第28話 崖上の釣り人

先週とある山を登った時の話です。


登山を開始して、ようやく山の中腹にさしかかった時の事。


「さ~て、釣るか~」


突然聞こえた、間延びした皺枯れ声。


小川で誰か釣りでもしているのかと思ったが、この近くに川なんてない事を思い出し、気になって辺りを見渡した。


すると、少し開けた先の崖っ縁に、小汚い格好をした爺さんが、木の釣り竿を崖に垂らしているのを発見した。


が、その出で立ちは明らかにおかしかった。


なぜ川ではなく崖に釣り竿を垂らしているのか?

そしてなぜこんな山の中腹に?


地元民?


以前にもこの山には登った事があるが、この辺りに民家はないはず。


あるとしても山の麓辺り、ここから軽く歩いて二時間くらいかかる場所だ。


格好からしても、登山客ではないの確か。


想像すればするほど不気味に思えて来た私は、その場を直ぐ立ち去ることに決めた。


急いで踵を返し、今夜泊まる予定の山小屋を目指そうと歩き始めたその時だった。


”オォォォォォッ!!”


と、地の底から唸る様な声が、突如辺りに響いた。


周囲の木々が一斉にざわめき、鳥達が鳴き散らかすようにして飛び立っていく。


が、直ぐにまた、静寂が辺りを支配する。


何だ今のは?


額に脂汗を滲ませ、静まり返る森に耳を済ませていると、


「釣れた釣れた、わはははっ、おうおう未練たっぷりじゃのう、無念じゃ無念じゃ、ははははっ」


さっきの皺枯れた声、崖があった方からだ。


なんだか一気に寒くなり、私は身震いしながら急ぎ足でその場を去った。


その日、宿泊した山小屋で夜一杯やっていた時の事、


同じ山小屋に宿泊していた、中年の男性登山客からこんな話を聞いた。


「ここに来る途中、山の中腹に開けた崖があっただろう?あそこな、自殺の名所になっているそうだぞ」


そしてこうも言っていた。


前日に自殺者が出ると、よくあそこで釣りをしている老人が、登山者に何度か目撃されているらしい。


あの老人は、一体何を釣り上げていたのだろうか?


それを知る勇気は、今の私にはない……

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