーポニア山脈山麓さんろくを占領しています。外交に関しては鼻で笑ってしまいますが、戦争に関しては超一流です。ビルブァターニが全国から部隊を集めれば一蹴出来そうな戦力比ですが、王国軍は練度と精神で圧倒すると予測されています。ですから、ビルブァターニとしても戦争は避けて来た訳ですが――」

「遂にあっちから仕掛けて来た……と」


 巻口連隊長が頷きつつ言った。

 それに対して、イリューシャンが同意する。


「自衛隊の大量召喚が引き金と言えるでしょう。他に何かあれば、逐次お答え致します」

「ありがとうございます。我々は、イツミカ王国を暫定的に武装集団として認識します。その方が都合が良いですからね」


 進行役の男は、自分の役目を思い出したかのように冗談を交えつつ喋り始めた。


「我々、連隊本部班は総力を結集し、作戦を立案しました。第ロ号作戦です。概要は、今配られている資料をご覧ください」


 私の元にも資料が回って来た。

 「行方不明者捜索に係る災害派遣で発生した派遣先の国家に対する侵略行為に対する第二号作戦概要」が、資料の主題だ。何か……ね。

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