第76話

「……久しぶりじゃな、オロチよ」


「お前、まさか……ヴィレルか。裏切り者の分際で、のこのこと出しゃばりやがって」


裏切り者? どういうことだ。ヴィレルとこいつに、一体どんな関係があるんだ? ──混乱冷めやらぬ中、俺はそのような疑問を抱いた。


「……あやつはオロチじゃ。魔王軍の使者、“影の暗殺者”などと呼ばれておる」


魔王軍の使者……まさか、天災などと言われていたヤマタノオロチが使者だったとは。そんな話は聞いたことなかったし、父さんのノートにもなかった。人を襲う魔物は、基本魔王軍が作り出した存在ではあるが、まさか使者だとは……


いや、待て。なんで魔王軍の使者がヴィレルを裏切り者呼ばわりしたんだ。それじゃあまるで──


「……お主の予想通り、妾は元魔王軍の一員じゃ。今はもう違うがな」


やはり、ヴィレルは魔王軍の一員だったらしい。しかし何故、魔王軍をやめたのか。人間を殺す──それこそ駆逐して根絶やしにするために魔王軍は戦っているのではないのだろうか。それなのに何故、抹消すべき存在の俺らと共に戦っているのか。


「話せば長くなるが……端的に言おう」


そこで一拍おく。一度目を閉じて、再び開いて話し出す。


「妾と奴は、元々魔王軍の中でコンビを組んでおったんじゃ。じゃが、妾が歳の頃十二になった頃、魔王軍の在り方に疑問を覚え、脱退したんじゃ。それ以来、あやつとは会ってなかったがの……」


その目からは、どこか寂寥感を感じさせる中、僅かな悲しみを感じ取ることが出来た。魔王軍の在り方というものが俺にはよく分からないが、俺にとったら魔王軍は敵で、父さんの仇だ。倒さなければいけないのは確かである。


「腐れ縁、ってことか。でも、俺からしたら敵だ。倒してもいいんだな……?」


「あぁ……妾とて、あやつを倒すつもりでおる。あやつを救うには、それしかないからな……」


目に覚悟を宿したヴィレルは、一度髪を払い、ヤマタノオロチ改め、オロチへと高々と言い放つ。


「オロチよ、妾はお前を殺す! この先一切人間を殺さぬと申すなら見逃すが、どうせそんな要求は受けんのじゃろうからな。死んでも文句を言うでないぞ。お互いの信じるものを守るための戦いじゃ! 手は抜かんからの……!」


突き出した右手の先に、赤い魔法陣が回転する。ヴィレルの準備が整う頃には、ほかのメンバーも準備は終わったらしい。未だにエミとエルは来ていないが、気配はしっかりと感じているので、向こうは向こうに任せてこちらに集中する。


「……崖まで走るから、道を作ってくれ」


「分かった」


ヴィレルの手先にできた魔法陣が、青色へと変わる。俺はポーチから白剣を取り出し、背中の剣帯へと装着してから、鞘からシャア──ンという音を立てながら、剣を抜き取る。


「お前が最初の敵か。雑魚の相手などする気もないが……ヴィレルと戦う前に気分を上げておくのも悪くない。お前から叩き潰してやる!」


再び獰猛な笑みを浮かべたオロチは、構えを取るでもなく、武器を持つでもなく、頭を後ろに引いた。まるで、ヤマタノオロチが突進をするかのように。


 地面を蹴ると同時、オロチが頭を前に振り抜いた。何が起きるのかと思えば、一瞬のうちに逆立った髪が八つにまとまり、伸びて蛇の形へと変化し、俺へと突き進んできたのだ。つまり、蛇の鱗のような、と俺が感じたあの髪は元々ヤマタノオロチの素だったのだ。


「オロチはメデューサの一族じゃ、体のどこでも蛇に変えれる故、注意するのじゃっ!」


 メデューサって、蛇の体で手と顔が人間で髪が蛇で睨まれたら石になる奴じゃねえのかよ。こいつどう見ても種族ちげえよ。


 俺に向けて突進してくる八匹の蛇を、身体を左右上下に直観的に動かしながら躱し、崖の直前で——


「《トランスパレントロード》!」


 ヴィレルの声が響く。そして崖の端へと辿り着いた俺は、躊躇なくその先へ足を延ばした。普通なら落ちるだろうが、俺の足はしっかりと地面を踏みしめた。そこには先ほどヴィレルの作った、水属性汎用魔法“トランスパレントロード”、直訳すると“透明な道”があるのだ。


「せやあぁっ!」


 見えない道の縁に足をかけ、俺は高く飛ぶ。オロチのすぐそばにも見えない道は存在し、そこに着地をしながら剣を振り降ろす。狙いの分かった垂直斬りなど躱して当然だろうから、案の定躱される。


 しかしそれは想定内で、その後も両手に持つ剣で、オロチへと隙を作らない連撃をお見舞いする。


 いつの間に戻したのか、髪はさっきの鈍い艶を持った逆毛に戻っており、流石魔王軍の使者と言うべきか、俺の攻撃をいともたやすく躱していく。そして、


「遅いんだよ、雑魚の息子が」


 蛇へと変化した右手が、俺へと突き出された。俺はそれを回避すべく、見えない道から崖の下へと落下した。しかし、気配の察知でエルがこちらへと飛んできているのは了解済みだから、心配はない。今頃上ではエミとも合流しているだろう。


 しかし、俺の頭の中は他のことが支配していた。今オロチの言った『雑魚の息子』という言葉。俺が息子と表現されるからには、その雑魚がさす人物は俺の両親のことだ。しかし、母さんはヤマタノオロチとの面識はない。つまり、俺の父さんを名指ししたものだ。


 確かに父さんは、ヤマタノオロチと唯一戦える人ではあったし、事実ヤマタノオロチの目前まで迫った。だからあのノートの絵が描けたのだ。しかし、そこから逃げたから雑魚と言われたのだろうか。


 そこまで考えた時、背中に硬い衝撃が当たった。エルが背中で受け止めたのだろう。


 エルの背中に跨りながら、首筋を撫でる。


「ありがとな。もう少しだけ、頑張ってくれ」


 グルルと鳴き返すのを聞いて、さっきの思考をやめる。父さんのことはこの際関係ない。俺はあいつを倒すことを先行で考えなければならないのだら。


 今俺の頭上では、オロチが多属性の魔法の応酬を受けている。ヴィレルとレイラ、ミナ、エミの魔法だろう。それを容易く躱しているとこから見ても、やはりあのオロチという使者は強敵だということが計り知れる。



 レンが崖の下に落ちていったのを見て助けようとしたが、すぐにエルががけ下へと飛び込んでいくのを確認して、安堵に包まれていた時、エミが合流した。


「さて、これで魔法使いが揃ったの。あ奴は魔法も物理もかなり耐性が高い。じゃから、一度に決めるぞ。妾とレイラはお互いの魔法を唱える。妾が“バーニングネオ”で、お主が牢獄系の何かじゃ」


「分かった」


 私が頷いて答えると、ヴィレルも一度頷いて、他の魔法使いメンバーに視線を移動させる。


「お主らはあ奴がこちらに攻撃できんよう、どんどん魔法を放つんじゃ。隙を作らんためにも、中級魔法を応酬してやればよい。当たらずとも構わん。よいな」


 ミナとエミが頷く。続いてジュンとミフィアへと視線を向け、


「お主らはもしもの時の保険要員じゃ。奴が攻撃を仕掛けてきた際には頼んだぞ」


 何とも暇な役柄ではあるが、かなり大事な役割だろう。


「では、始めるぞ」


 全員が頷いて、それぞればらけていく。私はヴィレルの少し離れた右側での詠唱だ。


 エミとミナの中級魔法の連射が始まって、私とヴィレルはお互いに詠唱を始めた。外に出れなくするなら、触れることが難しい火属性がいいだろうと考え、“フレイムプリズン”の詠唱を始める。“ウォールプリズン”に比べて、いや、すべての牢獄魔法の中では最も詠唱文が長いが、そこまで気にするほどではない。それに、隣では、ヴィレルが私ではまねできないような速さで“バーニングネオ”の詠唱をしている。


 この攻撃が失敗すれば、間違いなく勝機を逃すだろう。それを承知して、私は詠唱を始めた。

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