第254幕 黒箱の正体
ゴーレムの時とは違い、手痛い傷を受けた俺たちは、意気消沈で町へと帰還した。
あの黒箱は俺の喚び出した水龍の力を恐れて撤退したんだと思いたいが、出陣した兵士の半数以上を討ち倒しているという事実が楽観視しそうになるのを拒んでるような感じだ。
一度ヘンリーにあれについて聞いたけど、彼は町に戻ってからアルディにじっくり話した方がいいと語っていた。
重苦しい空気の中、なんとか町に辿り着いた俺たちは、一度解散して疲れを取ることにした。兵士たちもあの時の攻防で精神を削るような戦いを強いられた。限界に近い疲労をなんとかするためにも休養が必要だというわけだ。
その間に俺とスパルナ、ヘンリーはアルディが軍の再編や首都にいる女王への報告の為に書類を制作している中、呼ばれることとなった。
「帰ってきて早々こちらに呼び出して申し訳ないけど、何の為に呼んだかはわかってますよね?」
「ええ。あの黒い箱――『戦車』について、でしょうね」
特に驚いた様子もなく、あの黒い箱の正体を口にするヘンリー。
やっぱりこいつ、あれがなにか知ってたんだな。あの時すぐに教えてくれればもう少しなんとか出来たかもしれないのに……。
そんな考えが怒りと一緒に湧いて出そうになるけど、どんなに急いで情報を共有したって、あの惨状を避けられる可能性は低かった。だからここでヘンリーに八つ当たりしてもなんの意味もない。
「やはり知っていましたか……。なぜすぐに言っていただけなかったのか。それについて問うつもりは全くありません。しかし、今出来る限りの情報を教えてくれませんか?」
アルディの真剣な表情で向けられる問いに対して、ヘンリーは右手で左腕の肘を支え、左手で顎の方を押さえるような仕草をして、少しの間沈黙を保っていた。
その間が妙にじれったかったが、一番聞きたいであろうアルディが黙ってる以上、俺がなにか言うことは出来なかった。
それでも俺が不審そうに見ているのに気付いているであろうヘンリーが『仕方ないですね』と苦笑いを浮かべながら小さく呟いていた。
「……正直、ここで作られてる戦車については何も知りません。私の知っているのは、あくまで私自身が元いた世界の知識ということになりますが……それでもよろしいですか?」
「……それでも構いません。今は少しでも多くの事を知りたい」
そこからヘンリーは彼の知る限りの事を話してくれた。
キャタピラと呼ばれる悪路を走ることができる物や、銃の大型である戦車砲と呼ばれる大砲など……。
そのどれもが見なければ信用することが出来ない程の事だったけど、俺とスパルナはアルディ以上に冷静にそれを受け入れることが出来た。
なにしろあの地下都市を見た後のこの戦車だ。何があっても不思議じゃない。
あの皇帝のことだ。戦車以外の乗り物も持っているはずだ。空を飛ぶゴーレムとか出てきても全くおかしくない。
「にわかには信じられませんが……現に私たちはそれを目の当たりにしました。疑う余地などないでしょう」
対する何も知らないだろうアルディは、なんとかそれを受け入れようとしていた。彼は本当に良く出来た男なのだろう。
これが凡才程度しかないなら、目の前にしても信じきれずに疑いの視線を向けてくるはずだ。それを彼は一切せず、物事をありのままに捉えている。これは中々出来る事じゃない。
「……これは私一人ではなんとも出来ませんね。ヘンリーさんには申し訳ないですが、私と共に、一度アッテルヒアの城へと来ていただけませんか? そこでもう一度我が女王陛下に同じ説明をしていただきたいのです」
「……条件があります。この二人も一緒に。それでしたら受けましょう」
それまで少し話の外にいたはずの俺とスパルナは、一気に会話の中心へと突き飛ばされた。
……いや、それは別に構わないんだけど、あまり急だから戸惑った。
「なんで俺たちなんだ?」
「アッテルヒアに行けば会うかもしれない方がいるでしょう? 私一人で会うのは、少々度胸が必要になりますからね」
ヘンリーは苦笑しながら言ってるけど、彼が会うのに度胸がいる相手ってのは女王じゃないのか? と一瞬そう思ったんだけど、よくよく考えたら彼は兄貴と何度か会ってるって言ってたし、多分兄貴の事を言ってるんじゃないだろうか?
「……仕方ないな。スパルナもそれでいいか?」
「ん? うん。大丈夫だよ」
俺の方も久しぶりに兄貴に会えるかもしれないって考えたら一緒に行くのもありかと思った。
エセルカやシエラとも随分と会ってないし、くずはの様子も気になったからな。
あれから兄貴に全部任せてしまったけど……今更会う資格なんてないのかも知れないけどな。
「わかりました。その方がより緊迫した状況が伝わるでしょう。早速ですが、明日にでも一緒に行っていただくことになりますが……大丈夫ですか?」
「俺は……いや、わかった。明日だな」
言いながらスパルナとヘンリーの二人に確認するように視線を向けると、二人共問題ないと言うように頷いてくれていた。
アッテルヒア……色々と面倒な事が起きそうな気もするけど、一刻も早く戦車の事をみんなに伝えないといけない。皇帝が何を考えてるかわからない以上、油断は出来ないからな。
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