第283幕 地下都・来京

 ジパーニグの地下都市である『来京』に来てから数日が経過した。上とは違って争いの『あ』も無いくらい平和なここは、なんだか気持ち悪かった。安心感というか……誰もがどこか無防備で、『警察官』とか呼ばれている兵士の類がなんとかしてくれると思っているようだった。


 その肝心の警察官も別に鎧を着てる訳でもなくて、如何にも頼りなさそうなんだけど……『法律』で守られてるからこの地下都市は安全なんだと言っている者までいたのだ。


 なんというか……すごい違和感がある。なんで自分の力でも無いのに、そこまで安堵出来るのだろう? それが不思議で仕方ない。スラヴァグラードでも似たような様子だったけど、あの時は気にする余裕が無かったからな。


 そんな俺のなんとも言えない気持ちを他所に、情報集めは順調に進んでいった。警察官の他に『軍官』と呼ばれる軍事組織に属している兵士もいるようで、彼らがいる施設はやたらと厳重になっている。明らかに何かを隠してるんだけど……あの壁と天井の近くに設置されているガラスのついた箱が厄介だ。なんの原理で動いてるのかは知らないが、あれを通して別の部屋からそこの景色を見る事が出来るらしい。


 確か……本には『監視カメラ』とか書いてあったっけか。あれの厄介なところは魔方陣で誤魔化す事が出来ない。下手に壊したらあっという間にバレてしまうだろう。ただ、万能ってわけでもない。前にそれを知らず、土でネズミを作って潜り混ぜた時は、不思議と誰にも見つからなかった。つまり魔力の反応は見る事が出来ないって訳だ。


 ただ……ネズミを使っても格納庫に入るのにはかなり苦労した。お陰で戦車なんかは大体そこに存在する事が確認出来た。だけど、問題はその数だ。格納庫自体も複数ある事が確認している。それに軍の施設はいくつかに散らばっていて、とてもじゃないが一斉に攻撃出来るような距離じゃない。


 完全に手詰まりになってしまった俺たちは、泊まっている旅館で頭を悩ませることになってしまったのだった。


 ――


「はぁ……」


 ため息が天井に吸い込まれて消えていくのを見ながら、俺は行き止まりから抜け出せない苦悩を抱えていた。疲れを取るためにこの宿を取ったのだけど、これじゃあ気が休まらない。


「お兄ちゃん、ただいまー」


 部屋に戻ってきたのは浴衣姿のスパルナで、湯上りの良い香りを漂わせている。これだけ見たら本当に女の子なんだが、それを言ったらスパルナは頬を膨らませて拗ねることだろう。


「いいお湯だったよー」

「お前は呑気でいいな」


 自由気ままなのはいいが、少し気を引き締めて欲しいものだ。


「まだ悩んでるの?」

「まさか基地が全部で五つもあるとは思わなかったからなぁ……」


 全部が並んでいればいいんだけど、そう上手くはいかない。どれか一つでも残っていれば、そこから反撃にも、地上に出ることも可能だ。


「前も言ったけどさ、そんなに悩むことないんじゃない?」

「でも、地上に出さなければいいんでしょ? 駅じゃ戦車も攻撃機も通れないし」


 スパルナの言う事ももっともだ。駅はそんなに大きくない。それに電車は細長い物だ。一台ずつとはいえ、戦車なんかが通るには狭すぎる。何か別の……。


「そうか」


 そこまで考えを巡らせた俺は、ようやくその考えに行き着いた。ここは地下で何らかの方法を使って地上にあの兵器を送り込んでいる。つまりそこを……基地の近くに立っている柱みたいな場所さえ潰せば、時間稼ぎにはなる。攻撃機はともかく、戦車を送るにはどうしても道が必要だからな。


 基地を叩くのはその後にすればいい。そうすれば俺たちに攻撃が飛んできても問題ない。


「どう? 何か閃いた?」

「……ああ、試してみないとわからないけど、これならかなり有利に進める事が出来る」


 ある程度自信を持って言いはしたけど、実際にやってみないと確証は持てない。だが上手くすれば……俺が考えてるよりもずっと早く終わるはずだ。


「……とりあえず、まずは汗を流してくるか。少しさっぱりした方がいい感じに頭もゆっくり出来るだろう」


 ここのところ、根を詰めて本やら地図やらを漁ってた挙句、基地の把握に時間を費やしていた。いい加減、身体を休めた方がいい。


「そうだねー。お兄ちゃん、気分転換しよう? って言っても全然聞いてくれなかったし」

「知りたい事、やらないといけない事が多いんだから、仕方ないだろう」


 ため息が出るが、スパルナも十分に助けてくれてるし、毎日新しい魔方陣の研究にも力を入れてくれている。敵地とはいえ、今まで街を歩いていてもヘルガやラグズエルなんかの……明らかに敵対者といった人物には会ってないし、気が緩むのも仕方のない事だろう。


「でも、少しは考え方が変わるかも、だよ?」

「はぁ……わかった。俺たちもあまり時間を割いていられない。だから、少しだけ、な」

「さっすがお兄ちゃん!」


 結局、スパルナに負ける形で次の日に俺は気分転換で一緒に買い物に繰り出すことになったのはまた別の話。

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