第56話

 何も見えないところに、俺は立っていた。いや、見えないのは目が何かで覆われているからだろう。手には何か棒のようなものを両手に一本ずつ持ち、恐らく目隠しをしている。妙に力んでいるが、何故か力を解くことができない。その時だった。


「力み過ぎるな。力が入ると、大事な時に失敗するぞ? 感じ取るんだよ、気配を。見ろ、心の目で」


 聞こえてきた低く野太い声は、ずっと聴いてきたようで、すごく懐かしくて——


「にぃに、がんばっ!」


 舌ったらずな、甲高い声も聞こえる。こっちも何か、懐かしいようで——


「ほらほら、どこにいるでしょうか?」


 楽しそうな、優しい声は、寂寥感を誘い——


 殺気を感じ取り、左手に持つ棒を背後に振る。そして、そこに衝撃がかかると同時、反対側からも同じように殺気を感じ、そっちは右手の棒で対処する。そして、離れたかと思うと、今度は、今向いてる方の背後から気配を感じ、上から振り下ろされる武器を、左手の棒で頭上で受け止めて、右手の棒で反撃に出る——はずだったのに、


「ちょっ、掴むのは反則だろっ!」


「勝負に反則はないぞ。でもまさか、反撃してくるとはなぁ」


「攻撃を防いだら反撃だって言ったのは、父さんだろっ!?」


「ん? ああ、そういやそんなことも言ったな。はは、これは一本取られた。でも、こんな悠長に話してていいのか?」


「え? ……つあっ!?」


「油断大敵よ、レン」


 脳天に衝撃が加えられる。左手の棒を落とし、痛む頭をさする。


「にぃによわーっ!」


 キャッキャと笑いながら、俺の耳元で甲高い声が聞こえる。


「うるさいな。なんならお前もやってみろよ。俺が相手な」


「にぃにこわーっ!」


 俺は諦めて溜息を吐き、目隠しの布に手を付け、首元までずり降ろした。そして、目を開く——



 そこに広がっていたのは、薄汚れたレンガ造りの天井だった。


「……夢、か」


 当然だ。あの声は間違いなく、父さん、母さん、そして、小さい頃のエミだ。しかし、現実であるわけがなかった。エミはもう成長しているし、「にぃに」とは呼ばない。それに、父さんも母さんももう……


「レン、大丈夫?」


「あ、ああ……」


「本当に? 泣いてるよ?」


「え……」


 手の甲で目元を拭う。本当だ、水滴がついている。


「怖い夢でも、見たの?」


「いや、そういうわけじゃないんだけど……そうだ、“土蜘蛛”はっ!?」


「色々あったけど、倒れたよ……体調が落ち着いたら、ちょっと話があるから、お父さんの部屋まで行こ」


「あ、ああ……」


 俺は今、パーカーを着ている。誰かが着替えさせたのだろう。しかし、一体だれが“土蜘蛛”を……


「いつでも大丈夫だ」


「分かった……じゃあ、ついてきて」


 レイラが部屋を出るので、俺もその後に続く。


 いくつか部屋を過ぎ、階段の横に太い道があり、その奥に大きな扉がある。レイラがノックし、扉を開けると、そこはぱっと見、会議をしているように見えた。巨大な丸い机に、見知った顔ぶれがそれを囲んで座っている。


「来たか」


 ジュンの呟きが聞こえるほど、部屋は静まり返っていた。


「……これは、一体」


「情報まとめの場所、昨晩の戦いについての」


「そ、っか」


 俺に視線が集まるのは分かる。しかし、何故俺に向く視線が、様々あるうちに、安堵の感情が多いのだろうか。


「それじゃあ、レンたちも座ってくれ。……よし。情報をまとめよう。大まかな説明は、俺からする」


 そして、ジュンが最初に口を開いた。


「昨日の夜、"土蜘蛛"が攻めてきたことは、覚えていると思う」


「あ、ああ……それは覚えてる。けど、すぐに意識がなくなって……」


「いや、意識はあった。なかったのは、自我だ。お前は昨日、怒りか何かのせいで、自分を見失って戦った。そして、襲来していた"土蜘蛛"と、他の魔物を一人で殲滅した」


 まさか、そんなことが……


「そして、魔物を討伐し終わった後……お前は、俺たちまで攻撃した。被害を受けたのは、俺とミナ、レイラ、ミフィアだ。ケイルもお前を止めに入ったが、幸い怪我はなかった。お前を止めたのは、レイラだった」


「そ、そうか……」


 まったく覚えがない。本当にそんなことがあったのだろうか。


「俺から、報告がある」


 そこで、ケイルが手を挙げた。


「あの時、少しだけレンのレベルが見れたんだ」


「……一のはずだけど」


 現状を確認するが、腕輪には一と表示されている。


「今はそうかもしれない。でも、俺が見た時は──350だった」


 周囲がざわつく。俺も、目を見開いて固まる。当然だろう。これまで人類が到達した最高レベルは、250なのだ。レベルの限度は、999だと聞かされているが、それにも遠く及ばないのだ。父さんでさえ、200手前で死んでしまったのだから。


「俺も見た意見を言わせてもらおう」


 今度は再びジュンが口を開く。


「俺が見たところ、レンの剣士、二刀流の熟練度はマックス二千だった。それに、"剣技無限発動"の能力もついていたと思う。あれだけ使って、疲れのひとつも見せないのはありえない。俺が持ってる能力と同じはずだ」


「私も言いたいことがあります」


 次はミナだ。


「私が見たところでは、レンは"魔力無尽蔵"と“無詠唱”の能力を持っていました。それに、魔術師としての熟練度は、剣士と同じくマックスの二千だったと思います」


「"剣技無限発動"に"魔力無尽蔵"、“無詠唱”……」


 口の中で小さく呟く。ジュンとミナが言うんだ。嘘ではないだろう。


 レベルが350で、全熟練度がマックス。そのうえ、女神の恩恵として与えられる能力"剣技無限発動"と"魔力無尽蔵"、更には“無詠唱”を持つ。そんなの、ほぼ無敵じゃないか。


「…………」


「おい、どこに行くんだ?」


 ジュンが聞いてくる。理由は簡単だ。俺が立ち上がって、この場を出ようとしているからだ。


「……クエストを終わらせてくる。誰も来るな」


 レイラとミフィアが立ち上がろうとしたので、前もって制しておいた。そして、俺は誰にも有無を言わせぬまま、部屋、屋敷、村を出た。

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