幕間 俺の獲物だ・前
シアロル帝国の地下に位置する都市スラヴァグラード。そこにある訓練施設で射撃を続けるヘルガの姿があった。
ここは彼女専用の部屋と言っても良く、縦横無尽に出現する的を『空間』の
もう何時間もしていたのか、ヘルガは荒い息を吐きながら黙々と的を仕留めていく。
グレリア、セイルの二人と戦い、二人共取り逃がした……その事実が彼女の心を苛立たせていた。だからなのか、彼女の訓練を見ている者がいたことに気付けなかった。
「精が出るな」
「!? ……ラグズエル」
ヘルガが鋭い視線を向けると、ラグズエルは旧知の友と会うかのように軽い感じで歩み寄っていく。
「何の用?」
「……お前、セイルに負けたんだって?」
「負けてない」
ラグズエルの一言にヘルガは殺気を隠すことなく放っている。並の兵士であれば失神してもおかしくないそれを、彼はまるで日常茶飯事だと言わんばかりに涼しい顔で受け止めている。
「まあ落ち着けよ。これから先、戦いは激化する。もし、俺とお前が同じ戦場で奴に出会ったら……戦う権利、俺に譲れよ」
「正気で言ってる?」
「ああ。お前、グレリアって奴とも因縁があるんだろう? だったらあいつは俺が貰ってもいいだろう?」
ラグズエルがそれを言い終わった瞬間、魔方陣で手元に銃を呼び出し、銃口を突きつける。今すぐにでも引き金を引きかねないという緊張感が立ち込める中、堂々としているラグズエルは肝が座っている。
「ははっ、怖い怖い。だったらこういうのはどうだ? 俺とお前で戦って……お前が納得したら譲ってくれるっていうのはよ」
「その条件だと、貴方が不利なの、自覚してる?」
「いいや? 俺は別に勝たなくていい。仮に運良く勝てたら、負けたお前はそれでも納得しないなんてありえないからな」
ラグズエルはヘルガに勝てるなんて思っていない。本気で戦えば彼女の有利は揺るがないし、彼女自身が気付いてないであろう驕り高ぶった今ですら、苦戦は必至だ。だからこそ、勝たなくても良い方法を提示した。そして――
「……いいわ。乗ってあげる」
ヘルガは自分が侮られるのが我慢できない。格下だと思っている相手には尚の事だ。
「よし、それじゃあ……このコインが落ちたら戦闘開始といこうぜ。なぁに、長くはならないさ」
ラグズエルの提案にヘルガは頷き、互いに距離を取る。ラグズエルは緊張の一瞬を感じながら、コインを取り出し……覚悟を決めたようにそれを高く放り投げる。
空高く舞ったそれが地面に落ちた瞬間……動き出したのはヘルガだった。瞬時に展開される大量の銃火器。中には対戦車・対物ライフルを始めとして、戦車砲や機関銃などが織り交ぜられている。それらは明らかにラグズエルを殺す気でそれらは展開されていた。
地獄には様々な拷問があるとされているが、このような光景は存在しないであろう。この世に具現化した新しい地獄の在り方を見て、ラグズエルは冷や汗をかいた。
「降参するなら今の内だけど?」
そんな胸中を見抜いているかのように、ヘルガは余裕のある……冷めた声で慈悲を与えた。
ありとあらゆる銃火器を従えたそれは、背筋が凍るほどに恐ろしくも神々しい姿。
並の器ならば即座に泣いて許しを乞うであろう現状を、ラグズエルは一笑に付した。
「いいから早くかかってこいよ。それとも撃ち方を忘れたか?」
指でちょいちょいと挑発するような仕草を取ったラグズエルにヘルガは怒り、無言のまま、何の躊躇もなく次々と死を内包した攻撃を放った。降り注ぐ銃弾の数々。そのどれもが常人では捉えることの出来ない速度で襲いかかってくる。
(随分、
全面に張り巡らされた弾幕。ラグズエルはそれを脅威に感じながらも、どこか余裕さえ感じていた。
以前にも彼はヘルガと対峙したことがあった。彼自身、詳しく思い出せないほどの昔にだ。
しかし、残っている記憶が教えてくれている。今の彼女は目の前の敵を見ていない。いや、正確には獲物を狩る程度の感覚でしか接していない。それがこの攻撃だけでわかってしまったのだ。
圧倒的な物量を見せつけ、獲物を追い立てるように射撃をする――。
それは強者の
例えセイルやグレリアに敗北したとしても、崩れないそのプライドこそ、彼女の欠点だった。
ギリギリの回避を続け、ヘルガの予定通り追い立てられていくラグズエルは、他の者からみたら滑稽に見えたかも知れない。ヘルガはシアロル――いや、この世界で最も強い女性だと言っても過言ではないからだ。
そんな彼女の繰り出す死の嵐の中……吹き荒ぶ荒野の風に怯まず進む開拓者のように、ラグズエルはそれに向かって行った。
――
長い時間戦い続け、ヘルガが少し肩で息をし始めた頃。周囲はボコボコに歪んでいたり、穴が空いていたり……酷い状況の中、ラグズエルは大の字になって倒れ、天井を見上げていた。
あれだけの死と戦ってもなお――彼は生きていたのだ。
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