第311幕 嵐過ぎ去る
闘技場での戦闘が終わってから数日――それまで全く動かなかったジパーニグの上層部は、ようやくその重い腰を上げた。
伝説になっている竜と化した吉田ですら負けた彼らの陣営には、もう手が残されていなかったからだ。
アリッカルの条件の大半を呑んだジパーニグは、晴れてグランセストとの戦争に終止符を打ち、俺たちは息苦しい気分から解放されて、賓客としてそれなりの扱いを受けている。
少なくとも監視されるような事はなくなったと言えるだろう。
「いやー、一時はどうなる事かと思ったよ……」
なんて言いながら俺の部屋で安堵しているシエラは、アリッカルの執政官を守りながら戦っていたそうだ。俺がいなくなった途端、兵士たちがシエラたちがいた部屋に武装した状態で入ってきたと言うのだから、奴らの行動があまりにも予測通りで乾いた笑いしか起きない。
その後、なんとか守ることができたシエラは、俺の応援に駆けつけてきてくれて……吉田が倒れている場面に出くわした、ということだ。
「アリッカルのあの……あの人、感謝してたね。『お陰で交渉がスムーズにいきます!』とかなんとか」
「あれでまだ荒れているようだったら、魔方陣で吹き飛ばしてやったところだ」
「あはは、冗談じゃないところがまた洒落にならないよね」
今でこそ笑って済ましているが、あんな事にまでなって、まだゴネるつもりだったら容赦なく怒りをぶつけていた。それだけの事を向こうがして来たのだから当たり前だ。
「吉田もあれだけ大暴れしてお咎めなしだったのは本当に良かった」
「グレリアは彼のことを知ってるみたいだったものね。私は終わった後に来たからよくわかんなかったけど」
「そうだな。彼は……俺の事を覚えている数少ない人物だからな。助けてやれて良かったが……」
あの後、吉田の目は……左目だけ少し視力を取り戻した。辛うじて少し前が見える程度らしくて、目の前の者の顔もぎりぎり見えるくらいらしい。吉田自身は力なくだが、また目が見える事を喜んでいた……のだけれど、やはり人の限界を遥かに超えて、竜の姿になったのは想像以上に負担だったようだ。
身体も……右手が上手く動かせなくなっていて、足もふらつくらしい。魔力の方も身体強化の浄化陣を一度発動出来る程度にしか戻らなかったそうだ。こうなっては戦いに復帰することはもう敵わないだろう。それどころか、普通の暮らしを送る事すら困難に違いない。それでも……あいつは笑っていた。
「貴様が悔やむことじゃない。これは……俺が自ら望んだことだ。死んでもおかしくなかったのを、貴様が救ってくれたんだ。もう……俺も気が晴れたよ」
城の一室で休んでいた吉田は、晴れ晴れとしていた。それが俺に負い目を背負わせない為の行動かどうかはわからないが、少なくとも気持ちが楽になったのは確かだった。
吉田は一戦から退き、今後は執政に携わって国を支えて行くつもりだと言っていた。吉田が暴走したのは全てジパーニグを統べていたクリムホルン王の策略だという事で結論がついたことだし、地下都市の存在も城の中の者だけではあるが、極一部でも知られることになった。
初めて見た地下都市の技術にアリッカル・ジパーニグの執政官たちは驚き言葉を失っていたようだけど、俺たちはアリッカルの方で既に経験してきたからか、驚き……には至らなかった。ただ、アリッカルとは少し違った町並み、人種で、少し思うところはあったがな。
色々とやるべきことが多くて、気づいたら現在に至る……というわけだ。
「グレリア殿、少々良いですか?」
ノックの音と共に現れたロイウスが少し焦ったような顔で俺の事を訪ねてきた。面倒事に巻き込まれそうな予感がしそうな顔を見て、流石の俺も少しうんざりしてきた。
「……構わないが」
「ああ、そんなに嫌そうな顔をされないでください。闘技場の一件に比べれば、遥かに面倒ではありませんから」
慌てるような素振りを見せてきているが、あれと同じくらいだったら頭が痛くなるくらいだ。
「それで、一体何の用なんだよ?」
「実は……ナッチャイスの女王から使者がやってきたのです」
ナッチャイス……といえばジパーニグの隣国で、確か……ミンメア女王が治めている国だったはずだ。シアロルやイギランスと同じくグランセストと敵対しているはずなのだが……まさか……。
「もしや……」
「いえ、グレリア殿が思っているような事ではなく……こちらと同盟を結びたい、ということです」
「同盟……だと?」
「はい。グランセストに掌握されつつある二国と手を組みたいらしく……私たちだけで決めてしまうよりも、グレリア殿にもご同席いただいた方が良いかと思いまして」
だから俺のところまで来た……というわけか。これである程度納得することが出来た。
「わかった。シエラは……」
「私はここの守りをしっかりしておくよ!」
つまり、面倒事は俺に丸投げしたい……ということだろう。
ため息が出そうになったけど、仕方ない。嫌だと言ってるのに無理して連れて行くわけにもいかないからな。
ナッチャイスからやってきた使者……それがどんな者なのか、見極めてやるとしよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます