第314幕 亡国の勇者
「それで、その魔王の右腕に一体どんな用だ?」
「簡単だ。俺に今起こってる事、教えて貰おうと思ってな」
「なんでわざわざ俺なんだ? 他の奴もいるだろう」
「それもまた簡単だ。この国で俺が知ってるのはお前しかいない。ちょうどミンメア女王がお前はここにいると言っていたからな」
「……あの」
「なんだ?」
「なんで腹筋しながら話してるの?」
シエラがおずおずと手を挙げて質問していたが、それは俺も気になっていた。
さっき「これでよし」とか言っていた割には腹筋しながら俺たちと話している。それが妙に暑苦しく鬱陶しい。
「簡単だ。俺は今、鍛錬中だからだ」
「……それは後回しにしてくれ」
それなりの部屋とはいえ、三人もいれば少し狭く感じる。その上、汗の匂いが立ち込めれば嫌にもなる。
「もう少し……いや、わかった」
一睨みすると、腹筋をやめて布で汗を拭っている
「……それで、どこまで話せばいい?」
「全部だ。俺はどうやら、知らないことが多すぎる。この世界で何が起こっているのか……何故、俺は魔人の国に行ってはならなかったのか……。その全てを知りたい」
なるほど、この男もようやく自分の置かれている立場を理解しようと努力を始めたというわけか。
「勇者なのに、何も知らないの?」
「『知らない』んじゃない。『知らせていない』というのが本当だろう」
「そうだな。俺は何も知らなかった。自らが強くなり、頂点に立てるのであれば、そんな事は些細だと切り捨ててきた。知ろうともしなかったせいで……今の俺はいる。過ちを繰り返すわけにはいかない」
最強の称号というものには誰しもが憧れを覚えるという。少なくとも俺はそんな事考えてる余裕はなかったが、この男は逆に自分を追い詰めるほど考えていたということだろう。
「……わかった。それなら、俺が知る限りの事を教えよう」
「私も少しは手伝えると思うよ!」
「……恩に着る」
彼に見聞きしたことをわかりやすく教えている間、俺も自分の感情に整理をつけ、再び戦うことを選択するのだった。
――
今最も力を持っているのは……恐らくシアロルだ。皇帝と呼ばれた男……ロンギルスが鍵を握っている。
「行ってしまわれるのですか?」
ロイウスは俺たちがこの国を去ることを残念な顔で見ていた。出来ればもっといて欲しかった……というのが目に見えている。
「もう俺たちがいても仕方ないだろう」
「そんな事はありません! 貴方がいてくださるだけで武力による行使が少なくなります」
「一人であんな竜の怪物を倒したんだもんね」
茶化すように笑うシエラだが、彼女はわざとこんな事を言ってるのだろう。
「あまりおだてないでくれ。俺だってここにいたら本来の役目が果たせなくなる」
「グランセストに攻めてくるヒュルマをなんとかしないと、ね」
一応シエラも覚えていたようだ。俺たちの元々の目的はジパーニグやアリッカルの平定じゃない。グランセストに攻勢を仕掛けてくる者を制圧して、国を守る事だ。俺たちだって、これ以上ここに足止めを食らうわけにはいかない。
「ヘンリーの方も状況が少しずつ良くなっていると聞く。戦力もこちら側に流れ込んできているし、俺がいなくてもどうにでもなるだろう。言い方は悪いが、隣から侵略行為を受けなくなったわけだから、そういう心配も必要ないだろう」
「……そうですね。もう一カ国はアリッカルですので、シアロルからの侵攻に気を使っていればいいでしょう。イギランス軍がナッチャイスを越えてくる……となれば話は別ですが、それはすぐに情報が来るでしょう」
グランセストの包囲網は図らずも完全に崩れ去った。イギランスはナッチャイスが無くなった事を掴んでいるだろうが、町も村もことごとく無くなってしまった以上、補給無しの強行軍になってしまう。いくら戦車や攻撃機があるといっても移動できる距離には限界がある。そうそう攻めてくることはないはずだ。
「……わかりました。これ以上言っても無駄なのでしたら、せめてお気をつけてください」
「良いのか? 俺は魔人で、貴方は人だ」
「昔でしたら思うところはあったでしょう。ですが、貴方がアリッカルが攻めてきた時、地下都市を見た時……人の王に対しても疑念が湧いてきました。実際に触れた貴方やシエラ殿は、魔方陣が使えること以外、私たちと変わりはしませんでしたしね」
そう言ったロイウスの表情はどこか晴々としていて、とても印象的だった。
ジパーニグにもアリッカルにも、こういう者は少ないだろう。大半が力か、ヘンリーに……『勇者』というブランドに従っているのが事実だしな。
ロイウスのような人が増えるよう、俺たちも頑張らないとな。
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