第87話

マリオネットを討伐し、ダンジョンの外に出た。そこには勿論、ジュンにミナ、ヴィレルがいる。周辺には、魔獣の死体の山が出来上がっているから、やはりこの三人は難なくこの集団を蹴散らしたのだろう。


「その様子じゃと、マリオネットを倒したようじゃな」


「ああ……」


ヴィレルに、喜び以外の感情は感じ取れなかった。かつての仲間が殺されたというのに。


「……なんとも思わないのか?」


「確かに、多少の寂しさや悲しみはある。じゃが、これも奴らの運命じゃからな」


「運命って……そんなので片付けていいのかよ。あいつは、お前の昔の仲間じゃないのか? そんな態度で、いいのかよ……」


これは、オロチの時から思っていた。ヴィレルは、どう考えても昔の仲間の死に対して、薄情な気がするのだ。今だって、俺が話を続けていなければ、そのまま央都に帰ろうとしただろう。


「……魔王軍の者共は、魔王のためなら命を惜しまん奴らじゃ。そして、魔王はそんな奴らの幸せのために命を惜しまん。……じゃからあやつらは、いつ死んでも後悔しない、絶対に悲しまないのじゃ。必要な死。妾のいた頃……いや、もっと前から、この思想は繋がっておる」


じゃから、妾もなんとも思わなくなったのじゃ。とヴィレルは後付けした。


しかし、言ってしまえば俺たち人間も、魔王軍の奴らと大差ないのではないだろうか。学園では、魔物に立ち向い死した者は、それは勇気ある行動であり、讃えられるべき行動なのだ、と習う。つまり、魔物との戦いで死んだ者に対して、悲しむのではなく讃えよ、と言っているのだ。


「お主は、何か夢はあるかの?」


「あぁ、あるにはある……」


この前までは魔王を殺して、父さんの仇を討つつもりでいたが、今は違う。


「……人間と魔王軍の奴らが、一緒に暮らせる世界を作りたい」


「その夢が叶わずして死んだ時、お主はどうする?」


「それは……同じ意思を持つ奴に、後は任せるしかないよ。その時、俺はもう死んでるんだからさ」


「うむ、そうじゃ。つまり、あやつらもそういうことじゃ。人間の殲滅という同じ目的を持った者がおるのじゃから、死んだ奴はそやつらに後を託し、残った奴らはそやつをよくやったと讃える。つまり、誰にとっても他人の命は他人なのじゃ」


「でも……そうじゃない奴だっている。死んだら悲しいし、怒りを覚える奴がいる。そいつらはどうなんだよ」


「そういった者が、魔王のような大きな存在になるんじゃな……妾は、人の死を心から悲しむことなど出来ぬ。じゃが、お主は違う。そうやって、敵の死ですら悲しむのじゃ。お主のように、悲しむ者が一人でもいるなら、死した者は嬉しいじゃろうし、妾のような者が無理に悲しむ必要もない」


まさに他力本願なことだが、今のヴィレルには何を言っても無駄だろう。彼女の意思は固く、俺みたいな子供の言葉がそれを砕くことは、ないだろう。


「さて、戦いも終わりじゃ。帰ったら、お主は反対じゃろうがパーティーがあるぞ」


ヴィレルは話を切って、そそくさと“テレポート”の詠唱を始めた。



その夜は、ヴィレルの予想通りパーティーだった。レイラ達は盛り上がっていたし、ミユリスも楽しそうだったからいいのだが、俺はオロチの時同様、ろくに食事もとらずに、部屋で寝ていた。何度かレイラが見に来たのだが、寝たふりを貫き通して、パーティーはいつの間にか終わっていた。部屋の机の上を見ると、レイラが持って来ていたらしい料理があった。空腹には逆らえないので、それをささっと平らげる。


「……なんで、魔王も人間も分かり合おうとしないんだか」


食器を盆に乗せて、調理室まで運ぶ。その後トイレに行き、部屋に戻ろうとしたところ──ある一室の前で啜り泣きが聴こえて来た。


誰が何のために啜り泣きをするのか、最初は分からなかったのだが、その部屋の主に気付いて、納得した。ヴィレルの部屋だったのだ、そこは。


俺の前ではああ言っていた彼女だが、やはり家族同様に十年以上も暮らしていたからか、本当は悲しいようだ。


ここで入っていいのか……その答えを俺は持っていないが、俺はまだマリオネットからの伝言をヴィレルに伝えていないのだ。


後から伝えてもいいが、今でさえこれなのだから、もう一度悲しさを思い出させてしまうのは、俺としては避けたい。かといって、今伝えるのも彼女にとっていいものだろうか……


「……何か用かの」


そんなことを考えていると、おもむろに目の前の扉が開かれた。そこには、前髪は泣いていて枕にでも擦り付けていたのか、乱れていて、目尻の赤く腫れたヴィレルが立っていた。今の姿は、見た目も相まって、どことなく子供のような印象を受ける。


「いや、たまたま通りかかっただけだよ……」


「そうか……しばらくここに立っていたようじゃがな」


「そ、それは……」


「……聞いておったのか、妾が泣いていたのを」


「……」


どう答えたものか。泣いているのを他の人に聞かれるのは、俺の意見ではあるのだが、いい気はしない。だから、ここでイエスと答えるのは、正しいのだろうか。


「……既に知っておる。隠そうとせんでよい。ただ、昼間言ったことを否定するようじゃが……妾とて、悲しいときは悲しいんじゃ」


その言葉は、昼にヴィレルと喧嘩した時に聞きたかった言葉だった。


「……マリオネットから、伝言があるんだけど、今聞くか?」


「そうじゃな……言ってくれ」


「分かった。伝言は、ラキュールを任せましたよ、だとよ」


「やはり、あの国があやつのおった場所じゃったか……任せておれ、妾がもっと大きな国にしてやるからの」


ヴィレルはそう宣言し、空を仰いだ。


「そういえば、国を空けても良かったのか?」


「うむ、妾の部下には、十分腕の立つ奴がいる故に、たまになら国を空けようが問題はない」


「そっか。悪かったな、泣いてたとこに来ちまって」


「その上盗み聞きじゃからな、何かしら言うことを聞いてもらおうかの?」


いつものイタズラ笑顔を向けて来た。もう、大丈夫そうだな。


「また今度な」


俺は部屋へと戻った。ヴィレルの、本当の気持ちを知ることが出来た今、俺の心はどこか落ち着いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る