第372幕 略奪のシアロル②

 しばらくの間、息を潜めて倉庫の様子を窺っていると……やがて黒い外套に身を包んだ怪しい人物が倉庫に近づいているのが確認できた。きょろきょろと周囲を窺うように頭を動かして、扉の前で何かをし始めた。


「見つからないように近づくぞ」

「うん」


 俺とスパルナは気付かれないように影から影へ移動するようにこっそりと動き、そいつに近づいていく。

 何かをかちゃかちゃと弄ってるような音が聞こえるけど……。


「何してるんだろう?」

「多分、鍵開けようとしてるんじゃないかな」


 確かな事はわかんないけど、多分……というか、それしか考えられない。他に理由もないしな。

 それにしても、やっぱり暗闇だとよくわからないな。頭もすっぽり覆う外套も相まって、男か女かも判別出来ない。


 しばらくしてカチャッとさっきまでのとは違う音がしたかと思うと、また周囲を警戒するように見回して、ゆっくりと中に入っていった。


「行く?」


 スパルナの短い声に、静かに頷いた俺は、一度だけ『索敵』の魔方陣を使って敵がいない事を確認する。やっぱり、さっき入った奴はこれには引っかからない。仲間がいるとしたら、同じようになってると考えた方が良いかもな。


「スパルナ。魔方陣に頼らず、自分の目で敵の姿がないか確認しろ」

「え? でも……」

「お前の『索敵』でもあいつは見つけられなかっただろう? もし仲間がいるなら、同じような手段を取ってるはずだ」

「う、うん。わかった」


 そこまで考えてなかった……とか言いそうな顔をしたスパルナは、真剣な表情で周りを見ることに専念し始めた。さっきと同じように『英』『防御』の魔方陣を張って、注意深く扉の中に入った怪しい奴を追いかけようとすると――


 ――ガイィィンッッ!


 再び魔方陣に銃弾がぶち当たるような音がした。また同じ事が起こったということは、狙撃手はそのままここに待機していたのだろう。一応さっきとは違う場所に当たったから、位置だけは変えてるみたいだ。


「お、お、お兄ちゃ、ん」


 流石にまた撃たれるとは思ってなかったのか、変にどもって混乱してるスパルナは、周囲には誰もいないと伝えようとするみたいにぶるぶる首を振っていた。


「この暗がりから俺とスパルナを狙って当てれる距離にいるって事だけは念頭に入れておけ」

「わ、わかった」


 倉庫で侵入者を確保してそれでおしまい、という訳にはいかない。敵はその後で捕まえた奴を奪い返しに来ようとするはずだからな。


「よし、それじゃあスパルナは中に入って侵入者を捕まえてくれ。俺は――」

「お兄ちゃんは今狙撃してる敵が中に入ってこないように見張ってくれる……ってことだよね?」

「そういうことだ」


 よくわかってくれているようで、スパルナの笑顔ににやりとした笑みで答えてやる。その後、少し扉を開けてスパルナは中へと入っていった。俺はというと、狙撃手の方に注意を向けながら、倉庫の中の様子にを窺っていた。万が一スパルナが取り逃がした場合、すぐにでも動く必要があるからだ。


 待っている間、色んな角度から銃弾が飛んでくる。一発ごとに何かを変えているようで、度々音が変わるのは多分……弾丸の種類を変えてるか、魔力を込めているのどちらかだろう。

 どうにかして俺の『防御』をぶち破ろうとしているのだろう。だけどこの起動式マジックコードは並大抵の攻撃ではどうにもならない。『英』には兄貴の使っている『神』と似たような感じがするからな。原初の起動式オリジンコードを使った魔方陣がそう簡単に突破できるはずがない。


「お兄ちゃーん」


 狙撃手と適当に戯れながら待っていると、スパルナが侵入者を重そうに両手で抱えて連れてきた。

 黒い外套でわからなかったけど、どうやら背が低いだけの男のようだ。


「よし、よくやった」

「お兄ちゃんの方はどう?」

「少し前から射撃は止んでるな。多分だけど……」


 逃げたか、こちらに向かっているか……。一応、後者の場合も考えた方がいいな。

 ……とりあえず、スパルナが抱えてる侵入者は俺が持つか。重そうに見えるし、他人が見たらちょっと怪しい目で見られそうだしな。


「スパルナ、そいつは俺が持つ。運んでいる間の索敵はよろしく頼むぞ」

「うん! それじゃ、よろし――」


 俺がスパルナから男を受け取ろうとした瞬間、彼の背後に見覚えのある『空間』が出現して、そこから白い腕が――


「スパルナ! 後ろだ!」

「お兄ちゃん! 後ろ!」


 慌てた俺とスパルナの声が重なる。全く同じことを言っている俺たちは、同時に驚いて……振り向いた時には遅かった。

 互いに困惑していた僅かな時間。その隙を突かれてしまった。


「くそっ……!」


 しくじった。こんな攻撃をしてくるなんて予想もつかなかったせいで、完全に油断していた。振りほどく前にがっしりと頭と身体を掴まれた俺が見たのは――


「くっ、くくっ……さあ、来るがいい。最後の余興を始めようではないか」


 愉悦の笑みを浮かべるロンギルス皇帝の姿だった。俺はそのまま『空間』の中に引きずり込まれ……向こう側へと連れ去られてしまった。

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