第216幕 地下都市脱出作戦

 皇帝は俺たちとの会話を終えた後、そのままホテルまでの車を用意してくれた。

 はっきりと拒絶の言葉を口にしたはずこちらに対して何も言わずに、だ。


 少し拍子抜けしたけど、ここで戦いにならなかっただけマシだと言うべきなのかもしれない。


 そうして部屋へと帰り、ひとまず身体を休めることにした俺たちは次の日……予想していた通り、ホテルは囲まれていた。


「お兄ちゃーん、どうしよう?」

「とりあえず荷物まとめるの手伝ってくれ。

 敵はどれくらいいる?」


 最初に気付いたのはスパルナ。

 朝起きて気配を察知する魔方陣を展開して気付いたんだとか。

 やっぱり、どっちか起きたほうが様子を見ることにして正解だった。


 向こうは遮断関連の魔方陣を一切使っていない。

 ま、それも当然だろう。


 俺たちは皇帝と一緒に魔法鉄道でこの地下都市スラヴァグラードにやってきた。

 ということは帰り道も必然とそこを通らなければならない……んだけど、ここで一つ問題が生じる。


 皇帝は本来は民を乗せる為に動かす者だと言っていた。

 ということは、今はそういう用途では使ってないってわけだ。

 多分……俺たちが来たから使った。その程度なんだろう。


 今魔法鉄道の駅に行ったとしても、恐らくあれは存在しない。

 それを知ってるから、気配遮断の魔方陣を使わずに堂々と俺たちを囲んでいるのだろう。

 向こうは俺たちがいくら周囲の情報を確認しても問題ない……そういう余裕がある。


 なら、付け入る隙は十分にあるさ。

 皇帝の考えもわかった。彼らの目的も、地下都市の存在や技術力の高さだって知った。

 これ以上ここに留まる必要はもうないってわけだ。


 戦いに必要な道具は既に昨日揃えていたから、だいたいはここで生活していた時に手に入れた代物の整理だけどな。

 ここで手に入れた大きなバックパックに火の魔方陣を刻んでいて、小さな炎がいつでも出せる――ライターやらここで手に入れた本やら……それこそ色々なものをだ。


 服装については防寒具はそのまま取られてしまったきり返してもらっていないから、俺たちがここで手に入れたものを着用している。

 ただ、鳥の姿になるとスパルナの服は破れてしまうから彼は逆に脱いでいるようだ。


 現在は裸に大きめの布を巻いたような姿で荷造りを手伝っている。


「お兄ちゃん、この服頼むね」

「任せろ。不必要なものはここに捨てていくぞ」


 この都市で手に入れた有用そうな物は大体バックパックに詰め込んで……いよいよ準備は整った。

 随分と居心地の良かった日々を送っていたけど……いつまでもこんなところにはいられない。


「いいか? 俺が魔方陣で霧や煙を撒き散らす。

 その隙をついて元の姿に戻ってくれ」

「うん! 任せてー!」


 久しぶりに自分本来の姿に戻れると喜んでいるスパルナは、身体の筋肉をほぐすように足や腕を伸ばしていた。

 互いに姿が戻った後、霧の中から飛び出した後の行動を確認した後……俺たちはこの地下都市を脱出するために行動に移すことにした。



 ――



 気配察知の魔方陣は俺が代わりに構築して、向こうがこちらの出方を伺うように動かないのを確認する。


「よし……作戦開始だ」


 俺は『水』『霧』の魔方陣を展開した後、すぐさま二つ目――『黒』『煙』の魔方陣を展開して発動させる。

 それと同時に『身体強化』の魔方陣で身体を強化して、窓を思いっきりぶん殴る。


 窓が割れる音と同時に敵が動き出すのを確認して気配察知の魔方陣を切る。

 瞬間、スパルナの方も『人化』を解いて自身の本来の姿……赤い鳥へと戻っていく。


 以前の人の子どもぐらいの大きさの小鳥じゃなくて、俺よりも数倍は大きく立派な成鳥の姿だった。

 燃える赤にところどころ混じる金色は相変わらずだが、全体的に神秘的な雰囲気を帯びていて……彼には悪いが、人の姿をしているときとは比べ物にならないほど凛々しく美しい姿をしている。


 多分、スパルナは鳥の姿での成長と引き換えに人の姿は中性的な……というか少女的な少年のまんまなんだろうなと思った。


「お兄ちゃん、準備いい?」

「ああ、思いっきり頼むぞ」

「うん!」


 俺は迷うこと無くスパルナの背に乗って、振りほどかれないようにしがみつく。

 彼は大きく一声鳴いて前方に魔方陣を展開すると、風が竜巻のように渦巻いて窓と壁を根こそぎ薙ぎ払っていく。

 スパルナは壁を壊して出来た通り道を羽を閉じたまま歩いて外へとその姿を晒す。


 いきなりのっそりと現れた巨大な赤い鳥に、周囲にいた人々は悲鳴をあげ、俺たちを取り押さえようとしていたであろう武装兵は戸惑うように動きがぎこちない。


 いくら彼らでもスパルナの本当の姿を知るわけがなかったからな。

 恐ろしいほどの威圧感を振りまく皇帝ですら、このような事態は想定の範囲外だろう。


 外に出たスパルナは、今まで窮屈だった分大きく翼を広げ、思いっきり地面を蹴って空へと飛び立つ。

 俺の方は魔方陣を展開して自分の周辺に膜を張って吹き付けてくる風を凌ぐ。


 空飛ぶ小型の機械――ドローンが俺たちに接近してくるけど、スパルナがただ飛んでるだけで適当な場所に吹き飛んでしまう。

 こいつについての作戦もあったんだが……これなら一切気にする必要はなかったな。


 そんな風に思いながら俺たちは魔法鉄道の駅を目指して突撃する。

 大きく羽ばたいていたスパルナは、大きく駅を破壊した直後に自身に風の魔方陣を展開させて羽を折りたたむ。

 そのまま発動させたと同時に高速で一気に暗闇を突き進む。


 なるべく早めにここを抜ける為に、適度に翼の内側に魔方陣を展開させ、ほんの小さく羽ばたくと同時に爆発的な加速を生み出してひたすらに暗闇を突き抜けていく。


 ――地下都市スラヴァグラード。

 次に来るときは、多分……。


 どこか寂しい気持ちを抱きながら、俺はスパルナの背中にしがみついて……魔法鉄道の通り道を進んでいくのだった。

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