第260幕 旅立ちの日
くずはと久しぶりに出会った次の日。俺はアルディにジパーニグに行くことを伝えることにした。本当は何も伝えずに行くつもりだったけど、あそこは兄貴やエセルカの生まれ故郷でもあるし、耳に入ればいいと思ったからだ。アルディは兄貴と知り合いなようだし、随分信頼しているようにも感じた。
それに俺自身もこの短い期間の中、共に戦った事で信頼できると思ったからだ。
城へ向かい、門兵に要件を伝えると、この時間の彼は庭の方にいるとわざわざ他の兵士たちに聞いてくれた。
それに感謝しながら城の中に入って中庭の方へ向かうと、庭園と呼ぶに相応しい様々な木や花が植えられているそこでアルディはパン屑を放り投げて、小鳥たちに餌を与えていた。
なんて言うか一々絵になる事をしてるなと思う。ちょっと気取っている……ような気がするけど、これが自然体なんだろう。
行こうかどうしようかと躊躇している間に、アルディはこっちに気付いてにこやかに歩み寄ってきていた。
「これはこれは……ちょっとお待たせしましたか?」
「ああ、いや……今来たところだから」
それは良かったと安堵してるアルディは残ったパン屑を全部鳥たちに分け与えてから、改めて向き直った。
「わざわざ私を訪ねてきた、ようですね。なにか御用ですか?」
「え、ああ。実は――」
それから俺はジパーニグに行く事。これからは他の国から戦車が出てくるかもしれない。それを事前に潰しておきたいと伝えると、彼はどこか困ったような顔をしていた。
まあ、それもある意味当然だろう。いきなり本拠地に乗り込んで、大将の首を獲ると言ってるようなものだ。反応に困るのは仕方ない。
「……でしたら、その前に一つ仕事をお願いしたいのですが」
申し訳なさそうに頬を掻く彼の言葉は、俺が予想していたのとは全く違うものだった。あまりにも違いすぎて少し身構えていた自分が馬鹿らしく感じる程だ。
「その仕事って?」
「シアロルの方面にいるシグゼスさんにも同じ話をして欲しいのですよ。ヘンリーさんに話したらあっさり断られてしまいまして……困ったものですね」
苦笑しながらアルディはやれやれと肩を竦めていた。
確かに、あの会見で様々な事を話してくれたヘンリーが断るのは困った事だろう。実際異世界の事を知ってる最重要人物と言ってもいい。
「近々くずはさんにも同じような質問をして、信憑性を高めるつもりなのですが……イギランス側から戦車が現れた以上、各方面に特徴や攻撃方法を伝えなくてはなりません。ヘンリーさんはナッチャイス方面になら行っても良いと仰られてたので、シアロル方面にはセイルさんたちに向かってもらいたいのです」
「……わかった」
アルディが『お願いできませんか?』と困ったような顔で訴えかけてくるものだから、つい頷いてしまった。
方向的には対極に近いから、かなり遠回りになるけど……あまりに急いでもすぐになんとか出来るものじゃない。それより迫り来る脅威について周知させる方がいいだろう。
「ついでにグレファさんにもよろしくお伝えください」
アルディの言葉に一瞬呆けるような顔をしてしまったけど、すぐに元に戻した。というか、今『グレファさん』って言ったよな……?
どうやらアルディには俺がくずはたちを避けていた事がバレていたようで、状況報告のついでに兄貴に顔を見せてこいという事だった。
ヘンリーの奴が行きたがらない理由がそこでようやくわかった。というか、兄貴がそっちにいる事をすっかり忘れてた。
あいつも兄貴とは浅くない因縁があるようだし、そりゃあ避けるよな。
今更拒否したところで何の意味もない。自分が負い目に感じてて、納得できる強さになるまで会わないなんて誓いをしてたのに、こうなったら行くしかない。
一度口にした言葉をすぐに引っ込めるなんて男のする事じゃないからな。
「……わかった」
皮肉の一つでも言ってやろうかと思ったけど、結局言葉として出てきたのはさっきと同じ一言だけだった。
「お願いしますね。向こうは少々、困ったことになっているようですから」
「困ったこと?」
「はい。こちらに来るまでは知りませんでしたが、向こうではゴーレムが度々侵攻しているようです。時間稼ぎをしているのかはわかりませんが、どうにも良くない流れであることは間違いありません」
戦争ってのは
……まあ、一度変わった流れは中々まで戻らないって訳でもあるんだけどな。
ゴーレムで押してるということは多分、向こうの戦車は準備中なのだろう。もしくは……機を伺っているか。
なんにせよ、不利な事には変わりない。アルディも何か感じ取っているのだろう。その目には不安が見え隠れしていた。
「安心してくれ。だらだら行く気はないさ。出来るだけ早く情報を届けてみせるよ」
アルディの返事を待たずに、さっさと庭園を抜け出して、旅に出る準備を整えることにした。戦いが今よりも激しくなる……そんな予感を胸に秘めながら。
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