第弐章“魔王、始める”




「――――――はい、これでリチャードくんとリルさんの冒険者登録は終わりました

 そして、こちらがお2人の冒険者カードになります」

「ありがとうございます。エレナさん」

「いえいえ~!リチャードくんの頼みごとならいつでもエレナを頼ってくださいね~!」

「は、はぁ………………」



 褐色巨乳美人の冒険者ギルドの受付のお姉さんがリチャードの手を握りながら上目使いで自慢の巨乳を両腕で挟むよりも乗せていると言った感じで強調していた


 その様子をエンリルは「ほぉー………」と呟きながら面白そうに見ていた

 リチャードはそんな養い親の様子に呆れながらも顔を引き攣らせながら受付のお姉さんの手を振りほどいて冒険者ギルドの中にある鑑定水晶が置いてある場所に向かった



「リルさん、先程の時は助けて欲しいのですが………?」

「え~、可愛い息子の恋が始まりそうな感じがしたんですがね」

「俺はまだそんなのは考えた事が無いので、今はいいですね」

「ふむ、やはり人里に降りてきて正解でしたか………………」

「え、それが目的だったんですか!?」

「まさか!最大の目的はイシュタル達に迷惑をかけることです!」

「なんて迷惑な………………!」



 リチャードの言葉に私はふふん!と胸を張った


 私のその様子を見たリチャードは溜息を吐いて、私の頭に初心者用の依頼書の束を軽く叩きつけてリチャードは早く歩くように言った


 私はリチャードの言葉にニヤリと口元を弧の形にした

 その表情にいち早く気が付いたリチャードは身構えたが、それよりも早く私はリチャードが持っている依頼書の束を盗んだ


 盗んだ事に気が付いたリチャードは自分の依頼書の束を持っていた手を見た後に、急いで後ろを振り向き、私の手にある依頼書の束を見て、目を見開いていた



「リチャード、



 その言葉と共に形が変わる筈が無い私の瞳孔を蛇のごとく変えれば、リチャードは息を飲んだ

 この目は魔王の証、この目は魔王のまなこ、自分の意思で変える事は出来るが、此処は人間の国、なので変える事は無かった


 だが、この養い子には、きっちりと私が魔王であると教え込まなければならない


 そして、私の思惑通りに私の養い子は顔色を一瞬だけ青くした後にすぐに顔色を元に戻した

 リチャードの器用さに、私は彼に気づかれないように笑って依頼書の束の一番上にある依頼書を引き抜いて、リチャードの前に差し出した



「さて、リチャード、まずはこれから行きますよ」

「は、はい!えっと、これは近くの森にいるホーンラビットの討伐依頼ですね」

「ホーンラビットというと“獣の荒野”の魔王の眷属ですね」

「はい。ですが、このホーンラビットを生み出した魔王は、500年前に【勇者】の手によって倒されていますね」

「【勇者】、ですか………………」



 【勇者】


 それは神が魔王を倒す運命を与えた人の事を指す

 【魔王】の天敵であり、【神】の下僕たる人を差し、一つの魔王に対して、1人の【勇者】は必ずいると言われている


 それは人間の間でも周知の事であり、リチャードも知っている事だった

 だからか、リチャードは恐る恐るといった感覚で、私に尋ねてきた



「あの、リルさんにも、」

「ええ、いますよ」

「っ!!!!」


「っていうか、【勇者】の条件って魔王が決められるものなんですよ?」

「えぇッッッッ!!!!?」

「まあ、大概の魔王はその【勇者】の条件を拒絶して、神によって決められてしまうんですよ

 私の場合は私が決めたので、その結果、最古の魔王になってしまいました!」

「う、うそ………………!!!!」



 驚き過ぎたリチャードは目を見開き、口をあんぐり開けた

 美しい翡翠の瞳がよく解った



「おやおや、そんなに目を見開いていては、綺麗なお目々が零れてしまいますよ

 そうなれば、ホルマリンに浸けて、保存しましょうね!」

「ひぇっ………………」



 私の言葉を聞いて、リチャードは顔を青くして私から遠ざかった

 微かに身体を震わすリチャードに私は「冗談ですよ」と一声かけて、私達は目的の森へ行こうとした



「そういえば、私は兎も角、リチャード、貴方が戦う時の武器がありませんね」

「あ、そういえば………………」

「私が創り出しても良いですが、そうなるよ貴方の手に負えないものになりかねませんね」

「それだけは止めてくださいッッ!!!!!」

「当たり前です。そうですね………………取りあえず、武器を売っている店に行ってみましょうか」

「確か、エレナさんがこの街の地図をくれていたので、それを見てみましょうか」

「(イケメンって良いですね………………)」



 いつの間にか渡されていたらしき街の地図をリチャードは取り出して、エンリルの前に立って鍛冶屋と書かれた通りに歩いて行った


 エンリルは黙ってリチャードの後を付いて行き、リチャード達は無事に鍛冶屋に辿りついた

 鍛冶屋はドワーフという種族が営んでいるらしく、店先で小さな女の子が忙しなく働いていた


 この世界の人間という括りの中には、人族を始め、エルフ族、ドワーフ族、獣人族がいる

 神は始めに人族を作り、その次に獣を合わせた獣人族、妖精と合わせたエルフ族、最後に小人と合わせたドワーフ族を創り上げたとされている


 そのためか、人族が数として最も多く、神の加護も人族に集中するというとんでもない依怙贔屓が発生している状態なのだ


 依怙贔屓の所為で人族以外の種族が別の神に入れ込むというのに、人間を作った神はそれが気に入らなかったために、よく他の種族に崇拝されている神に嫌がらせする神話が残っているのである


 というか、一度、その神に嫌がらせされている種族を手助けしたら、一部の地域では私が神様になってしまったという前科が私にはあったりする


 まあ、あの時は最低最悪なまでに苛々して、件の神の横っ面をぶん殴り、その神の軍勢をイシュタルと共に壊滅状態まで追い込んだりしていたりする


 お蔭でイシュタルは“バビロンの邪竜”と呼ばれるようになった

 ちなみに、バビロンとは、私達が住んでいた森の名である


 私達は、今ある所持金を確認していから鍛冶屋に挑んだ

 ちなみに、所持金は森から持ってきた宝石を行商人に売って作った


 そこそこあるので、実は住居ももう確保済だ



「すみません」

「は、はい!いらっ――――」



 リチャードは小さなドワーフのお嬢さんに何の躊躇いも無く声をかけ、リチャードに声をかけられたお嬢さんはリチャードの姿を見た途端に固まった


 お嬢さんからすれば、いきなり現れた絵本の中の王子様のような超絶イケメンに話しかけられて脳内が処理しきれなかったらしく、少しの間、止まっていた


 リチャードが再度、声をかけてやっとお嬢さんは動き出していた

 慌ててリチャードに謝り、リチャードはそんなお嬢さんに自分の要件を伝えた



「えっと、初心者用の剣とかがあれば助かるのですが、売っていないでしょうか?」

「しょ、少々お待ちください!」



 そう言ってお嬢さんは店の中に素晴らしい速度で入り、素晴らしい大きな声で叫んだ



「と、父っちゃーーーーーーーーーーー!!!!」



 わぁ、この世界で初めて方言を聞きましたよ

 秋田弁かな?



「父っちゃ、お客さんだよ!早ぐ!」

「そんたに慌でるな。みっともねぁぞ」

「んだども、なんか高貴な身分のふとっぽいよ!!!」

「高貴な身分~?」



 お嬢さんの言葉に私達は苦笑するしかなかった

 どうやら、お嬢さんはリチャードを高貴な身分の出と勘違いしたようだった


 お嬢さんの勘違いに、私は爆笑していると、奥からお嬢さんより少し大きいぐらいの髭を蓄えた、いかにもなドワーフが姿を見せた



「――――娘が言っていたのはアンタらか?」

「高貴な身分ではありませんが………………」

「だろうよ。高貴な身分のヤツがこんな店に来る筈が無いからな」



 見事な標準語の親方風の鍛冶屋に爆笑から復活した私は、リチャードの肩を抱いて、ずいっと鍛冶屋の前に出して言った



「この子に初心者用の剣を見繕ってほしいのです。ずっと私と共に実家に篭っていたのですが、それではこの子のためにならないと思い、飛び出して来たのです

 ですから、この子はまだ実戦を知らないのです」

「お前はそいつの親か?」

「養父です」

「ふぅん………………」



 鍛冶屋は私をつま先から頭頂部までじっくり見たが、何も言わずに店の奥に引っ込んで、数振の剣を持ってきた


 それを近くの台に置いて、リチャードの腕の長さを測ったりしていた



「おい、コイツ、実践は初めてだって言ったな?」

「ええ、言いました」

「肉体の方は良い感じに成長してやがる。ガキによく見かける鍛錬のし過ぎも無い

 だから、少し重いヤツでもおそらくは大丈夫だ。あとは筋肉量だな………………おい、ガキ、アンタの利き腕はどっちだ?」

「あ、右です」

「右だな………………これなら、コイツがいいんじゃないか?

 ほれ、持ってみろ」



 リチャードは差し出された剣を握って持ってみた

 簡易な両手剣だが、彼には合ったようだった


 翡翠の瞳をキラキラさせながら、持たされた剣を見ていた

 他にもいくつかの剣を持ってみたが、この剣が気に入ったようなので、その剣を購入する事にした


 剣の代金を渡して、私達はドワーフの鍛冶屋に頭を下げてから、依頼書に書いてある場所に向かった



「さて、まずは貴方のレベル上げからですね」

「レベル上げ、ですか?って、リルさんって“鑑定”スキル持ちでしたっけ?」


「いいえ、私は魔王専用スキル“魔眼”スキルを使って相手の情報を知っているのです

 ちなみにこの魔眼スキルは魔王の方で調節可能であり、魔王ごとに能力が変わってきます」

「確かに、違っていましたね………………」

「ちなみに、私の魔眼は“真偽の魔眼”であり、偽りを見つける事を得意とする魔眼なのです」

「偽り………………?」

「そう!――――例えば、誰かが嘘を吐くと、その嘘の内容がハッキリ見えるのです!

 以前、それを使って神々の仲を裂きに裂きまくった事がありましてね!………………………………………………………………………………………………リチャード?」



 意気揚々と私の魔眼について、語ろうとしたが、ふと気が付くと、隣にいたリチャードの姿が無かった


 私が慌ててリチャードの姿を探すと、私のかなり後ろに彼はいた

 その顔は真っ青になっており、彼は今にも泣きだしそうな顔で、何か言いたげに口を開いていた


 その姿に、私は自分の失態を理解し、慌ててリチャードに近寄り、言葉を投げかけた



「どうしたのです、リチャード」

「り、リル、さ………………」

「あー………はい、そうです。私は貴方の正体を知っています」



 私のその言葉にリチャードは更に顔を青くしたが、私はそんなリチャードの顔を両手で挟み込んで、優しく頭突きした



「リチャード、あの日から、お前は私の子ですよ

 他ならぬ、お前が選んだのです。あの時は本当に慌てたんですよ

 お前を親族の元に返した方が良いのではと思っていた所に、私に対して「捨てないで!」と縋り付いて来たのは貴方が初めてですよ

 まさか魔王に対して、そんな事を言うなんて、思いもしなかったですよ」

「だ、だって………………」


「ほら、泣かない。男の子でしょう?

 まったく、魔王の子にと自ら望んだ子が、そうそう泣くもんじゃありません」

「う゛~~~、だって、」

「だってもありません!

 ほら、こんな事をしていては、日が暮れますよ」


「え、あ、リルさん!」



 リチャードの顔から手を離して、私はリチャードから逃げるように駆けた

 そんな私を追いかけるべく、リチャードもまた走り出していた






***






 “古竜の森”と呼ばれる森は、実は3層に分けられているという事を人間は知らない


 1番表側の層は古竜が生息する森であり、兎に角、竜の数が多い事と、面積としては此処の層が一番広い


 2番目の層は、原始竜プリミティブ・ドラゴンが主に生息する森だ。この層は、各々が配下の竜などに命じて作らせた神殿や巣があり、また巨大な原始竜プリミティブ・ドラゴンの寝床もある層だ


 3番目の層は、魔王エンリルが生活する森であり、この森には様々な穀物や果物、魔王エンリルが気紛れに生み出した伝説の果実なども存在する


 その3番目の層、魔王エンリルが暮らす、魔王が生み出した簡易的な神殿の奥にある泉


 それは、魔王エンリルのお気に入りの場所であり、日がな一日、彼が過ごす場所でもあった


 そんな場所に、原始竜プリミティブ・ドラゴンのナブーは、ブチ切れそうになる自身の血管をなんとか抑えながら、背にある4対の翼を大きく膨らませていた


 近くにいる彼に付き従う知能の高い古竜は、そんなナブーの様子に互いに身を寄せ合って怯えていた


 何故なら、原始竜プリミティブ・ドラゴンでは、基本的な性能が違い過ぎるため、すぐに殺されてしまう危険性があったためだ


 命を繋ぐ生命として生み出された古竜と、魔王のとなるために生み出された原始竜プリミティブ・ドラゴンでは、求められる性能が段違いだった


 各々、古竜の中では強者に組する竜であるとは思っているが、それでも原始竜プリミティブ・ドラゴンでは圧倒的に性能の差が違い過ぎる


 そのため、古竜達は、怒りに震える自身の長に対して、その怒りが爆発し、自分が肉片にならぬように警戒を強め、自身の生命の危機から脱出しなければならなかった


 そんな古竜達を無視して、ナブーは置いてあった、魔王エンリルが書いたらしき置手紙を引き裂き、古竜達に向き合った


 古竜達はそんなナブーに恐れを抱いた



「王がどうやら家出をしたもようです」



 その言葉に年長の古竜が気絶した


 魔王エンリル

 その名は古竜達の愛すべき創造主であり、逃げるべき災厄でもあった


 此処11年は、拾った子供に夢中になっていたためにそれ程酷い災いは無かったが、彼は予想外を齎す天才でもあった


 古竜の森ですらもよく凄まじい爆発を起こす魔王エンリルが外に出た

 あの神々とガチンコで戦って、勝利して、複数の神から袋叩きに合ってもなお勝利する恐怖の大魔王が外に出た


 神代の大戦が始まる


 古竜達は恐怖で胃から何かが這い上がりかけていたが、なんとか抑え込んでいた


 そんな古竜達を見て、ナブーは言った



「王の監視のため、私はこの森を出ます」



 その言葉は古竜達の救いだった


 すぐさま古竜達はナブーに餞別を送り、古竜のそれぞれの種族の長達から王を頼みますという言伝がすぐさに届き、ナブーは古竜の森を旅立った




 ナブーは古竜の森での魔王エンリルの認識に少し涙を流した



















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