第357幕 長引く戦争への焦り
最初の一戦以降。俺たちは長い戦いを続けざるを得なかった。『身体強化』で駆け抜けるにはゴーレムが邪魔だし、そのゴーレムは俺やセイルが相手をしなくては負担が大きい。その事が一ヶ月もの長い戦争の原因となっていた。それでもまだ持ち堪えている方だ。
「……こんな時に『生命』の
荒い息を整えながら深いため息を吐くその姿は、やつれた中年の男を彷彿とさせる。
……しかしそれも無理はない。なにせゴーレムが出てきたら俺たちが戦う以外選択肢が存在しない。他の者が戦う事になれば、すぐさま捻り潰されてしまうだろう。だからこそ、必然的に俺たちが相手をしなければならない……のだが、奴らの数は非常に多い。一体見つけたら百体はいるんじゃないかと思うほどだ。
様々な感情と決意をその身に秘めて戦いに望んだのは良いのだが、現実というものはこんなものなのだろう。
「『身体強化』を使って一気に駆け抜けることが出来たら、今頃は……」
「使っても今頃は制圧どころか、皇帝やヘルガの対峙しながらゴーレムと戦うことになるだろう」
そうなったら例え勝ったとしても、消耗したところを叩かれるのが目に見えている。俺はまだしも、セイルやスパルナがそれに耐えきれるかどうか……。
「少しずつ、堅実に向かうのが一番なんだね」
「そういうことだ」
「わかってはいるんだけどな……。こうもゴーレムとの連戦だと精神が参ってくるってもんだ」
一刻も早くこの戦いを終わらせたい。平和な世界にしたい。そういう思いとは裏腹に、現実は少しずつしか進行していかない。そんなもどかしさがセイルの顔に表れていた。
「セイル。焦る気持ちはわかるが、戦いはまだまだ続く。むしろこれからどんどん激化していくだろう」
今はまだ、シアロルとの国境付近での争いに済んでいるが、これが少しずつ城に近づくと……今まで以上の戦いを強いられる事になる。
「わかったさ。今回は少数精鋭で潜入してるわけじゃない。いずれシアロルやイギランスの主力ともぶつかる事になるだろうし、そうなったら激戦になるだろうってさ」
神妙な面持ちのセイルも今後の展開について悩んでいるようだった。シアロルに辿り着けば今は姿を見せない戦闘機や攻撃機が襲いかかってくる。空からの攻撃はスパルナが応戦することになっている。俺たちでは出来ない攻撃も、彼なら問題なく成し遂げてくれるだろう。もちろんその分地上戦力は俺たちが叩かなければいけなくなるけどな。
「……とうとうシアロルの領土、か。なんだか随分遠くまで来たような気がするな」
「だって実際遠いし」
「いや、そういう意味じゃなくて」
スパルナが笑顔で言った言葉に、セイルはがっくりと肩を落としてしまった。その様子に、俺も思わず苦笑いしてしまう。
セイルの言いたい事は確かにわかる。思えば随分長い道のりだった……と感慨に耽りたいのだろう。それに……彼は何度かシアロルに訪れたんだったな。俺はこの国に来るのは初めてのせいか、そういう感情はどうにも薄い。
「思えばここでもいろんな事があったんだよね。嫌な思い出しかないような気がするけど」
うえーっとか言いそうな顔で嫌そうなスパルナはセイルとはまるで正反対だ。こういうところは兄弟分といっても違うな。
「シアロル……一年中雪と寒気に覆われている……というのは聞いたが……」
「降ってる時と降ってない時はあるけど、基本的に寒い国だな。防寒対策は必要だと思う」
「あの時も寒くて辛かったもんね。シアロルで買った服とかはすごく暖かくて嬉しかったなー」
二人がそれぞれの意見を言ってくれているが……恐らく、魔人の国ではそういう対策はしていないだろう。寒い時期もあるが、なんとかなる程度だからなぁ。
「まずは防寒対策から、か。シアロルの本隊とぶつかり合うのはまだ先だろう。それに……」
ここのところ連戦続きだった。俺たちはともかく、兵士たちはかなり疲労しているはずだ。いくら士気が高くても、このままシアロルの首都を攻めるのは得策とは言えないだろう。
「お? 兄貴、どこに行くんだ?」
「ちょっと指揮官と話にな。ここで一度休んだほうがいい」
「でも、せっかくここまで来たんだ。今の勢いがある内に進めれば……」
「兵士たちの顔を見なかったか? 疲労が溜まっていては、出せる力の半分も出ないだろう。警戒しながら、最低でも兵士全員に防寒具が行き渡ってから……だな」
それに自分たちの事を考えると、そう悪いことでもない。疲れを癒やし、今後の戦いに向けて俺たちも少し休んだほうが良い。
「そう、だな。俺たちが疲れてるくらいだし、兵士はそれ以上、ってわけか」
「そういうことだ。町や村のように完全に自由……というわけでもないだろうが、ないよりはマシだろう」
セイルも納得がいったのか、しみじみと思いを馳せているような顔をしていた。俺はそれに背を向けて、指揮官のところに話に行く。
……ほどなくして、シアロル突入が万全になるまでの間、この国境で睨み足をしながら様子を見ることとなった。その時の指揮官のホッとした様子が、やけに頭の中に残ってしまった。
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