第十八部

「新渡戸中隊長ですか?」

「はい?」


 陸上迷彩に身を包んだ男が一人、私に尋ねた。


「陸路回収隊隊長を拝命されました、本管の輸送誘導隊長大楠おおぐすです」


 大楠隊長は敬礼をした。私がすべきことは答礼なのだが、イリューシャンを背負っている為、どうしても手が空かない。


「大楠? え、第一中隊じゃなくなったの?」

「はい。今回の派遣は、邦人等を多く輸送すると見込、独立しました」


 元々、輸送防護車、通称MRAPは、各中隊所属であった。なので、大楠とは見知っている。

 車両の編成は見る限り、MRAP2両、1トン半救急車2両、96式装輪装甲車が2両、そして警護と思われる軽装甲機動車が2両だ。

 恐らく、怪我等を考慮して輸送防護車と1トン半救急車に邦人を分乗させ、96式装輪装甲車、通称WAPCには私達中即連が乗り込むのだろう。ただ、イリューシャンは私から離れない限り、WAPCに乗せるしかない。旅団構成員の方々は、これからどうするのだろうか。

 WAPCをよく見ると、通常の型とは何か違う気がする。

 このWAPC、海外派遣用のものかもしれない。ボルト止めの増加装甲が、キュポラ―には上体を出した時に乗員を保護する装甲板が取り付けられていた。そして、WAPCの上部には手すりが取り付けられていた。これは、Ⅱ型でも通常型等でも形式化されていない。96式装輪装甲車Ⅱ型を更に改造している可能性がある。

 全車両に分け隔てなく、海外派遣の時に用いられる日本国旗の大きなステッカーと「JAPAN」と印字されたステッカーが貼られている。最早、ただの海外派遣活動だ。

 あ、いや、まぁ、"海外"である事には変わり無いが。

 私達はそれぞれ分乗して、駐屯地へと向かった。

 壁外にある駐屯地は、そのまま壁外駐屯地と命名され、隊舎等の設営は完了したそうだ。敷地もかなり広いようで、基本的に活動の中枢になるのはここになる事はほぼ間違いないそうだ。

 WAPCの車長席に座っていた陸路回収隊の方と、私達が留守にしていた間にどれ程駐屯地設営が進んだか等を聞いたのだが、遂に話すことも話されることも無くなった。

 輸送されている間は、我々歩兵は役に立たない。

 そう考えたら、一気に体に力が入らなくなった。大きく息をき背中をWAPCに預けた。

 私はかなり動いたのにも関わらず、イリューシャンは相変わらず私の膝を枕に横になっている。

 ここまで疲れていると、乱雑なこの車体の揺れでさえ睡魔を呼び寄せるようだ。

 しかし、石か何かに乗り上げたのか、車体がガクンと大きく揺れた。


「きゃ」


 イリューシャンが可愛らしい声を上げて起き上がった。

 ……これは寝覚めが悪いだろうな。

 私は山に訓練に行った帰り、中型の中で目を覚ましたが、視界いっぱいに高速道路が広がっていたと言う経験をしたことがある。勿論、班長が許可したから寝たんですよ。


「ここは……?」

「自衛隊の車の中。今、帰ってるところだよ」


 イリューシャンと目が合った。だが、まだ寝惚けていてはっきりと見えていないのか、右手を丸めて目を擦っている。いや、これは“顔を洗って”いる?猫みたいに……。

 収容所に侵入する前にちょっとだけ、猫耳を目撃したがこれは伊達ではないのか。顔を洗ったら、今度はその手を舐めている。

 何もする事が無いので、その姿を見ていたら目が再び合った。丁度、舐めた手で顔をもう一度洗おうとしていた時だ。イリューシャンの動きが止まった。


「にゃあ!私は、他の種族の前で何て事を……。昔からの癖をやっちゃった……」


 その様子を見ていた隊員達は笑った。勿論、馬鹿にしている訳ではなく、単に微笑ましいからだ。

 目で見ても分かる程、イリューシャンの髪の毛が逆立っている。尻尾もピーン、と棒のように張っている。

 隊員達が笑ったことで少し勘違いしてしまったのか、震えながら私の腹部に顔をうずめてきた。イリューシャンを背負う為防弾チョッキを外していたので、ひょこひょこと動く猫耳がかなりダイレクトに知覚で感じられてこしょばゆかった。


 WAPCが停車した。搭乗員の様子から察して、襲撃の類ではなく、駐屯地に到着したのだろう。

 後部ハッチが開かれた。

 外に立っていたのは、二名の男性自衛官。自衛官による検索が始まるのであろう。中即連としては、検問での検索業務の訓練を行なったりする。武器を持ち出さず持ち込ませずを実行する場合、検索は有効な手段となる。今回のような、前例の無い海外派遣では、自衛隊車両にも検索を掛けるのも当然と言えば当然だ。


「え?尻尾?」


 検索を行うべく、WAPCに乗車してきた自衛官が言った。驚くのも無理はないだろう。今のところ、外部との大きな接触があったのは、我々第一中隊のみなのだから。


「いちいち反応すんなや。堂々とやりぃ」


 後から乗車してきたかなり特徴的な訛りを持った自衛官が言い放った。

 あれ?この人達、黒い腕章を……まさか、私達派遣隊の後に増援として来た支援部隊は、兵站の特に補給系統だけでなく陸上部隊も含まれていたのか。

 立ち入った自衛官は、警務隊であった。

 彼らは、自衛隊の車両と言えど、きちんとくまなく検索した。


WACワック派遣お願いします!現在地、車列、先頭から2両目のWAPC!」


 WACが到着すると、一応部外者であるイリューシャンが調べ上げられた。その後は、本任務の責任者である私が巻口連隊長に任務遂行を伝えた。帰隊式は、明日執り行う運びとなった。

 イリューシャンは、駐屯地内の衛生施設、と言っても病院天幕や野外手術システムが立ち並ぶ区画であるが、そこにいるパジャシュの元へと向かった。

 きちんと建物として造られたのは二むねの隊舎のみらしい。建物とは言え、こちらは仮設的なユニット住宅を組み重ねたものだ。外見は宇都宮駐屯地にある隊舎と大体同じだ。

 ちなみに、駐屯地の出入り口は海外派遣で使用する仮設検問所。駐屯地を取り囲むのは、鉄条網構築セットとして装備化され簡単に敷設できる鉄条網のみだ。

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