第3話「旧体育館裏の仮設トイレ」

 これは、実際に私が小学生の頃に体験した話です。


当時H県K市E小学校に通っていた私は、昼休みに友達数人とかくれんぼをしていました。


私は隠れる側となり、優柔不断な性格が災いしてか、なかなか隠れる場所を見つけられませんでした。


子供ながらに色々と試行錯誤しながら考えたのですが、鬼がもう数え終わって探し始めているだろうと思い、目に付いた、裏庭にある体育館裏の仮設トイレの中に隠れることにしました。


体育館裏といっても、場所は校門のすぐ隣で、トイレはフェンスにくっつくように設置されており、フェンス越しに人や車がよく往来する道路が見える場所でしたので、さほど一人でも怖いと感じるような場所ではありませんでした。


ずるいとは思いつつトイレの鍵を掛け、裏庭で遊ぶ他の子たちの中に、鬼である友達の声が混ざってないか耳を澄ませていた時でした。


──ドンドンッ!


と突然トイレを強く叩く音が響き、同時にトイレそのものが衝撃で揺れました。


音は上から聞こえました。上といっても、天井からではなく天井付近の横っ面から聞こえました。


丁度フェンス側の方です。


見つかった?


そう思い急いで鍵を開けて扉を開こうとしたのですが、


開きません。


ドアノブをいくら回しても、扉は開きませんでした。


すると、今度はさっきよりも少し小さな音でしたが、また、


──ドンドンッ


と、上から叩くような音が聞こえました。


まだ幼い時期だったのもあり、だんだんと怖くなってきた私は、


「もう分かったから開けてよ!開けないと先生に言うよ!?」


と、もはや半泣きになりながら扉を開こうとしました。


トイレがガタガタと音を立て、ドアノブをガチャガチャとひねる音が、狭い個室の中で空しく響き渡ります。


それと同時に響く、友達を非難する私の恐怖交じりの喚き声、もし道路側に人が歩いていたら聞こえるくらいの声だったと思います。


が、それでも扉は頑なに開きません。すると天井付近から、


「あ゛っ、ぁぁっ……ぁ」


と、男の呻き声のようなものが聞こえたのです。


私の恐怖度はそこで頂点に達し、気がつくと絶叫とも言える声で更に叫び声をあげていました。


しばらくして、私は駆けつけた用務員のおじさんに保護されていました。


正直その時の様子を、私はよく覚えていません。


ただ、用務員のおじさんから聞いた話によれば、体育館裏の清掃をしていた時に、裏庭で遊んでいた他の子たちが仮設トイレの周りに集まりだしたため、異変に気づき仮設トイレに駆け寄ったとのことでした。


ちなみに、その時トイレの鍵は掛かっておらず、ドアはすんなりと開き、中で泣き喚めく私の姿が発見されたらしいです。


後にあれは友人の悪戯ではなく、トイレの扉が、一時的になんらかの形で不具合を起こしたということで、事件は収まりました。


最後まで友人の悪戯を訴えていた私の話は、当時裏庭で遊んでいた数人の子たちが、休み時間、仮設トイレの異変に気がついた子たちが集まりだすまでの間、誰もトイレの周りにはいなかったと証言したため、相手にされませんでした。


それから数年がたったある日のことです。


中学生になった私は、両親と地元の夏祭りに出かけ、その帰りに小学校の前を歩いて帰っていた時でした。


ふと、酒に酔った父が、小学校の校門付近に目をやり、私に話しかけてきました。


「そういえば、知ってるか、あの松の木」


松の木?父に言われるまま、私は校門付近にある松の木に目をやりました。


すると父は徐に指を差して話を続けます。


「あの松の木だけ、枝が切り取られてるだろ?」


確かに、別に道路にはみ出すわけでもないのに、フェンスに隣接されるように植えられ立ち並ぶ松の木、父が指差すその松の木だけが、なぜか枝が切り取られていました。


「まだお前が幼稚園の頃、大学生の男が、あの松の木の枝に縄をくくりつけて、首をくくって自殺したんだよ」


「う、嘘だぁ」


と私がすぐさま返事を返すと、横にいた母が、


「あら、本当よ、私とお父さん、その時この場所をたまたま通りかかって、警察とか一杯来てて、凄い騒ぎになってたの見てるもの」


「ええっ嘘で……しょ……!?」


次の瞬間、私の顔は瞬時に蒼ざめ凍り付いていました。


父も母も異変に気がつき、私が向ける視線の先に目を向けながら言いました。


「ど、どうした?何かあったのか?」


父の問いかけに、私は全く反応できませんでした。


なぜなら、私の視線の先、枝を切られた松の木の真下には、あの件の仮設トイレがあったのです。


あの頃の記憶が、走馬灯のように頭の中に流れました。


天井付近から聞こえたドンドンッという叩くような音、男の人の呻き声、何もかもがモノクロがかっていたはずなのに、私の額には、蒸し暑い夏の夜だというのに、冷たい汗が浮かんでいました。


トイレの上に立ち、枝に縄をくくりつけ、そこから飛び降りる大学生の男。


激しく揺れる両足が、仮設トイレを横から蹴り上げます。


じたばたしていた両足は、次第に弱まっていき、男が小さな呻き声をあげたと同時に、辺りは静寂に包まれる。


それは、私の憶測、妄想でしかありません、妄想でしかないのに、この時期になると、ふとそれを思い出し、私の体は恐怖に蝕まれるのです、あの、夏祭りの夜のように……。

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