第362幕 最強の英雄

 戦いはかなり混戦を極めていた。敵兵は『防御』などの魔方陣を鎧に刻んでいるようで、物理攻撃がほとんど通らない。魔方陣も威力の低いものは無効化されてしまうし、かなり耐久性が上がっていた。


「ちっ、厄介だな……!」

「死ねぇぇぇぇっ!!」


 愚痴りながら突っ込んできた敵兵をいなして、魔方陣で作られた炎弾を顔面にぶち込んでやる。いくら防御力が高くても、無防備な顔への一撃は流石に無効化にすることは出来ない。


 その間に更に魔方陣を展開し、攻撃を追加していく。絶えず途切れず仕掛ける事で、敵の弾幕を相殺する。

 銃弾が頬をかすめ、血を流しても、決して止まることはない。


 ――


 何度めかの攻撃。こちらに集まったと確認した時に神焔の剣を召喚し、敵兵を丸ごと灰燼に帰し、『身体強化』で一気に詰め寄る。繰り返す内に感じたのはほんの軽い虚脱感。手足から何かが抜け落ちそうになるのを感じ、身を翻して銃弾の雨から『防御』の魔方陣で身を守った。


「さ、流石に数だけは多い……」


 息が乱れ始め、まだ猛攻を掛けてくる敵兵の姿を見る。それもそうだ。こちらはたった一人。あちらは大軍で銃や魔法、果ては魔方陣まで入り乱れ。それでもこちらに致命傷を与える事はできない。


 その事が焦りを生んでるんだろうな。いいぞ。面白くなってきた。絶望的なものほど、どうしようもない差があるほど……戦いは『楽しい』!


「……この後に及んでまだ楽しめる余裕があるってのは、俺が異常者だって証拠なんだろうな」


 敵からしたら何をぶつぶつと言ってるのかわからないだろう。仕方ないさ。そういう境地に至れるのは、本当に僅かな者だけなのだから。


 ――なら……次はこいつの出番だ。


 すらりと抜き放ったのは、俺が持っていた『グラムレーヴァ』よりも後に生まれた名剣。そうだ、名前がないのなら付けてやろう。そうだな……『バルブラン』が良い。煌めくような白い刃に、不思議と合うような気がした。どうせ暗号化されてて名前すらわからない代物だ。罰は当たらないだろう。


「身体も温まった。そろそろ本領発揮と行こうじゃないか」


 バルブランに発動するのは『神』『焔』『纏』の三つの起動式マジックコードで作られた魔方陣。そして自らには『神』『速』の魔方陣を発動させる。バルブランに白い焔が纏わり付き、剣を更なる武器へと昇華させる。

 そして……思いっきり走った俺は、全てのものが緩やかに動く世界へと入る。超スローとでも呼んだほうが良いのだろうか。

 あまりに遅い銃撃を全て叩き斬り、進行上に存在する全ての兵士に致命的な一撃を浴びせ、彼らの体はゆっくりとこぼれ落ちるように倒れていく。炎を帯びたその身体は、一瞬で燃え尽きる事だろう。


 やがて『神速』の効果が切れた時。俺が通った道には灰すら積もらず、何も残っていなかった。


「……な、なんだこれは」


 呆然とした兵士の呟きが静寂の中に響き渡った。動揺や恐れ……そういう負の感情がないまぜになったような表情をしている者も多い。が、それと同時に俺を憎々しげに睨んでいる者も少なくなかった。


「アンヒュルめ……! 化け物にこれ以上はやらせん!」


 憎悪に満ちた表情で銃を構えた男の一人の声で、他の兵士たちも我に返ったように怒りに心の火が灯る。明確な意思を持った彼らは、目の前で死んだ兵士の恨みを晴らせと、魔人アンヒュルを殺せとその目で訴えかけている。まるで、そういう風に誘導されているような……そんな気さえするほどだ。シアロルの兵士たちでもここまではなかっただろう。これがイギランスの軍勢……。相手の思考を操作する事が出来るなら、恐怖も怒りに変換することが出来る。限度はあるだろうが、死の恐怖を感じることのない軍隊の出来上がりだ。


 ……なるほど。確かに強力だ。これなら多少の事があっても動じず揺るがない。だが、お前たちが相手にしているのは、この俺だということを……!


 こちらに向かって放たれる銃撃を『防御』の魔方陣で防ぎながら、更に魔方陣を構築する。『神』『雷』『拡散』の起動式マジックコードを構築して、発動させる。雷は俺の周囲に広がり、兵士たちに襲い掛かる。


 近くで攻撃してくる兵士はこれで倒したが、敵はまだまだ大勢いる。


「相手は一人だ! 攻め込め!」


 指揮官みたいな男が大声で他の兵士たちを叱咤する。その言葉が聞こえ、更に士気が上がろうとしたその時……大きな音が聞こえた。あれは……魔方陣による攻撃の音だと思う。しかしおかしな話だ。ここにいるのは俺一人しかいないはずだ。だが、俺の目の前には次々と爆発や氷がまき散らされていく。


 それだけならまだしも、銃声が聞こえてくるのだから、訳が分からない。


「一体何が起こってる?」


 慌てて守りを固めながら『索敵』の魔方陣を発動させると、イギランス軍に相対するような形でそれなりの規模の敵が相対しているのがわかる。今シアロル軍と戦っているであろうグランセストではすぐには用意できない程の軍勢のはずなんだが……。


「……いや、今はそういうことはどうでもいいか」


 そう、大事なのはここでイギランス軍が多少なりとも混乱していること。そして……俺に対して風が吹いているってことだ。

 今この時が一番の好機だと、肌で感じる。仕掛けるならここがベストだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る