第二幕

序章 ~新人編集者、あらわる~

「ところで関川先生、新作はまだですか?」


 電話でそう聞いてきたのは、新しい担当編集者の坂東バンドウ・A・俱美トモミさん。

 カクヨム編集部に入社したての新人さんで、たぶん新人研修と称して私の担当を押し付けられたのだろう。

 先日電話で挨拶されたけれど、まだじかに会ったことはない。

 真ん中にアルファベットが入るところからして、外国とかかわりのある方かもしれないが、顔も知らないのでなんとも言えない。


「だがまぁあまり興味はない。

 誰が担当についたところで、返す答えはいつも同じだ。


『……構想中です。目途がたったら連絡します』


 新人作家のくせに何を言ってるんだ? と思うかもしれない。

 確かに去年までの私は新人ですらなかった。

 だが何の因果か『北乃家をめぐる些細な物語と意外と長い歴史の短編集~北乃家サーガ~』が出版され、誰が勘違いしたのかあの『芥山賞』を受賞した。

 そこで私の人生は大きく変わった。

 

 印税ががっぽりと入り、家は『風呂無し6畳アパート』から『プレシャス6本木 66階 6LDK』へと変わった。

 ついでに言うと、コーホクで買った『錆びだらけのママチャリ』は『ベントレー』に変わった。

 勢いのままに仕事もやめて今は作家一本、印税一本で生活するようになっていた。


 そこまでは良かったのだ。

 だが困ったことにこの先が書けなくなってしまった。

 世間で言う『スランプ』である。


 スランプだけは無縁だと思っていた。

 書けないなんて日が来るとは思っていなかった。

 本にならなくとも、賞をとれなくとも、物語をつづる事だけは呼吸するみたいに出来ていたのだ。

 これまでは……」


「……あの、その思わせぶりな独り言はまだ続くんですか?」


 と電話から声が聞こえ、私はハッと気が付く。

 どうやらまた声に出していたらしい。


「ん? ああ、すまないね。そのなんか変な癖がついてしまってて」


 そう。一年前、バーグさんと出会ってから、どうも独り言が増えたのだ。

 なぜか? それは『北乃家をめぐる些細な物語と意外と長い歴史の短編集~北乃家サーガ~』を読み返してもらえばわかると思う。

 簡単に言えば、


「バーグさんが架空の人物だったからですね! 架空の人物に話しかけるのは独り言と一緒ですからね」

「な、なぜそれを? キミは一体なにを知っている?」


「先生の本はちゃんと読んでますよ。バーグさんが最後に実体化したかもしれないってところまで」

「そうか。事情が分かっているなら話は早い」


「それでスランプのことなんですけどね、あたしにいい考えがあるんです」

「なんだね?」

「またお題小説をやるんです!」


 えぇー、またやるの?

 それが正直な気持ちだ。確かに北乃家サーガは私に幸運をもたらしてくれた。

 でもあのお題のムチャ振りは今もトラウマレベルで覚えている。

 あんなのまたやるの? ホントやだなぁぁぁ


「やるんですよ! まぁ、そう言わずに」


 電話の向こうで坂東さんがクスッと笑っているのが分かる。

 どうやら私はまた声に出していたらしい。


 でも……

 うん。何事もきっかけは必要だ。それにスランプを抜け出せるかもしれないなら、なんだってやってみる価値はある。


「そう! その意気ですよ。最初お題はもう決まってるんです。ずばり『4年に一度』!」

「なにそれ? またそんなお題なの? 編集部は何を考えて、」


 と言いかけたところで彼女の声が割り込んだ。


「では、頑張ってくださいなっ!」


 その声を残して、唐突に通話は途切れた……

 あの言い方、声の感じ……


 まぁいいか。

 とにかく気晴らしに何か書いてみようか。

 ということで書き上げたのが『……四年に一度で勘弁してください……』である。


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