第374幕 終わりを迎えた日

 幾度となく剣を交えた俺は、ロンギルス皇帝に向かって魔方陣を構築する。『英』『雷』の二文字で構築されたそれは、鋭くジグザグに稲妻が飛んでいく。


 ロンギルス皇帝はそれを受け止めるような姿勢で剣を構えて……俺の生み出した雷はそれを避けるように進んで皇帝の身体を狙う。


「はははっ、小賢しい真似を!」


 剣を避けて狙ったその一撃に、ロンギルス皇帝は動揺することなく『防御』の魔方陣を構築して、後ろに飛んで極力雷との距離を取った。雷が『防御』を貫いたその瞬間、皇帝の剣が煌めいて真っ向から雷にぶつかった。


 流石ロンギルス皇帝。瞬時にここまでの事をやってのけるなんてな……だけど、俺だってただ見てるだけじゃない。


「皇帝ィィィ!」

「そう吠えるな。まだ遊び足りぬか?」

「俺を犬か何かのように……!」

「はははっ、愛玩犬のようにじゃれついてきているではないか!」


 くそっ、俺の猛攻をそんな風に言うなんて……! 悔しいけれど、これでも全力で戦ってるつもりなのに……!

 これでも彼には遠く及ばないというのか……!


「うおおおぉぉぉぉぉっっ!!」


 迷いを振り払うようにひたすら斬撃を繰り出し、ロンギルス皇帝を追い詰めようと躍起になるけれど、中々思うようにいかない。


「どうした? 先程よりも鋭さがなくなっているではないか。まだまだ若いな」

「うる……っさい!!」


 力負けして数歩後ずさった俺を、皇帝は不敵な笑いを浮かべている。以前とは違ってかなり激戦を繰り広げているはずなのに……まるでなんともないとでも言いたげな皇帝に焦りが生まれる。

 このままだと……また負ける。今度は確実に。


「くくっ、ほぅら、どうした? 動きが鈍っておるぞ?」

「うるさい……!」

「貴様は所詮、英雄にすらなれぬまま朽ち果てていくのだ」

「黙れっ!」


 焦るな……! ロンギルス皇帝は俺を挑発しているだけだ。落ち着いて……冷静に戦わないと、この男には勝てない……!


 左から、右から、あらゆる角度で飛んでくる斬撃をギリギリの角度でいなしていく。回避し続け、剣を引く動作と一緒に攻勢を仕掛ける。ロンギルス皇帝の攻撃は時折予想もしないところから飛んでくるけど、ヘルガ程じゃない。俺なら……今の俺なら、なんとかできるはずだ!


「皇帝……!」

「なるほど、動きが良くなってきたな」

「いつまでも余裕ぶれると思うなよ……!」

「はははっ、愚か者め。王だからこそ、余裕を持たなければならぬ。尊大な態度も、この世界を統べる王のみこそ許される! この振る舞い出来ずして王者の資格はない!」


 ちっ、えらく堂々と言ってくれる。しかも今までこの態度を崩したことがないから尚更説得力がある。

 魔方陣を起動させると、ロンギルス皇帝も同じように魔方陣を展開させてくる。皇帝は必ず『奪』の起動式マジックコードを絡めて発動してくる。これの厄介なところは、俺の魔方陣の魔力を奪い取って力にしてくるところだ。軌道さえ読めば、どうとでも出来るけれど……。


「やはり、貴様は余興。前菜でしかないな。向こうもそろそろ終わりそうだぞ?」


 ロンギルス皇帝の言葉に、思わずちらりとヘルガとスパルナの方を見た。


「あ……くっ……」

「残念ね。この程度の相手じゃ、前座も務まらないわ」


「ス、スパルナ……」

「ふふふ、前回と似たような結果になったな。どうだ? また命乞いでもするか?」

「……冗談じゃない」


 今回はあの時と違う。俺も……スパルナも、覚悟をしてヘルガや皇帝に挑んだ。ここに来たのは俺たちの意思じゃなくても、彼らに挑んだ覚悟は本物だ。それを……もう二度と怪我させはしない!


 俺は『身体強化』の魔方陣と『英』『身体』の二種類の魔方陣を重ねがけるように発動させる。これをやるのは初めてだけれど……扱える気がする。今まで以上に全身を包み込む力が溢れていくのを感じる。これなら……!


「はああぁぁぁぁっ!」


 まずはロンギルス皇帝に向かって走っていく。今まで以上に身体が軽い。皇帝の少し驚いたような顔が目に見える。自らの振るう剣の速度すら緩やかに感じながら、皇帝に向けて剣を振るった。


「……っ!」

「どうした……皇帝ぃぃぃっ!!」


 さっきまでよりはっきりわかる。ロンギルス皇帝の表情の変化や、動き。剣筋に挙動の全てが……!


「貴様ぁぁぁぁっっ!」


 さっきとは違って皇帝の事を少しずつ圧していた俺に激怒したのか、ヘルガが吠えてきながら両手の銃の引き金を引いてきた。

 それをわざとギリギリでかわして、ヘルガに向かって魔方陣を解き放つ。複数の同時展開によって生み出された炎の玉をヘルガが制している間にロンギルス皇帝に――


「余所見をしている暇があるとはな」

「しま――っ」


 ヘルガの方に意識を向けたその瞬間、ロンギルス皇帝は剣を振り下ろそうとしていた寸前だった。これは……間違いなくやられる。


「お兄ちゃん! 危ない!」


 もうすぐロンギルス皇帝の剣が俺に届く……。その僅かな時間で、スパルナが間に割り込んで……彼の身体に深々とそれが刺さった。


「ス、スパルナァァァッ!」

「あ……」


 斬りつけられた後、腹を貫かれ……そのまま倒れたスパルナに駆け寄った俺は……自分の覚悟が足りなかった事を思い知らされた。

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