第65話

部屋の中は、魔法か何か分からないが、黒い壁の割に明るい。灯篭とか、そんな感じの光源はない。


敵の数は、さっきと変わらず二人のままだ。同時に左右から攻撃されてはたまらないので、ポーチから白剣を出し、口を使って鞘から抜く。鞘は後ろに放って、邪魔にならないようにする。


揃って謎の服を着た二人は、どうやら俺を先に倒すことにしたらしく、しかし殺気などの気配は一向に感じない。


「……まあいい。ささっと片付けて、この事件を終わらせる」


両手に一本ずつ剣を持ち、腰を落として構える。


敵二人の間には、少しだけ距離がある。このまま攻めても、片方に押さえられて終わりだろう。


だから、ここは相手が先に仕掛けてくるのを待つ。


そして、たっぷり一分ほど経った時、敵は同時に動いた。


左右に分かれて、俺を狙ってくる。しかし、これは予想通り。右の人物は上から、左は下から攻めてくる。


それを前に転がって避ける。そして、右から攻めてきた男に向けて、


「《フレイムショット》」


白剣から出た赤い魔法陣から、火焔球が飛び出る。男は後ろに飛んでかわし、煙で姿が見えなくなる。そして、今度は左から攻めてきた男に斬り掛かる。


黒剣は防がれるが、左の剣は残っている。白剣を左に真っ直ぐ伸ばし、黄色い輝きが灯ると共に、それを振り下ろす。


男は屈んでかわすが、気にせず攻撃を与える。


男の剣を弾き、隙ができるが、このタイミングで丁度"ルミナスカリバー"の連撃が途切れる。そして、後ろからもう一人が迫っていることも、既に気配で承知済みだ。


右に飛ぶと同時、更に後ろから声が聞こえる。その正体は、隠蔽ハンディング魔法で姿を隠していたミナだ。


「《スプリンクラーランス》!」


ミナの持つ杖の先から青い魔法陣、そしてそこから水の槍が八本飛び出る。男二人にそれぞれ四本ずつ襲い掛かり、破壊不可能な魔法は、かわした男二人の足元に、地面に穴を開けて消えた。


「ごめんなさい!」


「問題ない」


謝るミナにそう返し、ミナを警戒した二人に剣を向ける。魔法使いを警戒するのは当然のことだが、さっきまで戦っていた相手に背を向けるのは、単なる致命的な時間を作るだけの行為だ。


俺が足音を殺して駆け出す。しかし、俺が履いているブーツは、そこまで消音できる素材ではない。それに、これも冒険者になってからずっと使っている。だいぶボロが来ている。


「しまっ……!?」


そして、そのボロが来ているせいか、靴裏が平らになってしまっていたのか、足元が滑った。左足でこらえるが、流石に気付かれたらしい。運がない。


男二人は、持つ短剣を俺に向けて、飛び掛ってきた。腰を落として重心を定め、左右から飛び掛ってくる攻撃を両手の剣で受け止める。


「重い……!」


しかし、相手二人は剣技を発動していた。二人とも同じで、そこまで強力なものではない。剣技名は、短剣垂直斬り"スモールスカイ"。水色に光る剣技だ。


それをそれぞれ両手、何も発動していない状態で受けるが、やはり少し不利なようだ。一秒に一センチずつ押し込まれている。


その時だった。再び、救いの声が響く。


「《ステータスオーバーアップ》!」


それは、対象の相手のステータスを、限界突破させる魔法だった。切れた後にすごく疲れるが、効果時間中は無双が出来る、とも言われている。


心の中でミナに礼を言い、


「しゃらくせぇっ!」


力の限り吹き飛ばした。そして、二人が吹き飛ぶ。脚に力を入れて地面を蹴る。床が砕ける勢いで飛び出て、右側の男のこめかみを黒剣の柄で殴り、そのままもう一度床を蹴って、左側の男の頭を蹴り落とす。両方とも敵二人が空中に浮いている間の早業だ。ミナのバフがなければ、絶対にできる自信がない。


 少しの間様子を見たが、二人は目を覚ます気配はなかった。いや、もともと気配など感じなかったのだが。違和感ばかりの奴らだ。


「一応終わったみたいだ」


「そうですか、よかったです……」


 ミナが安堵の表情を浮かべる。俺もわずかばかり、安心したらしく、無意識に微笑がこぼれていた。


「この二人の顔、確認しておいてくれないか?」


「分かりました」


 ミナが俺が柄で殴った右側の男に近付き、そっと顔の布を取る。一瞬首を傾げて、少し思案して、最後に、


「ああ、思い出しました」


 と、ポンっと手を打った。


「思い出した、って……そいつ、知り合いなのか?」


「知り合いってわけじゃないですが、名前と顔を知っていただけです。素早さに定評のある、レドースさんです」


「……つまり、“ハンゾウ”は偽名だった?」


「可能性はあります。そちらの方も確認しますので、レドースさんを縛っておいてください」


「了解」


 俺はレドースと呼ばれる男に近付き、ミナと場所を入れ替わる。そして、ポーチの中の縄を取り出して、身動きが取れないように手首、足首、腕を巻き込んで腹に巻き付ける。これでそう簡単には動けないだろう。


「……トーケスさん、ですね、こっちは」


「そいつも、こいつと同じような奴なのか?」


「はい。素早さに定評のある方です。忍者っぽさを優先したなら、人員としてはかなり理にかなってますね」


「えーと……そいつ縛ったら、ミユリスを探そうぜ。ここまで何もない部屋だし、どこかに隠し部屋とかあるかもしれないし」


「分かりました」


 ミナが縛る作業に入った。ミナもポーチに縄を入れていたらしいので、俺は先立って隠し部屋探しだ。何故話を逸らしたのか? それは、“ニンジャ”に興味をもって聞き入ってしまいそうだったからである。


 そして、部屋の中を物色する。本当に何も物がない。壁にも装飾がないし、床もただの石造りだ。黒曜石にも見えるが、素材は分からない。


「——お」


 そして、床を見ていてたまたま見つけた、小さな割れ目。他の部分は、戦闘跡を除けば、ほとんど傷は入ってなかった。しかし、ここだけ一か所小さく分けられたところがあるのだ。


 その小さな分けられた部分を押し込むと、底へと入り込んでいった。小さく笑みをこぼして、ミナの方に向き、


「おい、ミナ……っ!?」


 レドースと呼ばれた男が、ミナに頭を向けて浮いていたのだ。しかも、魔力は感じられない。


「ミナ、避けろっ!」


 俺も急いで地面を蹴る。それと同時、レドースも発射された。なんとか右手で受けるが、ミナのかけた限界突破バフの力をもってして、押されている。


 ミナは何が起きているのか理解しかねているのか、その場で動かない。しかし、俺の腕はもう限界ギリだ。


「ミナ、避けてくれっ!」


 はっと意識を取り戻したように、ミナが左に数歩ずれる。そして、俺は右手を引く。レドースは壁に頭からぶち当たり、そのまま静止した。生きているか、怪しいところだ。


「……今の、なんだったんでしょうね」


「分からん……意識はなかったと思うけど」


 意識があったとしても、あんな攻撃方法は普通出来ない。誰かに操られていたかのような攻撃だった。


「……話は戻ってからにしますか。ミユリスちゃんの居場所、分かりましたか?」


「あ、ああ。それっぽいところはあった」


 ミナの切り替えの早さに若干置いていかれながら、ミナをさっきの場所に移動させる。そして、穴の開いている部分に指を入れ、奥が引っかかるようなので、そこを上に上げる。すると、床の石が持ち上がり、階段が姿を見せた。


「……某探偵アニメだと、こういうところってよく死体が置かれてるんですよね」


「怖いこと言うなよ……降りてみようぜ」


 階段に足を降ろし、屈んで頭上の床石を潜り抜け、頭が当たらなくなったところで後はそのまま降りる。階下に着くと、高さは二メートル、縦横も二メートルほどの立方体のような部屋に入った。そして、そこにはほとんど何もなく、腕と脚首を縄で縛られたミユリスが寝ているだけだった。


「無事なようです。ちょっとやせた気もしますが……」


「二日間食ってないんだろ。早いとこ帰ろうぜぇっ!?」


 急に体が重くなった。膝を付き、左手は立てて右手は肘を付いて体を支える。しかし、左手にしか力が入らず、右手と両足は、他の部分も痛まないわけではないが、特に痛い。筋肉がはち切れるかのような鋭い痛みだ。


「あぁー……」


 ミナが何故か理由を納得したように苦笑いを浮かべる。


「こ、これっ……なんなんだよっ……!」


「限界突破が切れたみたいです」


 耳の裏をかきながら、言い訳もせずに素直に答える。


「……どうやって帰るんだよ」


「どうしましょうかねぇ」


 ミナの魔力は、央都まで五人分運ぶほど残っていない。俺は使えないし、あの二人もミユリスも使える見込みはない。かといって、ミナが四人を運べるとも思わない。つまり、帰り方がない。俺の回復を待つにも、限界突破の回復には、長い時で数日かかるのだ。


「……詰んだ」


 倒れ込んだ姿勢でミナを見上げる。そして、即座に目を逸らす。


「どうかしました?」


 このことは言わないでおこう。ローブの隙間から、スカートの中が見えてしまったことは。というか、なんでミニスカなんだろう、この世界の女子は。ロングが動きにくいのは分かるけどさ。ならショーパンでいいじゃん。あと、白の紐パンでした。


 ミナが首を傾げたまま俺を見ているが、俺はそれをスルーした。


 その後、俺がミナに魔力を提供して、それで帰り、ミユリスと男二人を王城に預けて、央都騎士団の魔術師の一人にホーセス村まで転移させてもらった。


 レイラ達から遅いと文句を言われたことは、言うまでもない。

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