第34話 帰還

 木漏れ日が差す森の中。

 鬱蒼と茂る雑草を刈り、邪魔な枝葉を斬り捨てながら無理やり獣道を突き進む。

 後ろにはピッタリと凛華がついて周囲の警戒をしてくれている。

 拙速を優先した結果、多少は強引に行かざるを得ないと判断した。


 戦闘は限りなく回避して、どうしようもない時だけ戦う方針。

 運良く片手で足りる程度の回数だが、消耗した今でも何とかなっている。

 武器を破損してしまった凛華は、それでも普通の魔物程度には遅れはとっていない。


 ギルドへは連絡済み。

 どうやら他の受験者のグループでも同様の事態に陥っていたようで、俺達が連絡した時には何件もメッセージを受診していた。

 そのどれもが安否確認のもので、音信不通になった俺達への捜索隊を編成していた最中だったらしい。

 なのでこっちが連絡を入れた時点で捜索隊から救援隊に名前が変わってしまった訳だが。


 そんなこんなで満身創痍の身体に鞭打って進むこと約二十分。

 行きの半分以下の時間でダンジョンの入口の役割を果たす赤い鳥居を抜けて脱出した。



「……これはどういうことだ?」


 目の前に広がる普段と様相が異なった景色に困惑して呟いた。

 駐車場には所狭しと大型トラックが並び、忙しなく荷物を搬出するスタッフが行き交う。

 やけに重たそうなダンボール箱や、仮設テントの道具、パイプ椅子etc……。

 全てに見慣れた三葉マークが刻まれている。


 その傍ではギルドの職員と思しき人と――


「――カレン?」

「その声は梓……っ、随分ボロボロね」


 野生動物もかくやという速度で反応して、くるりとカレンがこっちを見た。

 俺の顔を見て安堵の息を漏らした後に隣へ視線が移る。


「あら、一ノ瀬さんも生きてたのね」

「当然でしょ」


 不機嫌そうに答えて早くもぷいっと凛華は顔を背け、変わらない関係性に内心で苦笑。


「それはそうと、なんでカレンがここに?」

「士道の救援で呼んだ探索者に装備やらなんやらを支給するためよ。後は梓と、不本意ながら一ノ瀬さんの無事を確認しに来たの」

「あー大体理解した」


 出入りが頻繁なせいで忘れがちだが、三葉重工は日本国内でも探索者向けの用品においてトップシェアを誇る大企業。

 加えて企業専属の探索者も多く、ギルドが援助を求める先としては何らおかしくはない。


「お二人が救援を出した四宮さんと一ノ瀬さんですね。よろしければ状況についてわかる範囲でお聞きしたいのですが」


 横から言葉を差し込んだのはギルドの女性職員。

 あちらとしてはAランク探索者の士道さんが時間稼ぎしか出来ないと言わしめる相手が気になるのだろう。

 救援を出した時は概要しか伝えなかったため、詳細な情報共有が必要になるのはわかる。


「けど、その前に。凛華」

「……なに?」

「腕、限界でしょ」

「…………こんなの、なんでもない」

「ダメだ。ちゃんと診て貰え」


 逃げるように身体ごと逸らした凛華の右肩に優しく手を置く。

 黒髪に遮られた表情は見えない。

 けれど、小刻みに震える肩が凛華の心情を何よりも雄弁に語っていた。


 声をかけるべきなのだろうけど、肝心の言葉は喉につっかえて出てこない。

 何を言っても結局は俺からの視点の話。

 凛華が抱える感情を100パーセント理解することは絶対に出来ない。


「――全く、情けないわね」


 呆れた風に二人の間の静寂を破ったのは、静観を貫いていたカレンだった。

 ぴくり、肩が僅かに動く。


「どうせ今のあなたに出来ることなんて何も無いんだから大人しく治療に専念しなさい」


 二人の視線が交わる。

 言葉だけ聞けば単に心配している風にも思えるが、二人に限ってそれだけなんてことはないだろう。


「…………わかった」

「神楽さんはギルドの医療室にいるわ」


 心底不本意そうに答えてゆっくりと歩き出す。

 骨折くらいなら直ぐに治るだろうが決して無視していい怪我ではない。



「一ノ瀬さんの面倒はこっちで見るわ」

「ん、助かる」

「それで、梓はギルドからの事情聴取ね。多少長くはなるでしょうけど諦めなさい」

「とはいってもお……私にだってわからないことだらけだし」


 危ない危ない……他の人もいるのに素で喋るとこだった。

 そんな俺を目元だけで笑ってるカレンが妙に腹立つけど、まあいいや。


 あ、そうだ。


「ねえ、着替えとかあったりする?」

「愚問ね。すぐ手配するわ。他には何かある?」

「いや、取り敢えず大丈夫だ。費用は勝手に引いといてくれ」

「ええ。じゃあ、また後で」


 カレンと別れ、ギルドの職員に連れられて事情聴取が始まるのだった。



 結論だけ言えば、事情聴取自体は一時間ほどで終了した。

 非常時にしては短いが、これはあくまで士道さんの救援に必要な情報だけを話すように求められたからで、経緯などは後回しになったからだ。

 前情報がほとんど共有出来ていなかった前半は話があまり進まなかったが、救援隊が到着してからはあちら側からの情報も入ってきた。

 その上で撤退の判断を下したため、他の内容については後日でも問題ないとのことで終了した。


 そんな訳でシャワーを浴びて三葉重工……もといカレンが用意してくれた服に着替え、神楽さんのいる医療室へ向かうのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る