第350幕 再結集した者たち

 ロンギルス皇帝が引いた後、シアロルの軍は恐ろしいほどあっさり引き上げてしまった。イギランスの軍もそれに続くように退き……残ったのは俺たちと魔人の兵士たちだけだった。兵士たちは俺がヒュルマの軍を撤退させたのだと歓喜していたが、実際はそうじゃない。向こうが勝手に退いただけだ。


 それでも現状は勝利……と呼んでも差し支えない状況だろう。人の方は引いて、魔人は生き残ったのだから。


 ――


「兄貴、本当に久しぶりだな」


 一度町に戻った俺たちは、適当な酒場で再会の喜びを示していた。あまり喜ぶべき事もないのだが……せっかくの雰囲気を俺の一言で台無しにはしたくなかった……んだが、セイルは何故か申し訳無さそうに俺の事を見ていた。


「セイルが私たちをここに連れてきてくれたんだよ」

「正確には、スパルナちゃんが、だけどね」

「むー、ぼく、ちゃんじゃないよ?」


 スパルナ……確か巨大な鳥に変化する少年だったな。なるほど。彼が鳥になって首都にいた彼女たちをここまで連れてきたという訳か。


「あ、あの……グレリアくん……久しぶり」

「……ああ」


 セイルの事が気になったから、どういう風に声を掛けようかと悩んでいたけれど……先にエセルカが気まずそうに俺に話しかけてきた。俺は彼女のことをどうしても避けがちだったから……やはりどう話していいかわからない。ちらっとくずはとセイルの方を見ると、二人共今の俺たちと似たような状況だった。


「……エセルカ」

「ひゃ、ひゃいぃっ!」


 目の前で手をもじもじとしているエセルカになんとか話しかけると、彼女は動揺したような声を上げてじーっと俺の方を眺めてきた。


「あー……あの闇の攻撃。あれはエセルカの……か?」

「う、うん。前は使えなかったんだけど……頑張ったから……」

「そうそう、『グレリアくんの帰りを待っていたいから』って。結局私もエセルカもセイルに連れられて来ちゃったんだけどね」


 あはは、と笑って少しでも場を和ませようとしているシエラだったけど、それは少しだけ効果があったようで、くずはがクスリと笑っていた。


「そうね。私なんてわざわざセイルに伝言してって言ったのに、こっちに来ちゃったんだもの」

「くずは……その……」

「良いの。私は自分の実力も思い知ったし……あの時は本当に待つつもりだったから。セイルが首都に来た時、ほとんど勢いで来ちゃったけど……ね」

「くずははまだ良いだろう。俺たちはまるで今生の別れみたいな事を言ってコレだからな」


 なんて苦笑すると、シエラは少し顔を赤くして頬を掻いていた。エセルカは……会わなかったせいか、妙に寂しそうにしていて、少し心が傷んだ。


「でも嬉しかったよ。皆が来てくれたことはな」

「あはは、大して役に立たなかったみたいだけどね」


 シエラがため息を吐いて悲しそうにしていたけど、そんなことはない。あの場で全力で攻撃を仕掛けようと考えていたのは俺だけだった。ロンギルス皇帝はあれだけの攻勢を仕掛けてきておいて、未だ手の内を隠しているようだったし……一旦仕切り直すという点では正解だった。冷静でいるように心がけていても、あの時はもう少しやりようがあったはずだ。思った以上にロンギルス皇帝が『時』の起動式マジックコードを使っていた事に驚いていたのだろう。


「それで兄貴、ロンギルスに……その、奪われなかったか?」

「奪う?」


 セイルの言葉が少しに気になる。奪うっていうのは恐らく――


「セイル、まさかとは思うが……奪われたのか?」


 俺の言葉にセイルはどう反応して良いものか迷っている様子だったが……やがて申し訳なさそうに頷いた。


「『生命』の起動式マジックコードを……」


 悔しそうに俯くセイルに、スパルナはそっと駆け寄って悲しげな表情を浮かべていた。やはり……だからあの時、ロンギルス皇帝は『生命』の魔方陣を使う事が出来たのだ。


「そう、身構えないでくれ。何も悪い事をしたと責めてる訳じゃないんだ。だけど、これでヘルガを回復させた事に納得がいった」

「それは良かった。ついでに私たちも聞きたい事があるんだけれど……」


 かしこまる様に話し方を改めてきたシエラに不気味さを感じる。


「……なんだ?」

「なんでその子は貴方のところにいたの?」


 シエラの視線が俺の後ろの方に移っていって――そこには申し訳なさそうな表情でこっちの様子を伺っているルーシーの姿があった。


「私たちは置き去りにしたのに、ルーシーは隣に連れて歩いてたんだね」

「グレリアくん……」


 呆れた様なシエラの視線。恨めしいものを見るようなエセルカの表情。その中で俺は、なんともいたたまれない気持ちで弁明をする事となった。


「……話せばわかる。だから、そんな視線を向けないでくれ」


 慌てて説明をする俺は、なんとなく……日常の中に戻れたような、そんな気分を味わった。

 ……これが、こんな状態じゃなければ、もう少し楽しめたのかも知れないが。


 それでも久しぶりに見たみんなの笑顔は……俺の心を穏やかな風のように優しく通り抜けたような気がした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る