第225幕 狂愛者との一戦

 俺とエセルカは互いに向かい合う。

 他の騎士たちはみんな離れていて、俺たちの戦いの様子を見届けようとしているみたいだった。


「ふ、ふふ、ふふふふ、グレファくん、殺し合いましょう?」

「……エセルカ、わかっているとは思うが――」

「それでも、剣を交えるんでしょ? あんまり手加減しちゃ……嫌だよ」


 やはりというかなんというか、エセルカは俺と本気で戦うことを望んでいるようだ。

 こっちはあんまり乗り気じゃないのだけれど……ここであまり手を抜きすぎたらエセルカが夜中に襲いかかってきそうな気がする。

 もちろん、殺意的な意味で。


 彼女は普通の長剣より若干細身の剣を切っ先を地面に擦るようにして歩いてくる。

 元々細剣の使い手であり、俺が知る中で幼女に近い彼女が持つとしてもいささか大きい剣のようにも感じる。

 それでも実に楽しそうにこちらに歩み寄ってくる姿は、まるで今から遊びにでもいくかのようだ。


 俺はさっきから止まらない深いため息だが、いつまでもそうしているわけにも行くまい。

 覚悟を決めた俺は、自分の腰に下げている剣を手に取る。


 すらりと軽く抜くことが出来た長剣は入団した時に支給された物で、中々良い代物だ。

 ただ……手にしっくりとこない。流石に店売りの量産品とは違って非常に素晴らしい逸品ではあるが、それでも俺が本気で戦うには心許ない。


 やはり、必要なのは『グラムレーヴァ』と同等か……少なくとも強度だけは同じでなければならないということだろう。

 あまり使いたくはないが、試しもせずに拳闘で行くのは流石に色々とまずい。


「いくよっ……!」

「来い、エセルカ」


 両手で強く剣を握りしめ、身体強化の魔方陣を重ねたエセルカは一気に俺に詰め寄り、力強くそれを振り抜いた。

 力の加減、刃の方向……その全てを把握した俺は、あくまで受け流す程度に剣を扱う。

 金属の擦れ合う音を聞きながら、次のエセルカの斬撃にもしっかりと合わせていく。


「くっ……グレファくん、手加減、してるでしょ……?」

「お前の実力に合わせているだけだ。悔しかったらもっと腕を上げるんだな」

「ふふっ、言ってくれるねっ!」


 エセルカはタン、タンとステップを踏むように離れ、魔方陣を展開してきた。

 あれは『闇』『波動』『刃』の起動式マジックコード。他の属性とは違って使いづらい魔方陣だ。

 周囲に無差別に放たれる刃の波動が拡散して、俺に襲いかかってくる。


 こればっかりは剣では受け流すことは出来ない。

 俺の方も同じように魔方陣を構築する。『炎』『拡散』の起動式マジックコードで紡がれたそれは、解き放たれると同時に周囲に散らばり、エセルカの攻撃を塞いでくれる。


 完全に相殺することは出来なかったが、威力の弱まった攻撃は剣で簡単に斬り伏せることが出来た。


 今度はこちらの番だと言うかのように俺は身体強化をさらに重ねて、エセルカに突撃する。


 元々体型や能力はこちらの方が上。

 エセルカの身体強化より一つ多く重ねただけで、俺と彼女の実力差はかなり広がってしまう。


 それでもエセルカはにやりと誘っているかのように笑い、俺の攻撃を迎撃してくる。

 その様子に一切のブレはなく、エセルカがとりそうな行動そのままだったのだが……ほんの小さな違和感があった。


 だからこそ剣は完全に振り抜かず、妙に中途半端な位置で刃を止めてしまった。


 ……結果的にそれが良かった。

 エセルカは剣を握ったまま防御もすることなく斬撃に身体を晒して……斬られた瞬間、彼女の身体から黒い闇が溢れて消えてしまった。


 広がっていく闇を嫌うように後ろに下がるのだけれど、肝心のエセルカはどこかに消えてしまっていた。

 どこに消えたのか探しても一切姿が見えない。その時――


「ふふっ、ここだよっ」


 エセルカはこちらの死角すれすれの右前方から出来る限り身を屈めて構えた剣で斬り上げてきた。

 それを防ぐように受け止め、剣に魔方陣を複数重ねて構築する。

 詰め寄りながらエセルカに魔方陣を展開させる隙を与えないように立ち回り、攻撃を続けると……やがて彼女の剣は何かが砕けるような音を響かせて壊れてしまった。


 一瞬呆然とするエセルカだったけど、すぐさま俺に左手を突き出して魔方陣を展開して――そこで動きを止めてしまう。


「……えへへ、やっぱり敵わないなぁ」


 俺の剣先はエセルカの首筋へ。

 少しでも動けば首を貫くであろうそれに同様することなくはにかむように笑っている彼女の姿は、他人から見たら常軌を逸しているだろう。

 ……もっとも、俺が殺すつもりがないことはこの銀狼騎士団の団員たちならわかっていると思うが。


「エセルカ。強くなったな」

「……グレファくん、それはちょっと嫌味じゃない?」

「ははっ、だな」


 そんなつもりもないが、結局俺はエセルカが望んだ本気の戦いをすることはなかった。

 だからこそ、笑いながら悔しいと顔に書いてあった。


 エセルカに突き出していた剣を引っ込めると……騎士団員からは拍手と歓声が上がっていた。

 これで少なくとも俺の実力は見せることが出来ただろう。

 エセルカの方は……どうだろうか? 少しは実力が見れるような戦い方はしたはずだが、結果を見れば完膚なきまでに敗北を喫したことになるからな。


 ……もう少し、彼女のいいところを見せてやればよかったかもしれない。

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